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19.ファイアウルフ

 ファイアウルフは全身が赤い毛で覆われた狼型の魔物だ。

 それではなく火のブレスを吐き、集団での狩りを得意とする。

 火や暑さには強いが、水や氷、寒さには弱い。


「リューベック村やこの辺は冬でも寒くないし、大きな池や湖もないけど、暑くもない。たしかにファイアウルフが出るのは、ちょっと変なのよね、アン?」


 と言ったのはターニャである。

 彼女は仲間の魔術師にたずねた。 


「そうね」


 アンと呼ばれた青い帽子と青いローブが特徴的な美人魔術師はうなずき、自分の意見を言う。


「だからもっと強い魔物に追われてきたのかもしれないわね」


「その場合は無理するな、何かおかしいと思ったらすぐに逃げろと言われたけど」


 ターニャは不満そうな顔をする。

 自分たちの実力を信用されていないみたいだからだ。


「ロイってターニャには過保護よね」


 それまで黙って聞いていた小柄な弓使いのリリーが彼女をからかう。

 

「本当にそうだな」


 短く相槌を打ったのは、赤毛の女性にしては背の高い剣士ベスだ。

 

「ベスまでそんなことを」


 ターニャは頬をふくらませて抗議をする。

 リリーが彼女に何かを言おうとした矢先、厳しい表情のアンが素早く警告した。


「みんな、話はそこまでよ。三十メートルほど先に魔物の気配が十あるわ」


 アンの探知魔術はこのパーティーの生命線である。

 全員からなごやかな表情は消えて、いっぱしの戦士の集団に変貌した。

 

「ファイアウルフと見ていい?」


「ごめんなさい。私の探知じゃそこまで分からないわ」


 ターニャの問いにアンは詫びる。

 彼女は仲間の生存率をあげるために探知魔術を磨いたが、まだまだ熟練の域には遠い。


「大丈夫だよ、一緒に強くなっていこう」


 ベスが笑顔ではげますと、ターニャも言う。


「そうだよ。アンが強くなりすぎると、あたしの出番がなくなっちゃう」


 彼女は斥候役である。

 アンが探知した先の様子を、彼女が肉眼で確かめるのが彼女たちの役割だった。

 アンが示した方向にそろりと近づき、赤い毛並みのファイアウルフの群れの存在を確認する。

 大人が七頭、子どもが三頭という組み合わせで、オスとメスの比率はターニャでは識別できない。


(やっぱり何か変)


 とターニャは思う。

 ファイアウルフは遮へい物の多い場所を好むと言われていて、こうして町と町との通り道を群れで移動しているのはおかしい。

 まして子連れなのは不自然だった。

 彼女はファイアウルフたちに気取られないように注意しながら、仲間のところに戻って報告する。


「いたよ。ファイアウルフの群れが。子どもが三頭」


「え、子連れなの?」


 リリーが目を丸くし、ベスが表情をくもらせ、アンがため息をつく。


「厄介ね。子連れのファイアウルフは凶暴になってて、追い払うのが厄介。そして普通、子どもが大きくなるまでは移動しないもの……」


「どうする、アン? ギルドの依頼はファイアウルフの撃退、および現れた原因の調査なんだけど」


 ターニャがパーティーのリーダでもあるアンに判断を求めた。


「私たちだけじゃ子連れのファイアウルフを追い払うのは無理よ。せめて後二、三人いれば……」


「そろそろロイが言うように、メンバーを増やすことを考えるべきかもしれないな」


 彼女の回答にベスがつぶやく。


「無事に生きて帰れたらね」


 リリーがボソッと言うと、ターニャが顔をしかめる。


「ちょっと、不吉なことを言うのは止めてよ。それに今はまだ気づかれていないから、逃げられるわよ」


 彼女の意見は採用され、四人は戦わずに逃げることを選ぶ。

 彼女たちの決断は遅くなかったが、それはあくまでも普通の対応としてはだ。

 子連れで不本意な移動を強いられていたファイアウルフたちは、彼女たちの知識よりも敵に対して敏感になっていたのである。

 一頭が敵意むき出しに吠えると、彼女たちは危険を感じた。


「やばっ」


 優れた魔術師がいれば転移魔術で逃げるところだが、アンにそのような芸当はできない。

 そのような力量があれば、そもそも子連れのファイアウルフから逃げようとは考えなかっただろう。 

 ターニャたちは駆け出したが、アンはそこまで足は速くなくすぐに距離が開く。


「私はいいから逃げて」


 彼女は覚悟を決めた表情で仲間にそう継げる。


「馬鹿ッ!」


 返ってきたのはターニャの怒声と、リリーとベスの責めるような視線だ。


「死ぬ時は一緒……それが仲間だろう?」


 ベスは立ち止まって背負っていた剣を抜き放つ。

 狼型らしく動きは速いとされるファイアウルフに攻撃が当たるか心もとないが、警戒心を呼び起こせばいいと願う。

 

「いつものフォーメーションで行くよ!」


 ターニャの声に合わせてベスが前に出て、隣に彼女が立ち、後ろにアンとリリーが控える。

 

「ファイアウルフは本来警戒心が強い。全部同時には来ないだろうし、仲間が二、三頭ダメージを受けたら、撤退するはずよ」


「大人七頭じゃ勝ち目ないけど、二、三頭痛に痛い思いをさせればいいなら……」


 アンの提案にターニャたちは一筋の光明を見出す。

 彼女の指摘どおり四名に牙を剥いているのは四頭だけで、残り三頭は子どもを守るような位置にいる。

 ファイアウルフの一頭がとびかかってきたのを、アンが剣の腹で止めた。

 もっと強い魔物だったら剣を砕いて彼女に致命傷を与えるだろうが、ファイアウルフにそこまでの力はない。

 ただ、ターニャの腹を狙った短剣も、リリーの目を狙った矢も軽快な身のこなしで避けてしまう。

 一頭が後ろに下がったのと同時に二頭がベスとターニャに襲ってきた。

 一対一ならば勝てると思ったのかもしれないが、そこにアンの魔術が飛んでくる。


「【アイス・ストーン】」


 石のような氷の塊を作り出して敵にぶつける魔術だった。

 ファイアウルフはまたしても素早くかわすが、苦手な氷が飛んできたせいか少し距離を取る。


「攻撃が当たらない……」


 リリーが悔しそうにうなった。

 ファイアウルフに攻撃を命中させるためには、速さと正確さの両方が要求される。

 今の彼女たちには厳しいものだ。

 しかしながら、ファイアウルフの攻撃を防ぐこともできている。

 楽観できないが、絶望的な状況とは言いがたかった。

 と思ったターニャを嘲笑うように、二頭の大人が子どもの側から離れて仲間に加勢する。

 おそらく彼女たちでは子どものたちの脅威にはなりえないと判断したのだろう。

 そのとおりだけにターニャは悔しかったが、それ以上に圧倒的に不利な状況に打ちのめされそうになる。

 

(ごめん、ロイ……)


 ターニャは心の中で恋人に謝った。

 魔物が異常な行動をしているのであればもう少し安全を確保するため、より強い冒険者に頼むべきではないかと彼は言ったのである。

 だが、今は一流の冒険者たちは忙しいし、調査くらいならば自分たちでもと言ったのは彼女だった。


(彼の言うことを聞いておけば……)

 

 後悔してももう遅い。

 ファイアウルフ五頭に囲まれて彼女たちに逃げ道はなかった。


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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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