56.世界樹
「いやはや、お見事だ、バルトロメウス殿。まるでヴァラハが相手にならなかったな」
族長の言葉でミーナがふたりの前に立ち、終了を告げる。
「これで終了としましょう」
「何だ、もう終わりなのか」
「バルトロメウス殿が何をやっているのか、ほとんど見えなかったな」
見物客はざわざわと感想を述べた。
戦いの時間が短いと言う者、バルの力がよく分からなかったと残念がる者が多い。
「ヴィルへミーナが言ったとおりだな。バルトロメウス殿の戦闘速度についていける者が皆無に近かった。これならば他の六の花輪を呼んでおくべきであった」
と族長は悔いる。
「今後もたまには来たいな。あなた方さえよければ」
バルはそう言って彼を喜ばせた。
「本当か? ありがたい」
彼は目を輝かせるとバルの手を握って何度も礼を述べる。
「大したことはまだしていないんだが」
バルが困惑すると族長は「そんなことない」と否定した。
「我々は外の知識や経験が不足しがちだ。バルトロメウス殿にお越しいただけるのであれば、多少は補えるだろうしよい刺激にもなる。ヴィルヘミーナは滅多に帰ってこぬからな」
族長が困った子どもを見るような目でミーナを見たが、彼女は少しも悪びれずに言い返す。
「人間の言葉では『便りがないのはよき便り』と言うらしいぞ」
「こらミーナ」
人間の風習を変な風に使われてはたまらないとバルは注意する。
「……申し訳ありません」
ミーナは不本意そうではあったものの謝罪の言葉を口にした。
それを非常に珍しそうな目で見ていたのが族長である。
「あのヴィルヘミーナがこんな素直な態度を取るとはな……」
子どもの成長を実感する親のような口ぶりであった。
ミーナは余計なことを言うなと目で威嚇する。
帝国の大多数の者とは違い、族長は彼女に視線で威嚇されたくらいでは平然としていた。
付き合いの長さが違うのだろう。
「せっかくいらっしゃったのだ。もう少しゆっくりしていかれるといいだろう」
「いや、止めておこうと思う」
バルはせっかくの族長の申し出を断る。
「今日はのんびり休暇をとるつもりで来たんだ。でもそんな雰囲気じゃなくなったからね」
「そうか。それは悪いことをしてしまった」
族長はようやくミーナが自分に怒気を向けてきた理由を知り、頭を下げて詫びた。
「代わりというわけではないが、今日のことは今後エルフと帝国との関係のための先行投資とさせてもらいたい」
「もちろんだ」
族長は快諾する。
エルフとしてもできるならば帝国とはよい関係を築いておきたかった。
「バル様、この後はいかがなさいますか?」
「そうだな。誰もいない、秘境のような場所がいい。それでいて緑が豊かな場所なら言うことないな」
ミーナの問いにバルが答えると、彼女は即答する。
「ひとつよい場所があります。風が気持ちよく、花の香りがただよい、抜けるような青空を楽しめる場所です。動物はいないですが」
「へえ、それはよさそうだな」
バルは青い瞳に興味の光を宿す。
「ヴィルヘミーナ、まさかお前……」
族長は何か気づいたようにつぶやくが、ミーナは聞こえないフリをして魔術を発動させる。
彼女によって連れてこられた場所は、青空と太陽が近い場所で下は固い緑の葉だった。
木の葉っぱとしか思えない形状のそれらが水平になっていて、バルの足元から少し離れたところには赤、青、白、緑、黄、紫の六つの色の大きな花輪ができている。
そよ風が吹くと花の香りが六種類、バルの鼻をくすぐった。
「もしかしてここって世界樹なのか?」
大きな花輪が六つあるところから彼はピンとくる。
「はい。世界樹の一番上です」
ミーナはにこりとして答えた。
「誰もいない、緑豊かな場所を指定してまさか世界樹の頂上に連れてこられるとはな」
バルは一本取られたと笑う。




