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100.使節

 エルフの国「シュタルク・オルドヌング」は帝国の北方、けわしいベールヴァルデ山脈を越えた先にある。

 人間にとっては過酷な山道も、エルフたちにとっては大した障害にならないのは有名な話だ。

 かつて帝国では山脈方面をにらむ砦が築かれたものだが、ミーナが八神輝に入ってエルフと友諠を結んでからは、左遷された者が飛ばされる閑職となっている。

 今、ベアーテを大使にした使節団は馬車までその砦に到着した。

 

「ベアーテ殿下、ようこそいらっしゃいました」


 砦の責任者は緊張で震えながら、馬車から降りた白いワンピース姿のベアーテにあいさつをする。

 皇女である彼女に粗相をしたら、彼の首が物理的に飛ばされてしまうのだから無理もなかった。

 当代皇帝は決して暴君ではないが、裁くべき者に対して無用に寛大だということもない。

 閑職にいる者に情けをかける理由などあるはずもなかった。


「さっぱりしていていいところね。落ち着けそうだわ」


 ベアーテはうらぶれた砦を見て笑顔で評価する。

 他の者が同じことを言えば、痛烈な皮肉だとしか思われないだろうが、彼女の場合は本気で言っているのだ。

 もっともそれが分かるのはミーナにシドーニエ、侍女たちくらいしかいない。

 砦の者たちは「皇族を迎える準備ができていない」と遠回しに叱責されたようにしか思えず、心と背中にたっぷりと冷たい汗をかく。 


「殿下に他意はありませんわ。せいぜいお励みなさい」


 シドーニエがフォローするように言い、砦の責任者は恐縮して頭を下げる。

 

「ささやかではございますが、宴の用意ができております。こちらへどうぞ」


 まずは護衛の女性騎士たちが先頭を進み、ベアーテの右隣にシドーニエが張り付き、最後尾をミーナが守った。

 砦には貴人用の部屋などないため、皇女には広くて安全性が高そうな部屋が宛がわれる。

 シドーニエが同じ部屋に寝泊まりして万が一に備え、ミーナがすぐ隣の壁際の部屋を与えられた。

 廊下を挟んだ向かい側に護衛の騎士や侍女たちの部屋が並ぶ。

 砦の部屋は雨露をしのぎ、風雪に耐えることを優先された堅牢で殺風景な石造りで統一されていた。

 ベアーテ、シドーニエ、ミーナは平気だし、女性騎士たちは慣れているが、侍女たちはそうではない。

 しかし、今回の使節団に入ることを名誉に感じる若い女性たちで構成されているため、不満は口にしなかった。

 皇女のベアーテが何も言わないのに、身分の低い彼女たちが愚痴をこぼすわけにもいかないという意識も当然ある。

 夜、砦にある食堂で提供された料理は素材こそ上等だが、調理技術は凡庸だった。


「素材は魔術具で持ち込めるけれど、料理人を連れてこれなかったものねえ」


 上質な素材を台無しにしているまではいかなくとも、十分活かせていない料理にベアーテは不満を漏らすどころか笑顔で評価する。

 現状を大いに楽しむ彼女は支配階級としては実に寛大で、もてなす側にしてみれば非常にありがたい性格だった。

 

「ベアーテ殿下の御心は海以上ですわね」


 シドーニエは上品な微笑で評価する。

 彼女は質素な生活に慣れているため、今回の旅には一切不満がなかった。


「文句を言ったら黙らせてやろうと思っていたが、手間が省けたのは何より」


 と皇女に向かって不敬きわまりない発言をしたのは言うまでもなくミーナである。

 皇帝の威光に恐れることがないエルフにしてみれば、皇女など父の威光を借りる小物に過ぎない。

 抑止力になれるバルがいないのだから、必要だと思えば彼女は実力行使をためらわなかっただろう。

 今ここで食事をとっているのはベアーテ、シドーニエ、ミーナの三名で、護衛の騎士たちが数名入り口と壁際に立っている。

 侍女たちや兵士たちは他の場所で食事をとっているだろう。

 護衛騎士たちの前で誰も得しそうにない展開が起こるのを避けられたのは、めでたいとシドーニエは考える。

 

「それにしてもヴィルヘミーナはすごいわね。あなたが言えばあっという間に日程が決まったじゃない?」


 ベアーテに笑顔で話しかけられたが、ミーナは返事をしなかった。


「ヴィルヘミーナ、せめて一言くらいは反応しなさいな」

 

 シドーニエがあきれて忠告する。


「同胞の怠慢だったのは否定できない」

 

 ようやくミーナが返事をすれば、皇女は懲りずに話しかける。


「ミーナってエルフの中ではどういう位置づけなの? 伝承の英雄デュオニュースの子孫ってだけじゃなさそうね?」


 それだけで族長と対等のような、ある意味それ以上の影響力を持っていることにはならないはずだ。

 ベアーテだけではなくシドーニエも、皇帝も思っていることである。


「教える義理はない」


 だが、ミーナはまともに答える気すらなかった。


「じゃあバルトロメウスに聞いてもらおうっと」


 ベアーテはどこまでタフな精神を持っているようで、ニコニコしながら言う。


「ぐっ……」


 今までずっと無表情を貫いていたミーナが初めて詰まる。

 シドーニエはあきれるように、からかうような表情で言った。


「あなた、馬鹿じゃないはずだけど、意外とお馬鹿さんですわね? バルトロメウスが使われるという選択肢くらい、最初に思いつきなさいな」


 ミーナは悔しそうな顔を一瞬だけ浮かべたものの、すぐに無表情に戻る。


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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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