117.料理と酒
バルたちが注文料理は「ご膳料理」と呼ばれるもので、大きな黒い膳に何種類もの料理が乗せられて同時に運ばれてくるスタイルだ。
料理が運ばれてくるたびに仮面を被りたくないバルが選択したのである。
白身魚の焼き物、ホロホロ鳥の香草焼きといった割と定番品から、野菜の揚げ物といった珍しいものまで並ぶ。
料理と一緒についてきた酒は「天女の涙」、「虹烏」というものだ。
どちらも貴族でも限られた者しか飲めない高級品である。
客がバルとミーナだということで、店側が喜んで提供してくれた。
「揚げ物は平気か?」
「ええ、平気ですよ?」
バルの問いにミーナがクスリと笑う。
エルフは自然食を好むという固定観念を破壊しまくっている美女は、平然と揚げ物をたいらげる。
貴族たちが愛用する店だけあって食材も料理人の腕も一級品だ。
「素材だけならエルフたちも負けていないが、料理人の腕に差はあるな」
「ええ。この点について人間は見事なものです」
ミーナは頬をゆるめながら称える。
食後のデザートに出てきた「プリン」を食べると、紅茶が出された。
同時に一人の料理人が姿を見せる。
「バルトロメウス様、ヴィルヘミーナ様、本日はお越しいただきまことにありがとうございます」
五十歳になる獅子人族のこの男こそが料理長だった。
「久しぶりだな、料理長。今日の料理も美味かったよ」
バルがそう言って褒める。
「ありがとうございます!」
大きな声で礼を言い頭を下げた。
そして顔を上げるとミーナに問いかける。
「ヴィルヘミーナ様はいかがでしょうか?」
真剣な面持ちでの質問に彼女は淡々と答えた。
「さすがバル様のお気に入りだな」
これは彼女の褒め言葉としては最上級の一つである。
それを理解できるようになった料理長は大喜びで頭を下げた。
「ありがとうございます。またのご利用をお待ち申し上げております」
料理長が下がるとバルはほっと息を吐く。
彼の立場には理解を示すものの、そっとしておいて欲しいと思うのだ。
「全く八神輝も肩がこる」
バルはそっとこぼす。
これは珍しいことだが、同意を求めているわけではない。
ただ聞き流してもらいたいのだ。
そのことを知っているミーナは、彼の希望通り黙って聞いている。
「さて、気分を変えて酒を飲もう。『地の産声』はけっこう美味いぞ」
「では私もそれにしましょう」
ミーナはバルと同じものを頼もうとしたが、彼は制止する。
「ミーナなら『鬼泣かし』もありなんじゃないか?」
「『鬼泣かし』……名前だけは知っていますが」
彼女は少し興味を持つ。
「鬼泣かし」とはその昔、ある山の麓に人食い鬼が現れた時、酒をやる代わりに命を見逃してほしいと一人の男が言い出した。
鬼は「美味かったら」と笑って酒を飲んだところ、非常に美味くて感動の涙をこぼしたという。
そして「こんな美味い酒を飲ませてくれるなら、人は二度と食わない」と約束して去っていた。
男は定期的にその酒を山の麓に置いておくと、二度とその地方で人が食われることはなくなったという逸話がある。
非常に酒精が強いが、耐えさえすればとても美味いと評判の酒だった。
「ここに置いてあるのですか」
「ああ。一度勧められたこともある」
バルはうなずくと、彼女は少し考えてから答える。
「バル様と二人で飲むなら」
「分かった。では二人分を持ってきてもらおう」
彼は決断を下して、給仕を呼んで注文をした。
『鬼泣かし』は黒いガラス瓶に入って運ばれてくる。
自分たちでグラスに注ぎ軽く味わった。
「これが『鬼泣かし』か」
「どことなく甘くて澄んだ味わいですね」
とミーナは評価する。
正直鬼が泣くほど美味いのかと言われると微妙なところだ。
「まあ鬼と人とエルフじゃ味覚はバラバラだろうな」
エルフとはそこまで違わないかもしれないが、鬼とは違っていてもおかしくないだろう。
バルはそう結論づけ、じっくりと酒を味わった。




