第8話 『高度な餌付け』
「ちょっと四つん這いになってくれるかな?」
「は?」
すっかり籠絡されてなんでも質問に答える気満々の俺に、おかしなお願いをする生徒会長。
思わず間抜けな声が漏れて、疑問を呈すると。
「そのほうが話しやすいと思ってさ」
などと訳のわからないことを申しており。
とはいえ、このままでは一向に話が進む気配がなく、埒があかないと思い、素直にその場に四つん這いになる。
献身的な自己犠牲精神である。
するとノーパンの彼女の膝小僧が目線の高さとなり、ともすればこのまま視線を上げればとても良い物が見えるような気がして、本能のままにノーパンスカートの中身を覗こうとすると。
「やん。えっち」
すかさずスカートを押さえて咎める生徒会長。
どうやらスカートの中を見せてくれるつもりではないらしい。そんな不埒な俺の背後に回り。
「じゃあ、乗るね」
「えっ?」
突然の騎乗宣言に呆気に取られた俺の背中に、生徒会長が跨り、腰を下ろした。柔らけえ。
一応詳しい描写を付け加えると、会長はいわゆる横座りで座ったわけではなく、本当の意味で俺に跨っていた。彼女の股が背中に当たる。
いや、密着していた。その事実に愕然とする。
だって、会長ノーパンなんだぜ?
改めて現状を解説しよう。
つい先ほど、会長は紐パンを脱いだばかり。
そして、学校指定のスカートを穿いている。
それが意味するところは俺の学校指定のブレザーとワイシャツを隔てて彼女のナマのお股が触れ合っているということであり、最高の気分。
「どうかな? テンション上がったかい?」
「ああ、絶好調だ!」
鼻息荒く、コンディションを伝える。
生徒会長は満足そうに俺の後ろ頭を撫で、いそいそと何かしだした。目の前に靴下が落ちる。
「その靴下、食べていいよ」
「へっ?」
耳を疑った。靴下を? 食べていい?
なんだそれは。なんの冗談だよまったくもう。
なんて憤慨しながら、靴下を検分する。
食べていいと言うからには、これは彼女の物で間違いはないだろう。そして、脱ぎたてだ。
すぅっと深呼吸をしてみると、甘い靴の香り。
美少女は靴下の匂いも甘美なんだなと見識を広げつつ、腕立て伏せの要領でそれを咥えた。
「おおー! 偉い偉いっ!」
俺の背中の上でパチパチ拍手をして、キャッキャッとはしゃぐ生徒会長。なんか照れ臭いな。
しばらく靴下をモグモグ頬張っていると、横から手が伸びてきてハイソックスの端を掴んだ。
「ハイヨー! 進めー!」
なるほどな。これは手綱のつもりだろう。
くいっと引っ張られ、前進を指示された。
俺はブルルッと鳴いて、パカパカ進む。
夕陽に彩られた図書室の本棚の間を駆け回る。
しばらくして、我に返った。何やってんだ俺。
靴下を口から離して、会長に尋ねる。
「それで、聞きたいことってなんだよ?」
今更すぎる問いかけに、会長はくすりと笑い。
「お馬さんは喋ったら駄目なんだよ?」
なんて言って尻を叩いてきた。なにしやがる。
「馬の言い分も聞いてくれよ、頼むからさ」
「しょうがないなぁ。じゃあ、質問するね」
懇願すると聞き入れてくれた。良い飼い主だ。
「君の親戚のお姉ちゃんのことを教えて」
ようやく質問を口にする生徒会長。
しかし、内容は予想外のものだった。
姉ちゃんのことを教えろ? なんだそれは。
「なんで姉ちゃんのことを知りたいんだ?」
「口答えはしないでくれるかな」
「うぐっ!?」
パシン!と先ほどよりも強く尻を叩かれる。
思わず涙目になると、優しく頭を撫でられて。
「仕方ないな。じゃあ、これもあげる」
そう言って背中に上でまたごそごそして。
パサッと目の前に、オレンジに布切れが置かれて、それは胸部を覆う形状をしており。
「そのブラジャーも、食べていいよ」
言うが早いか、俺は食らいついた。
まるで匍匐前進のように這い蹲る俺の背中に、生徒会長は頬擦りをする。すりすりと。
すると彼女のノーブラの胸が密着して。
思った以上に存在を主張するその丁度良い胸の感触に陶酔感を覚えていると、耳を齧られた。
「ふぁっ!?」
「あむあむ。……お姉さんとは、どんな関係?」
ビクビクと身を震わせる俺に、詰問する会長。
恐らくこれは高度な餌付けだ。
質問に答えさせる為の自白剤だ。
とはいえ、俺は基本的に何も知らない。
どんな関係かと聞かれても、困る。
俺にはこう答えることしか出来ない。
「た、ただの親戚だって!」
「ふーん? ま、いっか。じゃあ、次の質問」
不満げに鼻を鳴らして、話題が切り替わる。
「君の後ろの席の子は、何者なの?」
後ろの席? あの奇妙な美少女のことか?
「そんなの、俺が教えて貰いたいくらいだ」
「うるさい。聞いてるのは、ボクだよ」
「ぐあっ!?」
バンッ!と思い切り尻を叩かれる。痛いよぅ。
悶絶する俺の耳を引っ張り、追求してくる。
「ちゃんと素直に、正直に、答えて」
んなこと言われても、知らないもんは知らん。
会長はしばらく耳を引っ張り、離した。
「じゃあ、最後の質問。『転生者』とか『スキル』って言葉に、身に覚えはある?」
はあ? 転生者? スキル? なんのことだ。
生徒会長は電波女だったのか? 笑えない話だ。
勘弁してくれ。しかも聞き覚えではなく、身に覚えがあるかだと? 完全に頭がイかれてる。
とりあえず、怖いから話の流れに乗ろう。
「て、転生者ってのは、漫画とかでよく出てくるキャラのことか? 生まれ変わりみたいな?」
「そうそう。それで『スキル』ってのは……」
会長は頷き、おもむろに俺の眼鏡を外して。
「こういう、不思議な力のことさ」
「うおっ!? 熱ッ!?」
俺に見えるように眼鏡を翳して、燃やした。
ぼっと。突然炎を上げる黒縁眼鏡。
目を見開くと、たちまち消し炭となった。
「な、なんだよそれ。手品か何かか……?」
「はっ。駄目だこりゃ。何も知らないんだね」
目の前の信じ難い光景に怯える俺を鼻で笑い。
「むむむぅ〜おかしいなぁ。複眼系のスキルでもあるのかと睨んでたんだけど。今も2人の視線を感じるし……まあ、それはさて置くとして」
その理解不能な呟きを無知な俺に対して解説することなく、結論付けた。
「ようするに、君はただのNPCってわけだ」
一切の興味を失ったように言い捨てて。
朗らかな雰囲気から一変した会長は俺の背中から降りて、真横から冷酷にこちらを見下ろし。
「じゃあ、もう君に用はないよ」
しなやかな美脚を振りかぶり。
まるで鞭のように俺の脇腹を蹴り飛ばした。
衝撃で身体をくの字に折り曲げて、噓みたいに図書室の端までぶっ飛びながら、悟った。
どうやら今日、俺は死ぬらしいと。