51.客観的にはどう見てもデート
「しまった、昼ご飯を忘れたな」
バルはしばらくしてはたと気づく。
しまったという顔でミーナを見るが、彼女はすまなさそうにうつむいた。
「申し訳ございません。本日はなにも用意しておりません」
「謝らないでくれ。予定を決めていなかった私が悪いのだから。こちらこそすまない」
彼は自分のほうこそ悪いと詫びる。
「いえ、滅相もありません!」
彼女は慌てて声が大きくなり、離れた場所にいた人たちの視線を集めてしまった。
「……止めようか」
「はい」
注目される気のない彼らは黙ってその場から離れ、丘の下へと向かう。
風が吹いて草花の香りを彼らに運んでくる。
素朴だが自然の美しさを味わうことができた。
「ミーナはやはり花に詳しいのか?」
話題に困ってバルは右隣を歩いているミーナに問いかけてみる。
「……他のエルフ並みだと思いますが、解説がご入用ですか?」
彼女は興味深げに聞き返してきた。
今までバルが彼女にただの花に関する情報を求めたことは一度もない。
だいたいが薬になるものや毒になるもの、植物に擬態している魔物、あるいは魔物が好む植物についてだった。
「名前は知っておいたほうがいいかなと思って」
「かしこまりました」
彼の珍しい言葉は、今日のんびり骨休みをしているからだろうとミーナは解釈する。
「あれがダフラン、こちらがルールシュです。どちらも野にある花で、一般的には育てられておりません」
「育成が難しいのか?」
バルの反応は一般的な範疇だった。
「いえ、食用や薬用に使えない上に、美しさや調和のとりやすさで他の観賞用の花に敵わないからです。経費を度外視した趣味で育てる者はいるかもしれませんが、営利目的では使い物にならないのです」
「……まあそういう花があるのも仕方ない。植物は別に我々のために存在しているわけじゃないからな」
ミーナの説明を聞いた彼は言い、彼女はうれしそうに微笑む。。
「植物は自分たちのために存在しているわけではない」というエルフには当然の価値観を、さらりと言える人間は非常に珍しい。
バルはとても得難い存在だと彼女は思う。
「蝶のほうは?」
「すみません、蝶のほうは詳しくありません」
バルの問いにミーナは申し訳なさそうに謝罪する。
虫の類はあまり好きではないため、知識も少ないのだ。
害虫や虫型の魔物についてはそうではないが、彼も同じだろう。
「そうか。気にするな」
彼は笑顔で彼女に話した後、遊んでいる男女の三人組に声をかける。
「君たち、この虫をなんていうのか知っているかい?」
突然大人に話しかけられた人間族の子どもたちは驚いたようにバルを見上げた。
困ったようにお互いの顔を見る男たちをよそに、小さな女の子が答えてくれる。
「あのね、モンバチョウって言うんだって!」
「そうなんだ。ありがとう」
バルが礼を言うと、ピンクの安物の服を着た少女はにこりと笑う。
遠くで彼らのことを見ていた大人たちが、やや警戒しているような表情で近づいてくる。
(おや、不審者として間違えられたかな)
揉めことになってもつまらないと彼はさっと子どもたちから離れた。
ミーナと合流してからバルは小さめの声で言う。
「子どもっていいものだな」
「そうですね」
彼女の返答はいつも通りクールだったが、わずかな揺らぎがある。
バルは気づいたもののあえて追及はしなかった。
かわりに空を見上げて太陽の位置を確認する。
「少し早いかもしれないが、昼食を食べに行かないか」
「はい、お供いたします」
ミーナの即答に彼は笑いながら、問いかけてみた。
「何か食べたいものはあるか?」
「……私が決めるのですか? バル様のお供しているだけですので、バル様がお決めになったほうがよいのでは?」
じつに彼女らしい返事である。
バルは笑みを深めつつ答えた。
「たまにはミーナの希望を聞いてみたい気分なんだ。魔術を使っていることだし、大概の店なら入れるだろう」
彼は遠回しに一等エリアに行ってもよいと言ったのである。
もっともミーナは彼ほどではないにせよ、質素を好む性格だから希望するとは思っていないが。
「分かりました。そういうことでしたら」
ミーナは彼の希望を尊重するほうを選ぶ。




