31.「風と舞う燕」VSガーゴイル
「ガーゴイル、なぜ出て来たか知らんが、いくぞ! いつものを頼む!」
ダミアンが力強い声で仲間たちに号令をかける。
「魔道の神ヴァイスヘクセよ、我が戦友たちに御身の加護を。彼らがまとう武器に鋭き力、固き盾を。【エンハース】」
イーヴォが仲間たちの武器に魔術をかけた。
「エンハース」は武器の攻撃力と防御力あげる上に、ガーゴイルのような相手にダメージを与えやすくなる便利な魔術である。
「慈愛の女神よ、災いを退ける御身の加護を我らに与えたまえ。【ヒュギエーネ】」
続いてヨハネスが補助魔術を行使した。
「ヒュギエーネ」は毒、熱、冷気などで受ける影響を軽減する効果がある。
あくまでも軽減するだけだから過信は厳禁だ。
ガーゴイルの空洞のような瞳が青く光る。
これは彼らを敵として見なして戦闘態勢に入った合図のようなものだ。
「無理するなよ。俺たちなら勝てる相手だ」
ダミアンが仲間たちに警告する。
ガーゴイルは厄介な魔物に違いないが、イーヴォとヨハネスがいる分だけ攻略難易度は低くなるのだ。
極端な話、イーヴォが倒してくれるまで彼を守り切ればよい。
「分かっている」
ライナーがそう言いながら矢を放つ。
ただの矢であればガーゴイルの皮膚に弾かれるだけだが、イーヴォの「エンハース」のおかげで一ミリほど刺さる。
「ガアッ?」
悠然としていたガーゴイルが驚いたように吠えた。
「ただの矢でも魔術を使えば刺さることを知らんのか。どうやらろくに戦闘経験がないタイプらしいな」
ダミアンが冷静に分析する。
ろくな戦闘経験がない魔物と、経験豊富な魔物であれば後者のほうがずっと手ごわい。
戦闘で生き残るというのは実力の証明であるし、敵は自分をどうやって倒そうとするのかという知識も持っていることになるからだ。
特に人間や魔術師と戦った経験があるかないかでは大きく違う。
(経験がないということは、俺たちの手の内は知らないということ。いける)
と彼は思ったものの、声には出さない。
仲間の油断を招くかもしれないからだ。
ガーゴイルの瞳の色が青から赤に変わる。
怒った証であるが、分かりやすいため人間たちは攻撃に備えた。
ガーゴイルの攻撃は単純である。
空を飛んで体当たり、あるいは爪で引き裂くのふたつだけだ。
経験を積んだ強力な個体であればさらなる攻撃パターンを持つ例もあるらしいが、目の前の個体にその心配は無用だろう。
ガーゴイルの体当たりはアルノーが大きな盾で受け止める。
激しい衝撃に盾がへこみ、彼の大きな体が後ろにずれた。
「な、なんてパワー……さすがガーゴイル」
アルノーはうめく。
もしもイーヴォの魔術によって強化されていなかったら、彼はこの一撃で戦闘不能になっていたかもしれない。
彼がガーゴイルを止めている隙に、ダミアンが右横から羽を狙って斬りつける。
斬り落とすことはできなかったが、一センチほど斬り込むことには成功した。
「ガアアア」
ガーゴイルは苦悶の声をあげて、ジタバタと暴れる。
「ぐぐぐ」
アルノーは必死に耐えているが、ダミアンは吹き飛ばされてしまった。
その間にライナーがガーゴイルの目を狙って矢を射かけ、うまく左目に突き刺さる。
「ガアアアアアアア」
よほど痛かったのか、ガーゴイルはこしゃくな人間たちから大きく距離をとった。
しかし、今の場合最悪の一手である。
仲間たちを巻き込む心配がいらなくなった瞬間、イーヴォが得意の攻撃魔術を仕かけた。
「雷よ。空を走り、岩を砕く威光を示せ。【雷撃】」
一本の雷光がガーゴイルの体に突き刺さり、苦悶の声は悲鳴に変わる。
「雷撃」の効果が切れたところで魔物の体は地面に倒れ込む。
「やったか?」
「いや、念のためとどめをさそう」
エドガールに対してダミアンは慎重な言葉を投げ込む。
「そうだな。何しろガーゴイルだからな。イーヴォの魔術でも一撃くらいは耐えるかもしれん」
アルノーはリーダーに賛成する。
そこへ頭部を目がけてライナーが矢を射かけた。
見事に突き刺さったが、ガーゴイルはピクリとも動かない。
「死んだふりをしている可能性は低そうだが……」
彼の声にダミアンはうなずく。
「すまないがイーヴォ、もう一撃頼めるか?」
「いいだろう。ガーゴイルは瀕死でもワシらを壊滅させる力を発揮してもおかしくないからな」
リーダーダミアンの要求にイーヴォは快く応じる。
「雷よ。空を走り、岩を砕く威光を示せ。【雷撃】」
念のため放たれた二度めの雷撃を受けても、ガーゴイルの反応はなかった。
「……どうやら倒せていたようだ」
イーヴォはホッとした顔で言うと、仲間たちの表情が明るくなる。
「やったな。俺たち、ガーゴイルを倒したんだ」
「経験不足の個体だったようだが、勝ちは勝ちだよな」
ライナーとアルノーが喜びを口にし、エドガールは残念そうに肩を落とす。
「みんなはいいよ。俺は役立たずだった」
斥候で速さや手数が売りの彼は、ガーゴイルのような防御の高いタイプは苦手だ。
「気にするな。それに肝心な仕事が残っているぞ?」
ダミアンは彼に笑いかけると、あごをしゃくってガーゴイルの死体を示す。
「ああ。解体と回収だな。任せておけ」
魔物の死体を解体し、回収するのも斥候の仕事のひとつだ。
魔物を討伐した証明を持っていけば討伐賞金がもらえ、死体の部位を持ち込めばほしい者がそれぞれの値段で買い取ってくれる。
冒険者たちにとっては大切な収入源だ。
エドガールは初めてのガーゴイルに苦労しながらも、頭部と羽と腕を斬り落とす。
ガーゴイルの討伐証明は頭部か羽であり、売り物になるのは頭部・羽・両腕である。
「じいさん、いくらぐらいになると思う?」
「平均的な相場は頭部が銀貨八十枚、羽は二枚で銀貨百五十枚、腕は片方五十枚というところか。羽と頭部は何回も傷つけたから、多少下がるかもしれんな」
エドガールの問いかけにイーヴォが即答した。
「つまり銀貨四百八十枚か。ちょっとした稼ぎになったな」
ダミアンはうれしそうに言う。
ひとり当たり銀貨八十枚の臨時収入になる計算だ。
帝都ではひと月銀貨三十枚も稼げれば独身は十分暮らしていけるのだから、彼でなくともうれしい。
冒険者に夢見る若者が後を絶たない理由のひとつでもある。
「それに自然な転移のことをギルドに報告すれば、情報料ももらえるかもしれませんよ」
と言ったのはヨハネスだった。
「そうだな。最近の事件を考慮すれば、銀貨十枚くらいもらえるかもしれないな」
ライナーが願望を込めて笑う。
「十枚だと六人で分けられないな。十二枚だとうれしいんだが」
困った顔をして腕を組んだのはダミアンだった。
それを見て仲間たちは気が早いと笑う。
その後、何もなく彼らは帝都へ帰還した。




