帝国の逆襲
「くそ、まだ救援は来ないのか……?」
帝国兵の一人が弱音を吐く。
「そんなすぐには来れないだろう。何しろ帝国は今、あっちこっち攻め込まれてるらしいからな」
近くにいた仲間が返答する。
彼らは魔軍の襲撃が止まったことでひと休みしているのだった。
そこに別の兵士が会話に入る。
「攻め込まれてるのは大陸の国家全部らしいぜ? どこの国も数十万規模の大軍が押し寄せてきてるそうだ」
「嘘だろ……」
一人が絶句し、残りの面子も顔をしかめた。
「それじゃ外国の援軍は無理か」
「むしろうちが救援を求められる立場らしいぞ」
声は少しずつ小さくなっていく。
「悲観するな」
そこに彼らの上官がやってきた。
あちらこちら傷を負っているし、返り血も落とし切れていないが、声と顔にはまだ力がある。
「我々には八神輝がいる。彼らが来るまで持ちこたえればいいんだ」
「そりゃそうですけど、いつになるんですか?」
部下の問いに上官は答えられず、気まずい沈黙が場を包む。
「敵襲! 敵襲!」
そこに悲鳴のような叫びが聞こえ、直後に激しい鐘の音が鳴り響く。
「休みは終わりか」
「敵さんもマメだな」
「そりゃここは要塞都市なんだ。あっちからすりゃいい攻撃目標なんだろう」
兵士たちの声にまだあきらめがない。
弱音を吐くことはあっても、希望は捨てていない男たちだった。
彼らが持ち場についた時、城塞都市に向かって進む大量の魔物たちの姿が見える。
「こりゃやばいな」
「今度ばかりは無理かも」
「馬鹿者! あきらめるな!」
上官が弱気な部下たちに怒鳴りつけた。
彼らの弱音を吐いて気が済んだのか、逆らわずにうなずいて戦意を燃やしはじめる。
直後、彼らの背後から大きな光が飛来し、魔物の大軍を吹き飛ばす。
二発目、三発目と続いたところで魔物たちの進軍が止まった。
「な、何だ、ありゃあ?」
兵士たちは訳が分からないと叫ぶ。
「これはギーゼルヘール様の広域殲滅射撃だ!」
事態を理解できた城塞都市の守将が喜びの声をあげた。
はっとした副官が続いて意識的に叫ぶ。
「ギーゼルヘール様が到着したぞ!」
「ギーゼルヘール様が!?」
兵士たちは思わず後ろの空を見ると、そこには魔術具の力で空に浮かんだ一人の男が、弓をかまえていた。
駆け付けたギーゼルヘールは下にいる兵士たちに声をかけず、ひたすら矢を放つ。
彼が放った矢は光となって飛んでいき、魔物を千単位で消滅させている。
「万歳! 八神輝が到着した!」
「ギーゼルヘール様万歳!」
彼らの歓呼に応えるように、ギーゼルヘールは敵の大軍を殲滅させた。
そしてゆっくりと城塞都市に降りてくる。
「ここの守将は?」
「私です!」
壮年の男が敬礼をしながらギーゼルヘールの問いかけに答えた。
「俺はこの後、他の魔軍を探して殲滅しに行く。しばらくは大丈夫だろうが、油断はしないように」
「はっ! ありがとうございました!」
「なに、役目だ」
ギーゼルヘールは不愛想に言って魔術具の力で再び浮かび上がる。
そして姿を消した。
「あっという間だったな」
「ああ。圧倒的な強さってああいうのを言うんだな」
残された兵士たちは口々に感想を言った。
油断はするなと言われても、緊張を解くなというほうが無理だった。
守将はそれを理解していたので、今だけは見逃そうと決める。
一方帝国の東部にて。
「な、何だ、この冷気は!? いや、吹雪は!?」
魔軍たちはすさまじい冷気に大混乱に陥っていた。
彼らの中には寒さに耐性を持つ者たちは珍しくないのだが、それを超えた冷気に動けなくなる。
「敵の魔術だ……だが、これほどの魔術師が?」
魔軍の足や翼は凍りはじめているが、冷気は四方に吹き荒れていて彼らに逃げ道はなかった。
「敵の魔術師を始末すればいいだけだ」
この方面軍の司令塔であるゴーシュ将軍は叫ぶ。
彼は赤い鬼族の魔物の上位種族だった。
「そのとおりね。だけどあなたには無理じゃないかしら」
冷ややかな女の声が彼の耳に届き、直後彼の体が氷結する。
「がああああ!」
ゴーシュ将軍は全身を震わせ、咆哮をあげて無理やり氷の牢獄から脱出した。
「あら、さすがは将軍ね。ほとんどの魔物は一撃なのに」
女、シドーニエは目をみはる。
さすがに将軍クラスの魔物となると、雑兵を一掃するのとはわけが違うようだ。
「な、舐めるな、女……」
ゴーシュは息を切らせながら青い瞳で彼女をにらむ。
「貴様が八神輝とやらだな……貴様を倒して武功にしてくれよう!」
「だからあなたには無理よ。奥義・白絶凍獄」
シドーニエは己が使える最強の魔術を発動させた。
四方から強烈な吹雪の結界を生み出して敵の動きを封じ、さらにそれ以上の冷気をもってすべての生命を絶つ魔術。
冷気の突風がゴーシュの体を刺すように浴びせられる。
「ごごご」
うめくゴーシュの体温がみるみるうちに下がっていく。
この魔術をまともに浴びればクロードやバルトロメウスだって命に関わるだろう。
まともに食らえばの話であり、シドーニエは彼らに勝てるとは思っていないが。
彼女が魔術を解除した時、すべての魔軍は氷の像となって息絶えていた。
「意外と魔力を使ったわね……」
やや疲労を浮かべて彼女はつぶやく。
一方的に封殺することに成功したものの、消耗は大きかった。
だが、将軍以下を全滅させたおかげでこの地域はひと息つけるだろう。




