54.長の頼み
エルフの族長の住まいは「シュタルク・オルドヌング」の最奥の立派な大木の下にある。
家は白木で作られている以外、他のものと大差ない。
その家の玄関のところに白い髪を肩まで伸ばして黒い杖を右手に持った、顔じゅうがしわだらけの男性エルフが立っている。
黒いゆったりとしたローブを着ていて、胸には赤い宝石が輝いていた。
彼の左右には剣で武装し黒い外套をまとった若い男性エルフたちが固めている。
ヴェンデルヘルトが彼に向かって膝をついて発言した。
「族長、バルトロメウス様とヴィルヘミーナ様をお連れいたしました」
「ご苦労」
族長は威厳のある声で答えてから青い目をバルに移動させる。
「急にお呼び立てして申し訳ない、バルトロメウス殿」
彼は右手を左胸に当てるという人間式のあいさつで謝罪した。
仮面をかぶったままのバルでも気にした様子は見られない。
「気にしていない」
彼が言えば族長はほっとした顔になる。
「……まだ生きていたのか。残念だ」
彼の左隣に立つミーナは族長に向かっていきなり暴言を投げたが、声には温かみがあった。
「あいにくと二百年くらいは死ねそうにないのう」
彼女に対して族長はにやりと笑って見せる。
(……仲が悪いわけではなさそうだな)
とバルは思う。
先ほど急にミーナの機嫌が悪くなったのは、族長との折り合いがよくないからではないかと考えたのだが、どうやら違っていたらしい。
「それで? バルトロメウス様に何の用だ?」
ミーナの率直な問いに族長はためらいがちに答える。
「うむ。じつは名高きお力を我らに見せていただけないかと思ってな」
「……そんなことのために呼んだのか?」
ミーナは不機嫌そうに眉間にしわを作った。
今日はのんびりと過ごす日だったのにという思いがある。
「我らの中でも最強を誇る戦女神ヴィルヘミーナが敗れたという力、見れる機会を捨て置けぬ」
族長の口調には真剣そのものだった。
「それに万が一インヴァズィオーンが起こった場合、手を組んで戦うこともあろう。多少なりとも知っておいたほうがよいと考えたのじゃ」
「なるほど。納得できるな」
バルが答えるとはじかれたようにミーナが彼のほうを向く。
「バルトロメウス様、よろしいのですか」
「友好目的ならかまわないだろう。私としてもエルフの猛者たちの力を知りたいと思うよ」
彼の答えを聞いて彼女はそういうことであればと引き下がる。
「だからできればミーナの次くらいに強い相手と手合わせをお願いしたい。それなら私の力を見せることもできるだろう」
バルの意見に族長はゆったりと首を縦に振った。
「承った。こちらからは六の花輪のヴァラハを出そう」
彼はそう言ってちらりと自分の右隣のエルフを見る。
どうやら彼がヴァラハであるらしい。
「六の花輪?」
初めて聞く単語にバルが怪訝そうな顔をすると、ミーナが口を開く。
「エルフの国の中で特に優れた戦闘力を誇る六名のことです。世界樹の頂上にあるという六通りの花輪にあやかってつけたのだそうです」
「……ミーナはどうだったんだ?」
彼が疑問に思ったのは彼女も資格は持っているのではないかということだ。
「十五の時に初めて選ばれ、国を出る時まで一員でした」
ミーナは淡々として答える。
別に得意そうでもなかったが、族長以外のエルフはそれが不満であるような顔だった。
彼らは六の花輪を名誉なことだと思っているのだろう。
「ヴィルヘミーナは特別であった。史上最年少で六の花輪に入り、十八の時には歴代最強クラスと言われるようになっておった」
族長はなつかしそうに語る。
「偉大なる我らが祖デュオニュース様の再来と称えられておった」
「迷惑な話だ」
ミーナは冷たい一言を返す。
「私は私でしかない」
「そう言うな」
族長はワガママを言う幼児をなだめるような口調になった。
「伝承にあるデュオニュース様と同じエメラルドの瞳を持つ者はお前しかおらぬのだ。お前がどう思うのかはともかく、期待する者がいるのは仕方ないではないか」
聞いてバルは「あっ」と思う。
確かに今まで会ったエルフたちの中でエメラルドの瞳を持つ者はいなかった。
「他の者とは違う点があり、特別な力まで持っていれば特別扱いされてしまうのはエルフも同じか……」
バルは小声で言ったのだが、聴力に優れているエルフたちにはばっちり聞こえてしまう。
彼らは決まり悪そうにうつむいた。
どうやらバルに言われるのは堪えるようである。
「エルフなど、大して立派な生き物ではないということですよ」
ミーナは皮肉な言い回しを使った。




