47.マニュアル
あまり気が乗らないのだが、この件に関しては自分で直接報告するしかない。
彼が城の中を歩いていると、ある者は目を見開いて硬直し、またある者は必要もないのに壁際へ移動する。
八神輝の筆頭、光の戦神バルトロメウスを見る目は畏怖もしくは尊敬の二種類、あるいはその両方だった。
(味方に怖がられるのは落ち着かないな)
と彼はこっそりため息をつく。
敵に怖がられるのは八神輝の役目のうちだと受け入れているが、味方に同じように思われるのは少し寂しい。
皇帝がいるのは専用の執務室で、バルはきちんと赤と金の立派な分厚いドアをノックして、取次係の男を呼ぶ。
取次係と言っても身分は貴族で、役職は侍従のひとりである。
彼の姿を見た若い取次係は目を丸くしながらも、皇帝へ取り次いでくれた。
「陛下がお待ちです、バルトロメウス様」
すぐに戻ってきた若者は緊張しながら彼を迎え入れる。
皇帝の執務室は広く赤と金を基調とした内装で豪華だった。
採光用の窓も大きいが、執務用の机からは離れた位置にある。
窓から攻撃されても平気なようにという配慮だろう。
「戻ったか、バルトロメウス」
皇帝は手を止めて顔をあげて声をかける。
彼の右隣には書類の山を抱えた侍従長が立っていた。
「はい、陛下」
バルは一礼をしながら答える。
「侍従長、しばらくバルトロメウスとふたりきりになりたい」
「はっ」
皇帝が言ったのは侍従長だけだったが、他に室内にいた者たちも出ていく。
他の者であれば皇帝の護衛も兼ねて侍従たちは残るのだが、今いるのはバルトロメウスである。
彼が室内にいる限り、皇帝に指一本触れることすら極めて難しい。
そして彼の忠誠心に関しては疑う余地がなかった。
「シドーニエは何と申しておった?」
単刀直入な問いに、バルは同じように答える。
「八神輝頼みの戦略は危うい。代替が利くよう準備をしたほうがよいと」
「八神輝の代わりができる者などこの世にいないと思うのだが、シドーニエが言いたいのはそういうことではないのだな?」
皇帝に改めて問われて、彼はようやく具体的なことに触れた。
「はい。エリートを育成する教育機関を新設してみてはどうかと申しておりました」
「……確かにメリットはある。しかし、すぐにはできぬぞ」
皇帝はただちにシドーニエ案の優れたところを理解したが、現実的な問題も見えてしまい表情をくもらせる。
「何が無理なのでしょうか?」
「予算はいい。場所も空き地を使えばよかろう。だが、教えられる者が絶対的に不足しておる。ただの教師ではなく、エリートたちの教師となれる者などわが帝国でもそう多くはない。大概が現在要職についておる」
皇帝の言葉を聞いてバルはなるほどと思う。
帝国は国土が広く人口も多い大国なだけあってエリート候補たちは少なくない。
しかし、教える側が圧倒的に足りないのは事実だ。
「その件ですが、私なりに愚考してみました」
「ほう? 聞いてみよう」
バルの思いがけぬ発言に、皇帝は興味深そうに目を輝かせる。
「マニュアルを作ってはどうでしょうか。誰であっても似たようなことを教えることができるようになります。何ならエリートたちに自分で学ばせてもいいでしょう」
「ふむ? 教える側のために資料を作るのか。個性に合わせて融通が利かせることが不可能な恐れが出そうだが、均一化された人材を育てるという点に関しては期待が持てるかもしれないな」
皇帝は彼の意見を聞いて考え込む。
バルは一蹴されなかったことにひとまず安どし、自分なりの見解を述べる。
「確かにマニュアルを作ってその通りに育成するとなると、人材次第で対応を変えることができません。しかし、特定の分野を伸ばしたい時はこうしろという風に留めるならば、有用ではないでしょうか」
「その通りだな。ひとつのことで上達するためのコツなどが何十通りもあるとは思えん。本人にしか効果がない方法はともかく、不特定多数に有効な方法はできるだけ共有したいものだ」
皇帝は大いに感心したようだ。
「最たるものが私ですね。私は異能に特化していますし、しかも似たような異能の使い手は国内に見当たらないのですから」
バルは自分こそが一番不向きだと認める。
「否定はできぬな。異能使いが集まれば、異能の鍛え方を相談することもできようが……」
皇帝の語尾が濁ったのは、帝国内で現在確認されている異能使いはバルともうひとりだけだ。
そのもうひとりは先代の八神輝だった男で、バルの師匠に当たる。
「まあよい。まだやると決めたわけではない。他の者の意見も聞いてみたいからな。ご苦労だった、下がって休め」
「はい、失礼します、陛下」
バルは礼をして部屋を出ていき、外で待機していた侍従たちに手振りで合図をした。




