近況報告
皇帝と宰相には悲鳴と絶望が混ざった報告があげられている。
「王国は都市の九割を失い、王都包も囲されています。事実上、国家は崩壊でしょう」
「商国、皇国、聖国は連合軍で三十万の魔軍を撃退したものの、さらに三十万の増援が現れて苦しくなりました」
「中央大陸はおそらくすべての国家が陥落しています」
「北の大陸も人類の生活圏の八割を喪失したもようです」
皇帝と宰相は耳をふさぎたくなる衝動にどうにか耐えながら、報告を聞いていた。
インヴァズィオーンの再来と言われる戦い。
人類は圧倒的に劣勢だった。
「戦線を維持できているのは南方大陸の半分と帝国、あとはクライン連邦、聖国ら三か国連合のみと考えてよいかと」
と宰相もまた絶望を宿した顔で言う。
「五大陸のうち三つがほぼ全滅、残り二つ大陸においても半分ずつ制圧されている状況か」
皇帝の顔色はけわしい。
胃と頭の痛みが激しく吐き気もしてくる。
だが、ここで彼が倒れるわけにはいかなかった。
皇太子のアドリアンはまだまだ経験不足で、この状況下で的確な判断ができるか心もとない。
今皇帝が倒れると、帝国は指揮系統を失って存亡の危機に立たされるかもしれないのだ。
「連邦や聖国からは救援を、八神輝の出撃要請が来ておりますが」
と書記官の一人が言う。
十万の軍勢を超す軍勢に軍団長、将軍といった猛者たち。
これらを倒せる実力者はかぎられている。
帝国の八神輝が最たるものだろう。
「クライン連邦と王国にも猛者はいるはずだが」
と皇帝が聞くと、宰相が書類を見ながら答える。
「王国の十六柱傑は全滅しました。クライン連邦の三宝剣と五本槍は、連邦方面の総大将だった将軍と相打ちになったとか」
「……もはや八神輝以外、将軍級に対抗できそうな人材はいないということか」
「おそらくは」
宰相と皇帝の嘆息が重なった。
帝国でではなく、大陸でもなく、地上全体での話である。
「ドラゴンが生息している地域は後回しにされているようです。まずは人類を滅ぼしてからということでしょう」
「……ドラゴンが魔軍と戦っている間にすこしでも、という作戦は使えないか」
皇帝は激しい頭痛と胃痛に襲われた。
魔軍にしてもドラゴンと人類軍を同時に戦うことをリスクだと考えたのだろう。
あるいは単にドラゴンは攻撃目標ではないだけなのか。
「ヴァインベルガーやライヘンバッハ、ユルゲンならあるいは……ですが」
と宰相は気を取り直して、話を戻す。
「今はどちらも出せんな。我々もまた攻め込まれているのだから」
皇帝はそう言って地図をにらむ。
地図の上には魔軍が現れた場所に黒い木像が置かれている。
「ライヘンバッハ以外の全員が出払っている状況ですからね……彼らが勝って魔軍を壊滅させれば、余裕は生まれますが」
「それを祈るしかあるまい」
八神輝がもしも敗れれば、すなわち人類滅亡が確定すると言ってもよい。
「バルトロメウスとヴィルヘミーナが負けるとは思わぬが……」
皇帝の口は重かった。
敵が元帥ならバルトロメウスが倒してくれると自信を持って言える。
だが、地上に侵攻してきた魔軍には複数の元帥が確認されており、しかも総大将は別にいるらしい。
十中八九、公爵と呼ばれる存在だろう。
果たしてバルトロメウスやヴィルヘミーナは勝てるのか。




