50.たまにはのんびりとしたい
ゲパルドゥのことを報告された皇帝や重臣たちは真っ青になり、胃を抑えていた。
しかし、彼が「リミッターあり状態で互角だった」と言うと一気に元気を取り戻す。
「そう言えばいつものフードとか面ではないな」
皇帝がバルの今の白いフードとマント、黒い仮面といういでたちを指摘する。
ミーナが予備を用意していてくれたおかげで、皇帝以外もいる場に参加できた。
「バルトロメウスがいれば大丈夫ということだな」
皇帝は自分に言い聞かせている節があったが、ひとまず地上は希望を手にしたと言えるだろう。
なぜ元帥が帝国内に出現したのかという調査のために駆り出され、護衛として八神輝が用意されることになったが、バルはひとまず免除された。
(たまにはのんびりしよう)
そこで彼はふと思い立つ。
緊急事態以外は八神輝として働かなくてもよいという条件だったのだが、ここ最近は異変のせいで八神輝としての活動が多かったように思う。
ここらで一回、一日くらいは骨休めをしたくなったのである。
「今日一日、のんびり過ごさせてください」
朝起きた後に魔術具を使って皇帝に要求すると、
「光の戦神に出動を要請する事態にならない限りは休んでくれ。いつもすまぬ」
と返ってきた。
当代皇帝は臆病だが、その分話がとても分かる君主である。
(持つべきものは慎重で思慮深く、話が分かる君主だな)
バルはしみじみと実感した。
地味だが実は高品質な布団を片付けながら今日は何をしようかと考える。
掃除洗濯はよく顔を出すミーナがやってくれるため、やる必要を感じない。
料理を外で食べるのもいいが、ミーナに断りを入れておかないと差し入れを持ってくる可能性が高いだろう。
ひとまず一言言っておこうと、黒くて細長い筒状の思念会話用の魔術具を手に取る。
「ミーナ。突然だが今日は一日休むことにしたんだ。いつも世話になってすまないが、今日は来なくてもいいよ」
「そうですか。休みをとるのは非常に大切ですね。ちなみにどのようなご予定でしょうか?」
ミーナは彼の申し出に淡々として答え、最後に質問してきた。
「まだ何も決めていないんだ。ただ、お前には早めに言っておかないと来てくれそうだったからね」
「なるほど、お話は分かりました」
彼女は感情のとぼしい声で返事をしてから提案してくる。
「ではどこかにお出かけになるのはいかがでしょう? この時期ですと丘に行けば花が咲いて蝶が飛んでいるでしょう。夜に星空をながめるのも一興かと思います」
「それはいいな。……ミーナも来るか? 変装なり魔術で外見を変えるなりしてもらう必要があるが」
バルは彼女の気持ちを聞いてみた。
ミーナは帝国で知らないほうがおかしい知名度を誇っているし、一度見たら忘れないほどの美貌の持ち主でもある。
ただのさえないおっさんに過ぎない彼が彼女とどこかに出かけるなど、誰がどう考えても不自然だ。
「はい。魔術を使うことにします。これからお邪魔しますね」
彼女は即答する。
最初からついていく気満々だったとしか思えない速さだった。
「ああ」
バルにとってはいつものことだったから、特に疑問に思わずに返答する。
(どういう服装にするかな)
たまにはいい服を着てみようかと一瞬考えたが、日常ではまず着ないからためらう。
それにいつどこに誰に会うか、目撃されるか分からないことを思えば普段通りのほうがいいと判断する。
ミーナがやってきたのは彼が寝間着から普段着に着替えてから十五分ほど経過してからだった。
金のラインが入った緑のワンピースドレスに銀色のネックレスというかなり気合の入った彼女は、彼の服を見て小首をかしげる。
「私が魔術を使えば、どのような服装をしていようが他の者には見えませんよ?」
「……そうだな」
うっかり失念していたと言うよりは、ミーナにそこまでしてもらってもよいのかという意識があったのが原因だ。
彼女の今の発言は「遠慮しなくてもいい」という意味だろう。
(それにミーナもひょっとしたら出かける男の身だしなみは気になるのかもしれないな)
とてもそうは思えない性格なのだが、とバルは考える。
彼女に対して失礼だという意識はあるため決して口には出さない。
「せっかくだから見立ててくれないか? 私は服のことは分からない」
バルの申し出が意外だったのか、ミーナは珍しくきょとんとする。
それも一瞬のことで、すぐにいつもの表情に戻って口を開いた。
「私の感覚はおそらく人間とは違っていますが、それでもよろしいですか?」
「かまわないよ。ミーナの好みで」
彼の許可を得てミーナはタンスから服を取り出して吟味する。
と言っても物欲があまりく、ファッションにも関心がない彼が持っている服の数はあまり多くない。
上等な生地を使った白いシャツとダークブラウンのパンツが無難だと彼女は判断する。
着替えたバルを見て彼女はにこりとした。
「お似合いですよ、バル様」
「そうか?」
彼にはよく分からないが、彼女が言うならばそうだろうと思う。
彼らは転移魔術で丘までやってくる。
白、ピンク、黄、赤の花が色鮮やかに咲いて、そよ風に揺られていた。
白い蝶が飛び、それを子どもたちが追いかけていて、親らしき夫婦が微笑ましそうに見守っている。
「意外と人が多いな」
「ここは魔物が出ないですし、治安もよいですから」
目を丸くしたバルにミーナが説明した。
万が一今賊なり魔物なりが出現したとしても、気の毒な未来になることは確定している。
「子どもの笑顔っていいな。できれば子どもたちの笑顔が絶えることのない国になってほしいものだ」
バルは万感を込めて言う。
「御意」
ミーナの答えは短かった。




