41.中継の街
冒険者ギルドの支部に「雲を貫く聖樹」が顔を出すと、小人の女性が彼らを出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
そこでアベルが一級冒険者の証である金属で作られた黄金のカードを見せれば、受付の女性は青い目を丸くした。
「これはこれは……どのようなご用件でしょう?」
「一級冒険者向けの緊急連絡、もしくは言伝などは出ていないでしょうか?」
彼が礼儀正しくたずねると、女性は好感を持ったようである。
ただし、すぐに事務的な表情に戻って「少しお待ちください」と答えた。
「確認してまいりますね」
彼女が席から離れると受付は後ひとりしかいなくなる。
そもそも建物の大きさも帝都にある本部とは大きく違っていた。
(やっぱり帝都のほうが栄えているのだな)
と思わざるを得ない。
一級冒険者が珍しいもうひとりの受付女性がちらちら彼らを見ていることにアベルたちは気づいていたが、礼節を守って気づかないふりをする。
しばらくして小人の女性が書類を片手に戻ってきた。
「お待たせいたしました。特に連絡事項はないようです」
「そうですか。それならよかった」
アベルは安堵して胸をなで下ろす。
一級冒険者向けの連絡事項がないということは、平和の証明である。
油断はできないがひと安心してもよいだろう。
仲間たちもホッと息を吐き出す。
少ない休みで調査を続けてきたため、疲労がたまってきているのは感じていた。
休めるならばありがたいというのが彼らの本音である。
「どうする? このまま別の街に移動する? それともここで泊まるかい?」
アベルがリーダーとして問いかけると、まっさきにリエラが発言した。
「今日はここで泊まろうよ。所在地さえギルドに知らせていたら、休んでも平気でしょ。お風呂に入りたーい」
「あ、私も」
女性陣が彼女に賛成する。
やはり彼女たちにとって身ぎれいにするというのは大切な問題なのだ。
「私も賛成だ。休息とは余力が残っている段階でとるものだからな」
ベンヤミンは学者のような口調で言い放つ。
「そうだな。緊急召集に備えるためには、やはり余力は必要だ」
男性陣も賛成したため、パーティーの方針は決まる。
そこでアベルは受付の女性に質問した。
「清潔で部屋にカギがかけられて、お風呂があるような宿ってありますか?」
「あ、はい」
よそからやってきた冒険者が街のことを受付にたずねるのは珍しくない。
だから聞かれやすい質問には答えられるようにしておくのが、ギルドの受付の仕事のひとつのようなものだ。
「この街でみなさまの希望に添える宿は『船が泊まる岬』しかございません。おひとりあたり一泊銀貨三枚、朝食付きという条件ですが」
受付女性は恐縮したように答える。
銀貨三枚となれば普通の街の人の数日分の稼ぎで、地元民であれば高すぎると悲鳴をあげるところだった。
「思ったより安いね。お風呂付きなのに?」
リエラは目を丸くする。
「お前の感覚は帝都基準だからだろうよ」
アベルは苦笑して指摘した。
「あ、そうか」
彼女はすぐに納得し、ばつが悪そうに赤い髪をいじる。
「今から行って、我々全員泊まれるのかな?」
ブオンが心配そうな顔で疑問を投げた。
受付の女性が素早く笑顔で答える。
「おそらく大丈夫です。『船が泊まる岬』はこの街で一番の高級宿なので、満員になるほうが珍しいですから」
「……それでやっていけるのか?」
泊まれそうだということに安心しつつも、アベルには別の心配が浮かぶ。
「何とかなっているようですよ。この街は物流の中継地のひとつですから、商人がよく利用されています」
受付嬢に言われて彼は街と街の位置関係を思い出す。
確かにこの街からでも帝都に行けるし、西や南の大きな街にも行ける。
だからやっていけているのだと言われても納得できた。
「リーダー、早く行こうよー」
しびれを切らしたリエラが大きな声を出し、アベルは慌ててなだめる。
「ちょっと待ってくれよ。まだ場所を聞いていないだろう」
彼の言うことはもっともだったため、彼女は黙った。
小人族の女性は苦笑した後、場所を教えてくれる。
彼らがギルドから出たところで、ひとりの男性とばったりでくわす。
「おや、あなたは確かバルさんでしたね」
アベルが声をかけると、さえない中年男は驚いたように目をみはった。
「確かにそうですが……まさか一級冒険者の方に覚えられているとは思いませんでした」
「はは。私は物覚えのよいほうなのですよ。特に人の顔はね」
アベルが得意そうに言えばバルは感心したようにうんうんとうなずく。
「やはり一級ともなればすごい方なのですね」
「ねえ、リーダー」
リエラが焦れったそうに言い、アベルは話を切り上げる必要を感じる。
「すみません、仲間がいるので」
「こちらこそお引きとめしてしまったようで申し訳ない」
バルと一級冒険者はそこで分かれた。
彼らはみんな彼のことを平凡な中年男だとしか思っていないようで、気にもとめない。
(まさか、たまにすれ違うだけの私の顔と名前を覚えているとはな。これだから上級冒険者は油断ならない)
バルはそう思う。




