33.ギルド総長と光の戦神
「下がってくれ。バルトロメウス殿とふたりきりで話がしたい」
イェレミニアスが言えば秘書はどこかホッとした顔でこくりとうなずく。
それだけ光の戦神という存在は彼女にとっても巨大なのだろう。
ふたりきりになったところでバルは懐から黒いベルをとり出して軽く振る。
すると防音魔術が展開された。
「長官殿の製作か?」
イェレミニアスの問いにバルはうなずいて仮面を外す。
「そうだ。ミーナの奴が皇太子殿下から褒美としてもらったのを、私に貸してくれたんだよ」
「相変わらずお前命で生きてるな、あいつ」
素顔を晒しながら打ち明けたバルに対し、年長の男は苦笑した。
ふたりのやりとりは気安い友人の会話であり、それが事実なのはバルがすぐに仮面をとったことからもうかがえる。
「もう少し他の奴らとも仲良くしてほしいんだが」
「そんな器用な性格しているようには思えんな。戦う者としては恐ろしく器用だが」
困った顔で心情をこぼす彼に対して、イェレミニアスは容赦なく本音を返す。
黙ってしまったあたり、バルも分かってはいるのだろう。
「それで今日の用件は何だ? まさか借りた魔術具を見せに来たわけじゃあるまい?」
それではただのノロケや自慢でしかないし、友人と言えどイェレミニアスは拳骨をお見舞いしてやるところだが、バルの性格上まずない可能性だ。
「まさか」
案の定彼は肩をすくめて否定する。
「冒険者ギルドは何か情報を持っていないかと思ってな」
「報告書なら宮廷に提出している。お前なら好きな時に知れるだろう?」
バルの言葉にイェレミニアスは言う。
八神輝が要求すれば、大概の情報は手に入るはずだ。
彼らは権限こそほとんどないが、発言力は絶大なものがある。
彼らの総意だと言えば今からでもアドリアンが廃されてしまいかねないほどに。
彼はギルド総長の言葉に微妙な表情を向ける。
「報告書には乗せなかったことが知りたい。あいまいで根拠のないことでかまわない」
「なるほどな」
イェレミニアスはようやくバルの希望を察した。
宮廷に提出する書類は実際に起こった出来事、目撃したもの、手に入れたもの、これらから蓋然性が高そうなことを書かなければならない。
「もしかしたら」とか「嫌な予感がする」といったものは書けないのだ。
「現場で動いている連中でないと分からない何か。何でもいい。どんなことでもいいから何かないか?」
「……報告によると、自然な転移でガーゴイルが現れたらしい」
イェレミニアスが思い出したように言うと、バルは目を丸くする。
「ガーゴイルが? 転移で?」
「それも戦闘経験が浅そうな個体だったという。俺も奇妙だと思ったから印象に残っているんだが」
バルは全面的に同意できた。
自然な転移で現れやすい魔物はゴブリンやオークといった、あまり強くないし空も飛べない魔物である。
強い魔物は自然な転移は本能で避けられるし、空を飛べる魔物も同様だろう。
「そりゃ飛んでいたら突発的に空間のゆらぎが発生して逃げられなかったということはあり得る。あまり強くない個体だったらしいから、突然のことに対処できなかったと言われてもうなずける」
イェレミニアスはそう言いながらも、納得いかないという顔をしている。
「それでも違和感はあるな」
バルも同感だった。
「ああ」
彼の発言にイェレミニアスは即座にうなずく。
「しかし、現在では判断材料が乏しすぎる。完全に後手に回っていて、いやな感じだ」
虎人が厳しい顔を作れば、猛獣のような迫力がある。
見慣れているバルにとっては大したものではないが、気の弱い者が見れば気絶してしまうかもしれない。
「こうなってくると、こちらに手がかりを与えないための転移魔術や召喚術という気がしてくるな」
バルがこぼすと、イェレミニアスは軽く目を見開く。
「召喚術も転移魔術も、使い手は貴重だろうに。八神輝や魔術長官を基準に考えていないか?」
年長の友人の指摘に彼は苦笑する。
「それはない。私は両方使えないんだからな」
「それもそうか」
イェレミニアスは彼が得意な異能の使い手であり、魔術はまるでダメだと知っていた。
「だが、ライヘンバッハが言うには特化した育て方をすれば、我々の常識よりも育成難易度はかなり下がるらしいんだ」
「ほう、そうなのか」
ライヘンバッハの例の発言はまだイェレミニアスは聞いていなかったらしく、目を丸くしている。
「言われてみれば、帝国では複数の魔術を使えるように育てられるのが一般的だな。金も時間もかかるが、多彩な場面で活躍する使い手を一気に育てられるメリットは大きいと思っていたが」
という虎人にバルも同感だと相槌を打つ。
「特化した存在はその道の専門家と言えば聞こえはいいが、特定の場面でしか役に立たない。手間暇かけて育てるメリットはないと思っていた。最近まではな」
バルが言いたいことを理解したイェレミニアスは再び苦虫を噛み潰したような顔になる。
「例の件のように、場合によっては有効な手段になるわけだな」
帝国は自分たちが狙われていると分かっているが、具体的なことは何も分かっていない。
敵が同じ大陸にいるのか、違うのかすら不明というありさまだ。
「国外に間諜を放っているらしいが、まだ特に手がかりはないらしい。ギルドはどうだ?」
バルの質問にイェレミニアスは苦い顔をさらに苦くする。
「ギルドも同様だ。魔物の発生数が増えている国、地域はいくつかあるらしいが、それだけだな。少なくとも複数の地域に大規模な数が出現したという話は聞こえてこない」
「この大陸を狙っている他大陸の奴らじゃないということか?」
彼がつぶやくと、虎人は首を横に振った。
「まだ分からんぞ。たとえばだが、わが国は大陸の最東だ。単純に東から進んでいるのかもしれない」
バルは反論を思いつけず、舌打ちするにとどまる。
「敵が転移してくるなら、それを逆手にとって追跡できないのか?」
イェレミニアスの問いに彼は答えた。
「無理らしい。そうでなければトロールを操る奴と遭遇した時、一気に手がかりを得られたんだがな」
皇帝の読みがズバリ的中した時のことをバルは話す。
帝国最強の魔術師ミーナがその場に居合わせたのだから、彼らにとって最高の展開となっていたはずだ。
「そういうものか。自然現象でガーゴイルが現れるのか、ヴィルへミーナに聞いておいてくれるか?」
「分かった。帰り次第聞いてみよう」
ミーナから情報を引き出すという点に関して、バル以上の適任はいない。
イェレミニアスの頼みを彼は快く引き受ける。




