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105.皇帝の判断

「帝国の人では想像しづらいのでしょうか。最高神殿長は、帝国で言えば八神輝のようなものです。実力ではなく立ち位置がです。そんな簡単に交代するような役職ではないのです」


「八神輝みたいなものなら、そりゃ簡単には変わらないだろうな」


 話を聞いていた人たちはペレクの説明に納得する。 

 

「それが失脚するとなれば、相当な理由があるはずで……これから聖国ではひと波乱あるかもしれませんね」

 

 老人は聞いている者の想像力を煽るような言葉で結んだ。


「一体何があったんでしょうねえ」


 給仕の少女が心配そうな顔でつぶやく。


(聖国は群害が発生した失態を隠そうとするだろうし、情報統制が厳しい国だ。旅人が知らなくても無理はない)


 とバルは考える。

 もっともペレクもまた「知っていたとしても、言えるはずがない」立場である可能性は否定できないのだが。


「ペレクさん、もう少し教えてもらえませんか?」


 彼は内面をおくびにも出さず、老人にねだる。


「もう少し、ですか……そうですね。では連邦や王国でも、魔物が活発化しているというのはご存知ですかな」


「おや、そうなんですか」


 バルは驚いて見せた。

 もちろん、彼だけではなく他の者もだが、彼らの場合は真実である。


「ええ。どうもね。何か不吉な出来事の前触れでなければよいのだが……という声もあるようです」


 ペレクの発言にバルは少し悩む。


(諜報部がダメなのではなくて、他国でもそこまで事態が進んでいない。あるいは事態が分析されていないということか?)


 という考えが浮かんできたからだ。

 帝国の欠点のひとつが、諜報部の弱さだと彼は思っていたのである。

 それが実は彼らのせいだけではないのかもしれない。


(むろんこの老人の発言はそのまま受け入れるわけにはいかないが)


 酒の肴にするのはいいが、それ以上となると裏付けが必要だ。

 

「他には何かご存知ですか?」


 バルがさらに問うと、老人は苦笑する。


「さすがに情報料はしゃべったと思いますよ」


「ああ、そうですね。ごめんなさい」


 彼は素直に謝った。

 こうやってあえて失敗することで、「さえないただのおっさん」であることを補強している。

 ミーナ以外の八神輝が見れば、「見事な化けっぷりだ」と呆れるか、感心するかのどちらかだろう。


「いえいえ。現地の方との会話は楽しいですから」


 穏やかに笑う老人は本当に旅人かなとバルは思った。

 こういう時に頼りになるミーナは、今ベアーテとともにエルフの国に行っていて不在である。

 一応皇帝には報告しておこうと思い、彼は麦酒を飲みほした。

 バルたちと別れたペレクは宿屋に戻る。

 一等エリアよりは安いが、他の都市と比べれば割高だ。

 しかし、清潔でドアにカギがかかるだけでなく、カギ付き金庫も貸してもらえるとあればやむを得ない。

 犯罪はかなり少ない都市だが、ゼロというわけではなかった。

 ペレクは部屋に戻ると、大きく息を吐き出す。

 彼はただの旅人ではなく、連邦の特別諜報である。

 訓練を受けた者であれば、かえって目利きには見破られてしまう。

 だからこそ連邦は素人に旅費と報酬を出して、情報収集をやらせている。

 彼が全く疑われずにここまでやってきたのは、帝国の防諜組織の能力ばかりが問題ではなかった。

 あえて素人を使うという発想ができるかどうかのほうが重要なのである。


「しかし心臓に悪いわい……まあ二等エリアじゃ鋭い奴なんてひとりもいないようだから、楽できるが」


 とペレクは笑う。

 八神輝が庶民の中に溶け込んでいるとは露知らず、彼は自身の現状に満足していた。 

 できれば一等エリアにも足を運びたいという欲望はある。

 集めた情報によって報酬が高くなるからだ。

 だが、さすがに一等エリアでは自分は通用しないだろうと冷静に判断する。

 彼が今のところ諜報だと発覚しなかったのは、自分の能力を過信せずに無理をしなかったからだ。

 ……少なくとも過去はそうだったのである。

 現在はというと、残念ながらバルが念のため皇帝に連絡を入れていた。


「というわけですが、陛下はいかがお考えでしょうか?」


「気にしすぎだと思うが……あえて素人を使っている可能性はなきにしもあらずか」


 皇帝は臆病だからこそ、普通では絶対ありえないと一笑に付す可能性を考慮する。

 近くで事情を知った宰相と皇太子は、「バルトロメウスの考え過ぎだろう」と言わんばかりの表情だった。

 

「諜報が帝都まで……地理を調べていたのだろうか」


「帝都より西は全て調べられたとみるべきだな」


「どこの国かが問題だ」

 

 皇帝の側近たちの意見を聞いた宰相アーロイスが口を挟む。


「ありえるとすれば連邦の可能性が一番高い。聖国は今そんな余裕がなく、王国の奴らでは決して思いつけないようなアイデアだからな。あるいは商国かもしれんな」


「連邦か商国か……都市国家群が間にあるのですぐに戦争にはならないでしょうが、何らかの手は打ったほうがいいのでは?」


 皇太子が考えを述べる。


「そうだな。間者は発見次第始末するのが世の習い。疑わしきものには消えてもらおう」


 皇帝は即座に決断した。

 

「だが、ただの間者ならばいいが、万が一連邦三羽烏だった場合は無理するな。騎士団にはそう伝えろ」


「はっ」


 連邦三羽烏とは帝国における八神輝のような存在である。

 その実力は不明な点が多く、皇帝は強く警戒していた。


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