30.四級冒険者「風と舞う燕」
四級冒険者パーティー「風と舞う燕」は男だけの六人組である。
剣士でリーダーのダミアン、大きな盾と槍を持った重戦士アルノー、盗賊あがりの斥候役エドガール、小人族の弓兵ライナー、経験豊富な最年長魔術師イーヴォ、回復魔術に特化したヨハネスだ。
パーティー名はリーダーのダミアンが好きな動物から取っただけで深い意味はない。
彼は今、ギルドの依頼で帝都近辺の安全調査をおこなっている。
「帝都の防衛や旅人、商人の護衛は騎士の仕事だから、か。正論ではあるがあの態度はないよな」
不満を口にしたのはエドガールだ。
彼はたまたま遭遇した帝都防衛をになう騎士のひとりから言われたことを根に持ち愚痴をこぼしたのである。
彼らは帝城から徒歩で一時間ほど進んだところに来ていた。
エドガールは不満発散のために口を動かしているが、しっかり周囲を警戒している。
「騎士は俺ら冒険者を見下しているってうわさ、本当のようだな」
彼に答えたのは弓兵のライナーだ。
彼は小人族であり、風の動きを予想できるという小人族であり、遠目が利く。
「騎士と言ってもいろいろいるのだ。二、三人見ただけで全てと思うのは感心せんな」
若い彼らをたしなめたのは最年長のイーヴォである。
五十歳になるのにいまだに若者に負けない体力を持つ男で、彼の経験と思慮深さはパーティーでも重宝されていた。
「けどよぉじいさん……」
相手がイーヴォということもあり、エドガールはひかえめに抗議する。
「ワシがお会いしたのは先代の第一騎士団総長のバルシュミーデ殿くらいじゃが、気さくな御仁だったぞ」
イーヴォは懐かしそうに目を細めながら語った。
「じいさん、騎士団の総長と会ったことがあるのかよ。そっちにびっくりだよ」
エドガールはオレンジの目を丸くする。
「もう昔の話じゃがのう」
イーヴォはそう言ったきり、続くは口にしなかった。
何やら理由があるらしいとふたりは察する。
イーヴォという魔術師は口は重いほうで、話したくないことは頑として話さない。
秘密を打ち明ける相手としては信頼できる老人だが、それだけに今の話の続きを言わせるのは無理だと判断する。
「そろそろ交代の時間かもな。リーダーたちを呼んで来よう」
エドガールはそう言った。
リーダーダミアンたちは今、木陰で休んでいる。
見張り役が斥候、弓兵、魔術師というバランスの悪い編成なのは彼らの自信の表れ、もしくは油断の表れだった。
それでもきちんと遮へい物が少なく見通しもよく、奇襲を受けにくい場所を選んでいるあたりは低ランク冒険者とはわけが違う。
ライナーがダミアンを呼びに行こうとした矢先、ダミアンが残りの仲間とともに合流する。
「あれ、今呼びに行こうと思ったのに……」
怪訝そうな弓兵に対して、ダミアンはけわしい表情で答えた。
「ああ。だが何やら胸騒ぎがしてな。合流したほうがいいと思ったんだ。すまないがお前たちの休憩は少し後にしてくれないか?」
「……ダミアンの胸騒ぎってだいたい当たるもんなあ。仕方ないか」
エドガールは舌打ちをし、ライナーはため息をつき、イーヴォは無言で杖をかまえる。
彼らの不満はダミアンに向けられたものではない。
もしかすると来るかもしれない不測の事態に対してだ。
「む、空間がゆらぐ。……南から転移の予兆じゃ」
イーヴォが不意に口を開き、仲間に注意をうながす。
「転移? 魔術か?」
ダミアンが南に視線を送りながら、魔術師に確認する。
「分からん。ワシではそこまで区別できん。すまんの」
イーヴォがわびると、アルノーが笑った。
「謝るなじいさん、転移を感じてくれるだけでもありがてえんだから」
「おうよ、おかげで不意打ちを食らわなくてすむ」
とエドガールも言う。
(いい仲間たちだ。できれば死なせたくない)
イーヴォは心から思った。
冒険者を続けていく上で仲間の死は覚悟するものであり、冷静な自分が「何を甘いことを」と考えている。
それでも彼は息子や孫のように年が離れた仲間たちを失いたくなかった。
彼が予想した方向で空間がぐにゃりとゆがみ、黒くて太い網状のナニカが広がる。
「来るぞ、警戒! 魔術ではなさそうじゃ」
この時ようやくイーヴォはこれが自然現象に分類される転移だと見抜いた。
だからと言って油断はできない。
強力な魔物全てが転移魔術を使うわけではなく、自然な転移現象に巻き込まれる可能性もゼロではなかった。
転移してやってきたのは一体のガーゴイルである。
大きな翼を持った醜い顔をした魔物で、その皮膚は石のように固いことで知られていた。
 




