29.ギルドの雑用
バルに回される雑用とは荷物運び、倉庫整理などが多い。
書類を扱う事務職もあるのだが、読み書き計算がきちんとできるのが条件だ。
言うまでもなく彼は自分の本当の能力を申告していないため、任せられないと判断されている。
「おっさん、いい年して雑用かよ……」
彼に対してあきれ顔で話しかけてきたのは、十五歳の人間族の少年トーイだ。
生意気そうな青い視線を向けてくる十級冒険者にバルは笑って答える。
「仕方ないさ。今は外に出るのが危険なんだからね」
「本当なら、おっさんは四級か三級として調査に出てなきゃいけないんじゃないの?」
トーイの平凡な顔立ちには隠し切れないストレスが見受けられ、彼は発散対象になることにした。
「そうだね。昔はあこがれたんだけどなあ。実力が追いついて来れなかったよ」
バルが笑いながら答える様子は少年には「余裕」と感じたらしく、不愉快そうに唇を噛む。
「すかしてんじゃねえよ、雑魚のくせに」
彼の正体を知っている者が聞けば卒倒しそうな暴言をトーイは吐く。
「と言われても雑魚なのは事実だからなぁ」
バルはあくまでも受け流す姿勢を崩さない。
若者の荒ぶりを相手にしない大人の風格だとロイあたりがいれば感心してくれただろう。
しかし、あいにくと倉庫の中にはふたりしかおらず、トーイはまだ相手の余裕を「舐められている」と曲解しがちな少年だった。
「くそ野郎」
それでもさすがに手を出すのは引けたのか、罵ってにらんでから倉庫の外に出ていく。
「……若いな。自分の気持ちを持て余しているのか」
彼のような若者をバルは嫌いではない。
自制心がない者であればバルを殴っていただろうが、トーイは自制心も分別もまだある少年だった。
(感情が昂ぶっていても自制を忘れない者は、きっかけ次第で化けるかもしれないな)
バルは作業をしながら今度ギルド総長に話をしてみるかと思う。
少なくともチャンスは与えてやりたいのだ。
もっとも、トーイはまだ十級になりたての身だから、情勢が落ち着くまでは難しいだろうが。
彼はひとりになっても黙々と与えられた仕事をこなす。
「手伝いましょうか?」
とどこからか見ていたらしいミーナから思念通話が飛んできたが断った。
「止めておくよ。だってひとりしかいないはずなのに、ふたり分の仕事をこなせるわけがないだろう?」
バルは思念通話で応える。
八神輝の一角であればそれくらいできても不思議ではないと言えるのかもしれないが、平凡なおっさんができるはずがなかった。
ミーナは彼の回答を予想していたのか、そこで思念通話は途切れてしまう。
しばらくの間作業を続けてからひと休みしていると、トーイが戻ってくる。
彼はまだふてくされたような表情をしていたし、バルに謝ったりはしなかったが、仕事を再開した。
(頭が冷えたら仕事を再開したか。いい子じゃないか)
と彼は思う。
ミーナあたりには「甘すぎる」と言われそうだが、バルはこういうところで厳しくなれないのだ。
(子どもが相手だからと甘やかすのはよくないとミーナなら言いそうだな)
彼は美しいエルフの苦言を予想し、内心笑う。
「何だよ?」
彼の様子を勘違いしたのか、トーイが手を止めてにらんでくる。
「いや、ちゃんと戻ってきた君は立派だよ。私だったら同じことができたか、正直自信はないな」
バルが穏やかに言うと、少年はふんと鼻を鳴らす。
「そんなんだから、おっさんはいい年しているのにくすぶっているんじゃないのかね」
嫌味が飛んできたが、さえないただのおっさんはよく聞かされた言葉だった。
「忠告痛み入るよ」
と答えればトーイはイラッとしたように顔の筋肉を動かす。
バルがいる方角からは少年の表情は見えないはずだが、八神輝ともなれば顔が見えなくてもその程度分かって当然である。
(どうもこの子とは相性が悪いな)
自分の言動が少年をいら立たせてしまうだけならば、配慮したほうがいいかもしれないと判断した。
「少し早いが私は引き上げさせてもらうよ」
バルが声をかけると、トーイは手を止めて怪訝そうな顔をする。
「いいのかよ? 今やめたら、銅貨を数枚減らされちゃうぞ」
「その分、どこかでツケにしてもらうから平気だよ。私は知り合い自体は多いんだ」
死活問題にならないのかと聞いてきた少年に、彼はおじさんらしいと自分では思っている答えを言う。
「無駄に年食っているだけじゃなかったのか」
再び嫌味を言ってきた少年の顔には「心配して損した」と書いてある。
(やっぱりそう悪い子じゃないな)
とバルは思い受付嬢に報告しに行った。




