107.使節団の帰還
「陛下、ただいま戻りました」
あいさつをしたシドーニエに皇帝はうなずく。
「大儀である。報告は後日聞くとして、今日のところは下がってゆっくりと休め」
彼の言葉で使節団は解散となる。
「無事にお戻りになったようだな」
「当たり前だ。シドーニエ殿とヴィルへミーナ殿がついてて何かあったら、そちらのほうが驚きだ」
そのような廷臣たちの声を聞きながら皇女たちは退出した。
「んー、久々に帰って来たら、ここも捨てたものじゃないと思えるわね」
ベアーテは背伸びをしながらそう言ったため、近くにいた侍女たちが慌てる。
「で、殿下、そういったことはせめて離宮にお戻りになってからおっしゃいますよう」
「気にしない気にしない」
彼女たちに対して皇女は笑顔で返し、絶句させてしまった。
離宮の入り口に着いたところでベアーテは、黙ってついて来ていたシドーニエとミーナに話しかける。
「ご苦労様。下がって休んでいいわよ」
シドーニエは礼儀正しく、ミーナは義務的に礼をして下がった。
「ヴィルへミーナ、この後はどうしますの?」
「バル様に報告に行く」
ミーナは当然という顔で即答する。
シドーニエは「やはりか」と思ったものの、微笑を浮かべて流す。
「そう。ではごきげんよう」
彼女はさっさと転移魔術を使っていなくなってしまった。
皇族たちがいる宮殿でも平気で転移魔術を使えるのは八神輝の特権である。
ミーナも転移魔術を使ってバルの自宅へと転移した。
ところが、バルは不在だった。
「おや……」
思わず彼女は声を漏らす。
彼は普段はさえない男として、二等エリアでの生活を送っている。
だから彼女が訪れてもいるとはかぎらないのが正しい。
それでも今までバルはまるで彼女が来ることを読んでいたように、自宅にいたものだ。
別に不在中に彼女が来ることをバルは禁止していない。
しかし、バルがいないのに来ても仕方ないという意識が彼女にある。
彼女がその気になれば魔術で彼の現在地を探し出すことは難しくないが、転移で移動してもよいのかという問題があった。
八神輝として活動していない時に押しかけるのはいい迷惑だろう。
「仕方ない。掃除でもやって待っているか」
彼女が見たところ、バルは男にしてはマメではあってもていねいとは言いがたい。
細かな部分にホコリがうっすらと残ったりしている。
ヒマつぶしにはちょうどいいと彼女は掃き掃除と拭き掃除をおこなった。
バルが戻ってきたタイミングでミーナは彼がひとりだと気配探知魔術で確認し、そのまま出迎えることにする。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。掃除してくれていたのか。ありがとう」
バルは中にミーナがいたことも、彼女が掃除をしていたことも、一瞬だけ驚いてすぐに平静に戻った。
「しかし、使節団の帰りだろう? ミーナなら大して疲れなかったのだろうが……」
「ええ。そんな軟弱ではありません」
ミーナはきっぱりと言い切る。
バルは苦笑し、手に抱えていた茶色い紙袋をかざす。
「ちょうどふたり分買ってきたんだ。よかったら食べるか?」
「ありがとうございます。それでは飲み物を用意いたしましょう」
彼がやろうとするのを制止して、ミーナは机の上に安物のコップと皿を並べた。
そして次に空間魔術の中で保存されていた紅茶が入った黒い筒を取り出す。
彼女の魔力であれば飲み物の保存のために常時魔力を使い続けても何ともないが、有事に備えて消耗を避けているバルの真似をして保存用の筒型魔術を使っている。
「使節団の首尾はどうだった?」
「シドーニエがエーギンハルトとよい勝負をしたので、彼らも帝国はバル様だけではないと理解したでしょう」
ミーナの回答にバルは青い目を丸くした。
「シドーニエといい勝負できるエルフが、ミーナ以外にもいるのか」
「ヴィリーやギーゼルヘール相手なら、後一名戦える者がおりますよ」
ミーナは紅茶の入ったコップを彼に差し出しながら告げる。
使節団の首尾に関する質問に返ってきたのはシドーニエたちのことというのは、考えてみれば奇妙だろう。
しかし、この二人は疑問に思っていなかった。




