49.西方の王国
大陸の西にはアルト王国が広がっている。
国土の面積では帝国に次いで大陸二位、歴史の古さでは大陸一を誇る国だ。
そのせいか、王国の民はプライドが高い傾向にあり、他国の民にはつき合いにくいと思われている。
王国西部の城塞都市の守備隊長アントンもそのプライドが高い王国民だった。
ただし、彼はきちんと責任感も持ち合わせていて、今日も熱心に職務に励んでいる。
王国の守備隊長の仕事はいろいろとあるが、ひとつは訓練場で部下を鍛えることだった。
十人ほど立てなくなるまで剣で叩きのめした時、部下のひとりが息を切らせて駆け込んできて、大慌てで報告する。
「アントン隊長、オーガが一体、ゴブリンが十数匹現れたそうです!」
「ゴブリンとオーガがつるんでいるだと?」
珍しい報告にアントンは緑の目を丸くした。
だが、頭ごなしに否定するほど彼は頑迷ではない。
「はい、南方から馬車でやってきた商人が襲われ、護衛がやられたそうです。急ぎ退治を求めております!」
「仕方ない。出撃するぞ」
アントンはすぐに決断する。
「それくらいなら、二十もいれば十分だろ。ただ、他に異常はないか調べるため、偵察役を先行させろ」
「はい!」
隊長の命令を聞いた伝令は駆け出していく。
守備兵ならばゴブリンくらい一対一で安全に勝てるはずだが、アントンはより堅実な判断を下す。
彼らが準備を整え、出撃するまで四十分ほどの時間が経過してしまったが誰も気にしていない。
「留守は任せたぞ」
アントンは馬にまたがると見送りに来た同じ三十歳の副隊長にそう言い、馬に乗った部下たちに号令する。
「出撃!」
彼らは西門から出て、報告があった場所へと向かう。
するとゴブリンとオーガが殺したらしい馬を食べ終えたところに遭遇する。
何も珍しいことではなかったが、兵士たち乗ってきた馬たちが怯えてしまった。
「仕方ない。降りて戦うぞ」
兵士たちが降りると馬たちは逃げ出す。
呼べば戻ってくるように訓練してあるため、兵士たちはさほど気にしなかった。
それよりも問題はオーガとゴブリンだろう。
彼らはアントンたちを見るとこん棒や短めの剣を手にして立ち上がる。
新たに出現した人間たちを殺す気満々なのは誰の目にも明らかだった。
「オーガは俺が相手する! お前たちはゴブリンを片付けろ!」
アントンは指示を出すと同時に剣を抜き放ち、オーガに飛びかかる。
オーガはにたりと気味悪い笑みを浮かべ、棘付きの黒いこん棒でアントンの剣を受けとめた。
「何っ?」
彼は驚き一瞬固まってしまう。
たかがオーガ如きが彼の剣を止めるとは、過去になかったことだ。
オーガはその隙をついてこん棒を力任せに振る。
単純なパワー勝負だと人間がオーガに勝つのは絶望的だ。
アントンは体重七十キロもある筋肉質の男で、軽装とは言え金属の防具も装備している。
それでも簡単に五メートル以上も吹き飛ばされてしまう。
迅速に立ち上がった彼の表情は怒りと屈辱で歪んている。
「オーガ如きが……」
彼に冷静さを取り戻させたのは、部下たちの声だった。
「隊長、こいつら強いです! ただのゴブリンじゃないみたいで!」
誰かの叫びに仰天したアントンが、そちらを見るとゴブリンたちが部下たちといい勝負している光景が目に入る。
(ば、馬鹿な……王国の守備兵がゴブリン程度に……まさかっ?)
彼は信じられない光景に絶句しかけたものの、ふと頭にひらめいた。
「そいつらはハイゴブリン、もしくはゴブリンロードかもしれん。どちらかならオーガとつるんでも不思議ではない!」
ハイゴブリンはゴブリンの上位種、ゴブリンロードはそのまた上位の種族である。
外見は人間には見極めにくいが強さは大きく異なり、ゴブリン十匹とハイゴブリン一匹で互角ではないかと言われるほどだ。
ゴブリンロードはハイゴブリン五、六匹で互角と言われる強さだから、おそらく部下たちと戦っているのはハイゴブリンだろう。
(役立たずどもめ! ゴブリンとハイゴブリンの見分けもできんのか!)
アントンは自分のことを棚に上げて連絡してきた兵士を脳内で罵倒する。
ハイゴブリンだと分かっていれば兵士を五十人くらい連れてきただろう。
ハイゴブリンが強敵であっても四対一、もしくは五対一ならば問題なく勝てたはずだ。
現状はあまりよくない。
オーガはニタニタしながら彼のことを見ているのは、自分たちが有利だと思っているからだろう。
(おのれ!)
そう直感したアントンは怒った。
オーガごとき力以外にとりえのない低能に、という感情が全身を支配する。
それでも激情はすぐに抑え込まれ、彼は冷静になろうと努めた。
感情に赴くまま行動するような男が、都市の守備隊長になれるわけがない。
平和な場所だから閑職だし、貴族であれば誰でもなれるような地位なのだが、プライドの高い王国民のアントンは認めていなかった。
「俺がオーガを倒すまで持ちこたえろ!」
全員の動きが封じられているとなれば、応援を呼ぶことができない。
最も現実的な選択肢はアントンがオーガを倒し、部下たちを助けるということだ。
「た、隊長……」
部下たちは彼の言葉に奮起するどころでなく、完全に劣勢になっている。
「貴様らそれでも王国の守備兵か!」
アントンは怒ったが、部下たちにしてみれば無茶な言いがかりだ。
平和な場所の守備兵になるような者たちは、給金目当てで士気も実力も高くない者ばかりで、ハイゴブリン相手に勝てる者などいない。
やる気と実力がある者は花の王都を目指すか、あるいは功名狙いで魔物の発生頻度が高い地区へ行く。
ひとりが殺されてしまうと、ハイゴブリンは仲間の加勢に行って背後から斬りつける。
苦戦しているところに後ろから襲われてはひとたまりもなく、次々に兵士たちは殺されていく。
「おのれ、おのれ、役立たずども!」
アントンは部下の死を悼むことなく、役に立たない道具に対する怒りを見せた。
オーガと一対一ならば自信はあるが、ハイゴブリンたちと同時に戦うとなると勝ち目はゼロに等しい。
憎悪のこもったまなざしをオーガに向ければ、余裕たっぷりの笑顔が返ってくる。
どうやら勝敗は決したと思い込んでいるらしい。
(その余裕後悔させてやる!)
アントンは懐からある筒状の魔術具を取り出す。
口を上に向けて横のボタンを押すと、空に向かって赤い線が伸びていき、大きな音を立てて円状に広がった。
手強い魔物が出現したことを周囲に知らせるための魔術具なのである。
「これを見れば救援が来る。俺なんかより強い騎士も来る。お前たちの命運は終わるんだよ」
彼の顔は形容しがたい歪みかたをしていた。
自分の命運が尽きたことに対する怒りと憎しみ、ささやかな意趣返しをできた喜びが合わさったような表情である。
「ざまあみろ、豚ども!」
アントンは絶体絶命のくせに勝ち誇りながらオーガにとびかかった。
せめてオーガくらいは倒すことで己の名誉を守ろうとしたのである。
しかし、オーガにはまたしても簡単に攻撃を止められてしまい、ハイゴブリンたちが左右の斜め後ろから剣を突き立ててきた。
……この後、駆けつけてきた部隊によってオーガとハイゴブリンたちは討伐されたが、情報は秘匿される。
オーガやゴブリンに一都市の守備隊長が殺されてしまったのは、王国上層部にとって耐えがたい屈辱だった。
彼らは自分たちのメンツのため真実を隠したのである。




