40.一級冒険者パーティー「雲を貫く聖樹」
冒険者たちの頂点に立つのは一級冒険者である。
それより上の特別枠を設けるべきか何度か議論は起こったが、その都度見送られてきた。
つまり一級冒険者こそが最高位である。
「雲を貫く聖樹」のメンバーは現状に慢心しておらず、安全調査というギルドからの地味な指令を今日も堅実こなしていた。
「異常はないな。だからこそ異常と言えるが」
と言ったのはパーティーのリーダ―アベルである。
三十三歳になる蛇人族の男で、職業は魔術戦士だった。
彼らは大きな街と街の街道、およびその周辺を丹念に捜索しているのだが何もおかしなところはない。
一級冒険者パーティーである彼らは大きな都市、危険度が高い魔物がいそうな区域を割り当てられた。
その結果、ゴブリンの群れを二回、オーガの群れを一回潰している。
低ランクの冒険者だったら大騒ぎだったかもしれないが、彼らの場合は依頼には「オーガを発見次第駆逐せよ」という意味も込められていた。
特に消耗せずにここまで来たことこそが、アベルには疑問だったのである。
「同感だな」
そう言ったのはエルフの魔術師ベンヤミンで外見上は四十歳くらいだろうか。
エルフは人よりもずっと長寿で老いにくいため、見た目だけでは実年齢は分からない。
「国境の魔物の活発化、いくつかの地域に突如として現れた魔物の大群。その後に何もないのは確かに不気味よね」
と狼人族の女性剣士リエラも賛成する。
「嵐の前の静けさってやつかしら?」
小人族の女性弓兵カロルがもっともらしいことを言う。
「その可能性は高いと思う。結局、原因は何も分かっていないのだから」
回復魔術のブオンが憂うつそうな顔で話す。
他にもレンジャー二名、重戦士二名、回復術師一名、魔術師一名という大所帯なのが彼らの特徴だ。
それもそのはず、一級への壁を感じていたふたつの二級冒険者パーティーが合併し、誕生したのが彼らなのである。
冒険者のランク制度には人数制限が設けられていない。
大所帯であっても条件さえ満たしているのであれば、高ランクに認定される。
数が増えればその分もめごとの種は増えるものだから、リーダーの統率力が必須になるのだが、今のところアベルは及第点だった。
「やだなぁ……帝国、狙われてる?」
リエラが顔をしかめると、アベルがむっつりとうなずく。
「狙われないほうがおかしいくらい豊かな国だからね。騎士団と八神輝がにらみを利かしているとは言え、ちょっかいを出してくる国はなくならないだろう」
彼はそこでベンヤミンに視線を向けた。
エルフともなれば違った意見を出せるかもしれないと考えたのである。
「ベンヤミンはどう思う?」
「情報が足りなさすぎる。だが、そんな単純な話ではない気がするぞ。もっと根は深いのではないか」
ベンヤミンは慎重な意見を出した。
「根が深いって……?」
おそるおそるたずねるリエラに彼はけわしい顔で言う。
「脅かすようだが、一連の事件が全て同じ犯人だとする場合、恐ろしく強いぞ。後ろにいるのは一国程度ではないかもしれん。何しろこの国には八神輝がいるだろう?」
八神輝の規格外の強さは彼らも知っていた。
むしろ一級冒険者になれるような者たちだからこそ、理解できることも少なくない。
「……それを承知で仕かけてくるのは、八神輝と戦う自信があるってことか?」
ブオンが驚いたような声を出す。
強い者ほど強者が理解できる。
本当に強ければ八神輝と戦おうとは思わないのではないか、と彼は思うのだ。
「それは考えられる」
「八神輝と互角とかやばいんじゃないか?」
アベルが顔をしかめると、ベンヤミンは冷笑に近い表情になる。
「そう信じているということと事実は同じではないからな」
つまりエルフの魔術師も、本当に八神輝と互角と思っているわけではないらしい。
一同は少しだけ表情がやわらかくなる。
八神輝は彼らから見てもはるかなる上にいる存在だ。
彼らが敗れるかもしれないというのは、考えるだけで悪夢なのである。
「まあ、異常がないのは仕方ない。報告するしかない」
アベルは気を取り直したように言う。
「我々の担当エリアがたまたま無事だったということはありえるからな」
ベンヤミンはあくまでも慎重な姿勢を続けている。
「その場合は緊急連絡が入るはずだし……そうでない場合は最寄りのギルド支部に言伝があるはずだな。寄ってみようか」
アベルの判断は全員に支持された。
「雲を貫く聖樹」は責任感の強いメンバーで占められている。
これまでに大きなトラブルがなかった理由のひとつだろう。
彼らは交代で休みをとった後、最寄りの街へと向かう。
そこへ空を飛ぶ魔物をベンヤミンが知覚する。
「ガーゴイルか。最近この国では目撃報告が増えたな」
彼は何かを考えるように言った後、呪文を唱え始めた。
「天空に舞う雷の精霊たちよ。大いに猛り、天空の王者の威光を纏え。【轟雷】」
彼の詠唱は非常に速く、直径五センチほどの雷の槍がガーゴイルを一瞬で消し去る。
「……オーバーキルだったと思うぜ、ベンヤミン」
仲間のひとりが呆れたように言う。
ベンヤミンが強烈な精霊魔術の使い手であり、ガーゴイル如きに苦戦しないと仲間ならば知っていることだ。
しかし、傍から見る限りではいささかやりすぎだったように見える。
「そうだな。今のは選択ミスだったかもしれない。気をつけよう」
ベンヤミンは素直に己の過ちを認めた。
「そろそろ疲労が出るころだからな。他のみんなもミスが出やすい時だと自覚してくれ」
アベルが彼をフォローしながら、仲間全員に注意を促す。
「あいよ。ただ、街はもうそこだからね」
リエラはそう言って笑う。
楽観しているのではなく、暗くなった空気を明るく変えるムードメーカーなのが彼女の役割だった。
何事もなく街に到着する。
街は白く高い城壁がそびえていて、見張り台には兵士がいて門番もいた。
彼らはこの地方の領主に雇われている領主の私兵という位置づけである。
私兵たちは「雲を貫く聖樹」に対して敬意がこもったまなざしを向けながら敬礼した。
一級冒険者となれば、敬意を払われることも珍しくないのである。




