55.六の花輪ヴァラハ
「場所はどこでやる?」
「広場でお願いしよう。できれば同胞たちを集めたいのだが、かまわないだろうか?」
バルの問いに族長は答え、さらに確認してくる。
「いいだろう」
「バル様を見世物にする気か」
本人は快諾したものの、ミーナが顔をしかめた。
族長はゆっくりと彼女に説明する。
「おぬしも知っているだろうが、エルフは外の世界の者に明るくない。バルトロメウス殿のことを多くの者に知り、何かを学び取ってほしいのだ」
「いいことだな」
バルが好意的な回答をしたため、ミーナは何も言えなくなってしまった。
「ヴェンデンヘルトよ。おぬしが皆に知らせてこい」
「はっ」
ヴェンデンヘルトは立ち上がって一礼し、駆け出していく。
「ではバルトロメウス殿、ゆっくりとまいろう」
歩き出した族長の背中の後にバルはついていった。
途中大きな十字路を右に曲がり、高木と高木に挟まれながら進んでいくとエルフの家がたっぷり三十軒くらいは入りそうな開けた場所に到着する。
「なるほど。ここなら手合わせくらいはできそうだ」
バルはぐるりと周囲を見回しながら納得した。
周囲は高木だが、その前に黒いフェンスのようなものが設置されているし、下は白く硬い土である。
もしかすると鍛錬場にもなっているのかもしれないと思う。
少しずつだがエルフたちが集まってきていた。
「あの仮面の男がヴィルヘミーナ様を負かしたことがあるっていうバルトロメウスか」
「あのヴィルヘミーナ様が負けるなんて信じられないな」
エルフの数が増えるにつれてひそひそとしたやりとりがあちらこちらで目立つ。
小声から分かるのはヴィルヘミーナがいかにエルフの中で強いかというものだ。
彼女自身は彼らの声を徹底的に無視している。
見物客が百を超えたところで族長が声を張り上げた。
「バルトロメウス殿とヴァラハの手合わせをおこなう。あくまでも互いの力量を見せ合うものだ。同胞たちは一挙手一投足見逃さず、手本としてほしい」
返ってきたのは歓声である。
「ヴァラハ様が相手をするのか!」
「こりゃいい勝負になるんじゃないのか?」
興奮したように叫ぶのは男性たちだが、女性エルフたちも目を輝かせていた。
誰もヴァラハが勝つと思っていないあたり、彼とミーナの実力差がうかがえる。
「こういう反応もエルフは人間と変わらないんだな」
バルが小声でミーナに言うと、彼女はこくりとうなずく。
「ええ。大概俗物ですよ」
相変わらず言葉にはトゲがある。
当のヴァラハは落ち着いた様子で広場の中央から三メートルほど左寄りに立つ。
バルは彼と六メートルほど離れた位置に移動して正面から向き合う。
「立ち合いおよびはヴィルヘミーナに任せてもよいか?」
「仕方ない。場合によっては解説の必要もあるだろうしな」
ミーナが族長の頼みをあっさりと引き受ける。
バルの戦闘速度についていけるとすれば、自分しかいないと思うからだ。
「ヴィルヘミーナ様だ!」
「相変わらず素敵」
ミーナの姿を見て称える声が男女の区別なく上がる。
人気者だなとバルは感心した。
声に出せば余裕や相手へのあなどりと誤解されかねないから、心の中でだけだ。
「では合図はこれを使いましょう」
ミーナは魔術で赤い小石を右手のひらの上に作り出して両名に見せる。
軽い動作で五メートルほどの高さまで放り上げられた石が土に触れた時、ヴァラハは地を蹴って一瞬で間合いを詰める。
剣を抜かず銀色のさやで殴りつけたのだが、その瞬間バルの姿はかき消えた。
「残念、残像だよ」
彼の背後に立ちながらバルは声をかける。
ヴァラハは振り向きもせず、呪文を唱えることもなく一瞬で魔術「風切輪」を放つ。
「風切輪」は直径三センチほどの風の輪を作り出し、敵を切り刻むという攻撃魔術である。
それを一瞬で五つも同時に発動させて正確に狙ってきたのだから、バルは内心唸りながら右へ飛んでかわす。
その直後風切輪は消され、ヴァラハは彼が着地した瞬間を狙って剣の鞘で殴る。
「素晴らしい判断力、そして空間把握能力だな」
バルは右手で剣の鞘を止めながら、ヴァラハを称えた。
かわされた瞬間に魔術を消し、移動先に正確な攻撃をくり出すというのは尋常な実力ではない。
彼は己の心が高揚してくるのを認識する。
一方で褒められたエルフはバルの実力の一端を感じ取り、内心戦慄していた。
(ヴィルヘミーナ様より強いと聞いていたので覚悟はしていたが……何という男だ)
見物のエルフたちの大半が攻防の速さについていけずに絶句しているのをよそに、ミーナが口を開く。
「バルトロメウス様が少しも本気を出していないとは言え、まさか片手を使わせるとは。ヴァラハも精進しているようだな」
「あ、ああ」
ようやく族長だけが反応する。
「さて、止めるか?」
ミーナが彼に問いかけた。
「いや、もう少し続けてもらいたい」
族長は苦渋の決断をするように言う。
ヴァラハとバルの実力差の大きさを感じ取れている者は、見物者の中にはほとんどいない。
彼はそれを承知で願い出る。
「かまわないよ。なあヴァラハ殿」
バルが声をかけるとヴァラハはけわしい顔でうなずく。
「バルトロメウス殿の強大なお力は俺は理解できたが、周囲の者は難しいだろう。よって分かりやすいようにしたい」
エルフの言いたいことを察した彼は、仕方なさそうに首を縦に振る。
「分かりやすさを求めるなら、派手になるのはやむを得ないだろうな」
彼らは再び開始位置に戻った。
先に仕掛けたのはヴァラハである。
「火の精霊よ、神の怒りに呼応し荒ぶる力をふるえ。大地を照らす天界の輝きをもって我が敵を駆逐せよ。【天に輝き地に轟く豪炎】」
彼が精霊魔術で生み出したのは、白く輝く巨大な炎の槍だ。
まともにふるえばこの広場に大損害を与えることは間違いない。
ヴァラハはそんな強力な槍をためらわずバルに向かって投げつける。
触れただけで人間ひとりくらい軽く灰にしてしまいそうな炎の槍は、彼が光を放った瞬間打ち消されてしまう。
「え?」
多くのエルフは何が起こったのか理解できずきょとんとする。
「バルトロメウス様は光の弾を十二発放って相殺したのだ」
彼らのためにミーナが解説してやった。
「十二発?」
「今の一瞬で?」
どよどよとエルフたちはどよめき、ヴァラハは「八発しか見えなかった」と冷や汗をかく。




