36.皇太子の教育
「実際何に気をつければよいのでしょうか」
バルが去った後、アドリアンが父たる皇帝に嘆くような声で話しかける。
何から手をつければよいのか分からないのだから無理もない。
「まずは防衛面全ての見直しからだな」
ただし、皇帝はすでに考え始めていたらしくすぐにも返事をする。
「ささやかな変化でも感じとり、すぐに各地に情報を伝達できる手段を構築しておきたい。できれば防衛戦力の底上げもやりたいが、簡単にはいかぬだろうな」
「分かりました。ライヘンバッハ長官、ヴァインベルガ―将軍と相談します」
皇帝の意見を聞いているうちにアドリアンも性根がすわってきた。
覚悟がこもった表情で彼はうなずいて言う。
「イェレミニアスもだ。冒険者ギルドの協力がないと、取りこぼしが多数出てしまうだろう」
皇帝はすかさず足りない点を指摘する。
「申し訳ありませんでした」
アドリアンは恥ずかしそうに詫びた。
それでも気を取り直して次の点を父にたずねる。
「貴族たちに対してはどういたしましょうか?」
「公爵家と辺境伯には伝えておいたほうがよかろう。まずは彼らの反応を見てからだな」
と皇帝は答えた。
公爵家はごく一部の例外をのぞいて皇族最大の味方である。
辺境伯も皇族とつながりが深く、信用ができる上に独自の戦力を有していた。
信頼できる貴族たちは他にもいるのだが、内容が内容であるため、誰彼かまわず打ち明けるのは難しい。
「かしこまりました」
アドリアンは次の指示を仰ごうとしたが、皇帝はそこまで優しくはなく問いを放つ。
「他には何をすればよいと思う?」
「はっ……」
これは玉座を継ぐ者のために施される教育のひとつだろう。
「一般市民を避難させる時に必要な施設の準備、水と食料の用意でしょうか」
「それはすでに各地に用意してある。攻め落とされなければという条件つきでだが、どの施設も一年はもつはずだ」
思わぬ回答にアドリアンはとっさに言葉が出てこない。
何かにつけて臆病者呼ばわれるされる父皇帝だからこそ、いざという時の備えはできているのだろうか。
「……では転移や召喚術の研究を進めます。予兆を感じとれる魔術具、それを誰でも使えるものがあれば大いに役に立つはずです」
「それはその通りだな。簡単な道のりではないだろうが」
次の案に肯定はうなずいてみせたため、彼はホッとする。
「だが、時間はかかるだろう。それまで敵が待ってくれるとは思えぬ。どうする?」
しかし、皇帝は息子が気を抜くのを許さなかった。
「……申し訳ありません。思い浮かびません」
アドリアンは悔しそうに己の不甲斐なさを詫びる。
「仕方ない。考えろ。どうすべきなのか考え続けるのだ」
皇帝が言うと彼はうなずいてから、おそるおそるうかがう。
「陛下、誰かに相談してもよいでしょうか?」
「インヴァズィオーンのことを黙っているならかまわぬ」
許可が出たため、アドリアンはホッとする。
誰か信頼できる者に相談したい。
それも彼ができないような発想をしそうな者にだ。
(インヴァズィオーンのことを黙っていてよい知恵を借りるか、それともインヴァズィオーンのことを知っている者に聞くか……)
そこまで考えた時、彼は皇帝にまだ確認していないことがあると気づく。
「陛下、八神輝にインヴァズィオーンのことは伝えるべきなのでしょうか?」
「当然だ。気づかなかったらどうしようかと思っていたぞ」
皇帝はにやりと笑う。
公爵家と辺境伯の名を挙げて八神輝を出さなかったのはわざとだったらしい。
「では八神輝に知恵を借りたいと思います」
八神輝は生い立ちから徳木までさまざまだ。
全員から意見を出してもらえれば何かよい案に化けるかもしれない。
「うむ」
皇帝は止めなかった。
時には信頼できる者に相談し、知恵を借りるのも上に立つ者に必要なことだからである。




