27.相談
皇太子の部屋を出たあと、クロードが将軍と魔術長官を呼び止める。
「よければ少し話をしませんか」
彼らは目を丸くしたが、八神輝の誘いを断ろうとは思わなかったのか、あっさりと承知した。
「よければお前たちもどうだ?」
クロードは同じ八神輝の三名に問いかける。
マヌエルは黙って肩をすくめて去っていき、バルとミーナの二名が残った。
「では我の部屋に来るとよいだろう」
と言ったのはライヘンバッハである。
魔術師として宮仕えをしている彼は城の中にも専用の個室を与えられていた。
他の者は希望を出せば用意されるだろうが、誰も希望を出していないのである。
ライヘンバッハの個室は貴族の部屋を思わせるほどに広かったが、八割以上が本棚や研究用の器具、材料などで埋め尽くされていて、動物が歩けるスペースがほとんどない。
「典型的な魔術師の部屋かな」
バルが評価すればミーナがそっと耳打ちする。
「いえ、魔術師にしてはまだ節度があるほうかと」
この回答に彼は苦笑した。
するしかなかったというやつである。
一応程度に置かれている来客用の赤いソファーに彼らが座ると、ライヘンバッハの弟子らしい白いローブを着た十五、六歳の少年ふたりが豪華な客たちにお茶を持ってきた。
両者ともに緊張でガチガチになっているが、仕方のないことだろう。
弟子たちが下がったところで部屋の主はクロードに話しかける。
「それで用件は何かな?」
「率直に言って、貴殿がアドリアン殿下を支持するとは思わなかった。差し支えなければ理由を聞かせてもらえないか」
クロードの表情と声色は穏やかだが、その黄色の瞳は鋭い。
「何だ、そんなことか。リュディガー皇子は我らの研究に対して理解がなかった。魔術や魔術具の深淵を求めるのと、貴族どもの浪費の区別がつかぬような方が皇帝になるのは、我々としては非常に耐えがたい。幸いなことにアドリアン殿下は理解あるお方だった。それだけのことだ」
老魔術師は苦笑で顔をしわくちゃにしながら答える。
「なるほど」
と言ったのはミーナだった。
どうやら自分たちに対する理解があるか否かが判断基準になったのは、彼女には共感できたらしい。
「リュディガー皇子は選ばれなかっただけの理由はあるのだろうが、本人や周囲はそれを理解していまい。放置しておけば災いになるのでは?」
彼女はさらに言葉をライヘンバッハとクロード、ヴァインベルガーに浴びせる。
「そんなことは承知している」
応じたのはヴァインベルガー将軍だ。
「しかし、今リュディガー皇子を始末すると、他の皇子や皇女を不安にするだろう。殺されるかもしれないという恐怖ゆえに団結し、叛乱を起こすかもしれぬ。それを陛下は憂いていらっしゃるのだ」
「陛下もアドリアン殿下も、好き好んで肉親を手にかけたいわけではない」
将軍に続いてクロードも言う。
「従うならそれなりの職位を与える。だが、それで納得せず反抗するなら容赦はしないという構図にしたいのだろう。大人しく従えば殺されず、現状維持くらいはされるとなれば、他の皇族とその取り巻きもむやみに逆らったりはしないはずだ」
バルが個人的な見解を述べると、ミーナはエメラルドの双眸に納得の光を宿す。
「従うならば大丈夫という事実を作っておきたかっただけで、いざとなれば容赦しないのであれば私に異論はありません」
彼女が納得したところでクロードは将軍にたずねる。
「ヴァインベルガー殿がアドリアン殿下の支持をしたのは、聞くまでもない気がするが」
「その通りだろうよ。我が国の民が死ぬことを他人事にしか思わぬ暗愚に、この国の玉座に座ってほしくはない」
ヴァインベルガーは武骨で飾りも遠慮もない内容を堂々と言い放つ。
貴族らしくない発言だが、彼はそもそも経歴そのものが貴族らしくないため、今さら驚くには値しない。
彼はさらにクロードにたずねる。
「クロード殿、まさかこの話をするためだけにこのメンバーに声をかけたわけではないだろう?」
「当然だ。本題は最近、わが国で暗躍している輩についてだ」
クロードはそう答えて、バルに話を振った。
「バルトロメウスよ、お前も見たのだろう?」
「ああ。トロール五十を転移させた、黒ローブだな。私とミーナの名前に気づき、絶体絶命となった途端に死んだ。ミーナが言うには呪術をかけられた捨て駒だそうだ」
彼が答えるとライヘンバッハは渋面を作る。
「……トロールを五十体も召喚して転移させられる者が捨て駒とは考えたくないな」
「私は魔術にうといのだが、どれくらいの難易度なのだ? わが国が誇る宮廷魔術師は何人同じことができる?」
クロードは次に年老いた魔術長官に聞く。
「我ならばできる。我以外にも五、六名はできるだろうが、それくらいではないかな」
ライヘンバッハの回答に彼とバルとヴァインベルガーは顔をしかめる。
予想よりも少ないというのが彼らに共通した想いだ。
「転移魔術に特化した存在、召喚術に特化した存在だった場合はどうなる?」
バルは疑問に思っていたことを口にする。
「……おおよそまともとは言えん。まっとうな魔術師であれば、召喚術や転移魔術以外も習得しているものだ」
ライヘンバッハの答えに彼ではなく、ミーナが応じた。
「同じ組織の仲間に呪術をかけて捨て駒にする連中に、お前の言うまっとうさを期待してもよいのか?」
彼女の言葉は痛烈な皮肉となって老魔術長官に突き刺さる。
「ミーナ、言い過ぎだ」
「失礼しました」
バルにたしなめられたため、彼女は魔術長官にわびた。
本心からの謝罪ではないことくらいライヘンバッハも分かっているが、受け入れて水に流すのが大人の対応というものである。
「召喚術や転移魔術にのみ特化した育成をされたのであれば、話は違ってくる。わが国の宮廷魔術師であれば誰でもできるだろう。冒険者ランクで言えば、五級相当にまで下がるはずだ」
ライヘンバッハの問いにクロードはうなずく。
「その可能性は高そうだな。わが国の宮廷魔術師でも五指に入る存在を捨て駒にするほどの戦力を抱えているとは思えん」
「戦力は強大だが指揮官が愚かなだけという可能性も否定できまい。ただ、それだったらもっと別のやりようがある気はする」
ヴァインベルガーも肯定的な反応を示す。
「単純に陛下の読みが当たっているだけではないのか?」
バルは慎重な意見を出した。
「オーガの群れもそうだが、トロール五十体も私たちが居合わせなければ、どれほどの被害が出ていたのか。想像したくもない」
「分かる。アドリアン殿下は聡明なお方だ。しかし、陛下にはまだ及ばないだろう。玉座の交代がある前に、敵の本拠地や正体をつかめればよいのだが……」
クロードは願望めいたことを口にして語尾を濁す。
「敵がよほど馬鹿ではない限り、しばらくは懲りて何もしてこないだろう。その隙に防衛戦力の見直しを進めるべきだ」
ヴァインベルガーの案に一同はうなずく。
手がかりがあまりにも少なすぎて、彼らが現状できることは限られている。
「バルトロメウスとヴィルヘミーナもそのつもりでいてくれ」
クロードの言葉にバルはすぐに、ミーナは一瞬遅れて首を縦に振った。




