第7話 『若さゆえの過ち』
「か、会長。こんなところで、何を……?」
「んー? ちょっと聞きたいことがあってね」
身長150センチ前半と思しき小柄な生徒会長は、斜め下方向から小首を傾げて迫ってくる。
実に可愛らしい。手を伸ばせば届く距離。
《相変わらずあざといねぇ。気を緩めるなよ》
神に忠告され、警戒する。心拍数が上がる。
明らかにおかしな状況だ。誰もいない図書室でこんな可愛い女子に迫られるなどありえない。
神は生徒会長をあざといと指摘する。
確かにあざとい。己を可愛く見せる術を熟知している。明るいブラウンの瞳が濡れている。
そんな子猫のような視線で、思い出す。
忌まわしい過去の記憶。若さゆえに過ちの記憶。
あれは、高校に入学したばかりのことだった。
《実はお前には秘められた力があるんだ》
入学式を終え、高校生活が始まってまもなく。
神はそんなことを囁いてきた。秘められた力。
俺はその時まだ抜けきらない厨二病を患っており、少しばかりこじらせていたので信じた。
秘められた力って、なんだよ?
《パンツを覗いても怒られない能力だ》
な、なんだってーっ!?
授業中にも関わらず思わず叫びそうになった。
しかし、俄かには信じがたい。検証してみた。
もちろん、覗く勇気など持ちえない村人Aたる俺は、その日の休み時間にプラプラ廊下を歩きながら偶然パンツが見える瞬間を待っていた。
あてどもなく散策を続けて愚かしさに気付く。
偶然パンツなんて見えるわけないだろ。
そんな当たり前なことに気付き、落ち込んだ俺は、小便でもして教室に戻ろうと思った。
すると、丁度よく男子トイレの隣の女子トイレの扉が開き、女子生徒が中から出てきた。
絹のような長い黒髪をなびかせて通り過ぎる美少女。それは現在、俺の後ろの席の美少女だ。
当時は席も離れていて、不気味さも感じていなかった。単純に、美少女だと認識していた。
そんな彼女の残り香が後ろに漂っているのではないかと思い、ごくごく自然の流れでクンクンと鼻をふがふがしながら見送り、目撃した。
なんと、スカートが捲れ上がっていた。
恐らく、用を足した際に起きた事故だろう。
美少女のパンツはちょっと生地が少なめな純白であり、はみ出た臀部の乳白色と相まって、芸術性に溢れたパンチラと呼べるものだった。
しかしながら俺はその時、興奮よりも見てはいけないものを見てしまった思いが強く、よせばいいものを、思わず声を掛けて引き止めた。
「あの、ちょっと!」
サラリと黒髪を舞わせて、振り返る美少女。
無表情でこちらを見つめていた。
俺はスカートを指差して、惨状を説明する。
「スカート、直した方がいいぜ」
その忠告を無表情で受け取った彼女は、さもつまらなそうに捲れたスカートを直した。
そして、踵を返して立ち去る直前に。
口の端を上げて、笑った。
その時初めて、その鋭く長い八重歯を見た。
そのまま、無言で礼も言わずに去って行った。
《な? 怒られなかっただろう?》
呆然としていると、神が囁いた。
言われてみれば、確かに。怒られなかった。
そうだ。何はともあれ、咎められなかった。
じわりと、全能感が湧き上がる。
スカートが捲れていることを親切心で忠告したシチュエーションではあるが、パンツを見た事について咎められる可能性は大いにあった。
何見てんのよ!とか、エッチ!とかさ。
けれど、俺は怒られななかった。
これはもしかすると、もしかするかも。
なんて、意気揚々と校内の散策を続けた。
教室のある一階を踏破して、二階へ向かう。
当然、階段を登ることになり、その際、前を歩く女子生徒に注目することとなる。
小柄なその女子生徒の尻がふりふりと揺れる。
この時の俺には、それはまるで求愛ダンスのように感じられて、ガン見してしまった。
あわよくば、またパンツを拝めるかも。
階段を登っている際に偶然見えるならば、それはきっと覗きではないと信じていたが、よくよく考えるまでもなく、それは明らかに覗きであり、少しばかり躊躇いを覚えつつも、視線はその健康的なふくらはぎと血管の浮き出た膝の裏、そして悩ましく揺れる尻に釘付けとなり。
「おやおや? 覗きかい? いけないなぁ〜」
突然、前方を歩く女子生徒から、咎められた。
立ち止まる彼女に行く手を塞がれて、硬直。
脳裏に生徒指導室、逮捕、退学の文字が並ぶ。
冷や汗をダラダラ流す俺を振り向く女子生徒。
赤みがかったショートボブをふわりと揺らし。
くすくすと小悪魔めいた笑みを浮かべている。
それが、後の生徒会長との、出会いだった。
「ほらほら、何か言ったらどうだい?」
カラカラに乾いた口を開く。掠れた声で。
「ご、ごめんなさい」
「素直でよろしい。そんなに見たかった?」
覗き魔にそんなことを聞く赤毛に美少女。
否定する気力も起きずに、こくりと頷く。
すると彼女は満足げな笑みを浮かべて。
「ごめんね。今日の下着は自信がないんだ」
片目を瞑って、舌を出しておどける美少女。
どう返答していいかわからず、困惑した。
そんな俺に後の生徒会長は問いかける。
「ねぇねぇ、そんなにボクって魅力的かな?」
それに対してまたもや返答に窮して、頷く。
「嬉しいなあ。ありがとね」
「ど、どういたしまして」
意味不明な返事を絞り出した俺の肩を叩き。
「それじゃ、今度は自信のある下着の時に覗いてくれたまえ! ……なんてね」
最後まで小悪魔めいた仕草で、立ち去った。
その後、しばらく階段で立ち尽くして泣いた。
なんだよ。怒られたぞ。どういうことだよ。
俺に秘められた能力はどうしたんだよ。
沸きあがる不信感をぶつけると、神は答えた。
《そんなもんある訳ないだろ。バァーカ》
膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らした。
通りすがる生徒達の自然が刺さる。
それでも涙は止まらず、泣きじゃくった。
《へっ。これに懲りたらもう二度と覗きなんかすんなよ。姉ちゃんが悲しむぜ?》
ひゃっひゃっひゃと嘲笑され、釘を刺された。
姉ちゃんのことを持ち出すのは、ずるい。
罪悪感で死にたくなった。そんな俺に、神は。
《それと、あのあざとい女には気を付けろよ》
その忠告は当時よくわからなかった。
けれど、今ならばよくわかる。
どうやら現在、俺は窮地に立たされていた。
「おーい! どうしたのかな? 青い顔してさ」
間近で尋ねられて、我に返る。
高1のあの頃よりも大人びて、遥かにあざとさを増した生徒会長。俯いた俺を覗き込んでくる。
「き、聞きたいことって、なんだ?」
とにかく、本題を聞き出そう。
俺に聞きたいことがあると言う生徒会長。
それについて尋ねると、くすくす笑って。
「そんなに急かさないで。じっくりと、ね?」
ペロリと舌を出して、あの時みたくおどける。
こちらを揶揄って楽しむ気満々な様子。
けれど、一刻も早くこの状況から抜け出したい俺には、そんな時間稼ぎなど通用しない。
「いいから、早く要件を言え」
「なんだよ。つれないなあ」
ぷくっと頬を膨らませたって、駄目だ。
「ちぇっ。なら、ゲームでもしない?」
は? ゲーム? 何を言ってるんだ。意味不明だ。
「質問に答えてくれたら、良い物をあげるよ」
そう言って生徒会長は手をスカートの中に入れて、シュルっと何かを取り出した。
紐に布切れが付いていて、それをヒラヒラ。
ふわっといい香りが鼻腔をくすぐり、気づく。
パンツだ。
しかも、紐パンだ。
オレンジ色の可愛さ満点の紐パンに刮目した。
「どうだい? やる気が出たかな?」
「ああ。なんでも聞いてくれ」
警戒心? そんなもの犬のでも食わせてしまえ。
俺はもう、目の前の紐パンに、夢中だった。