エピローグ 『神様の最期』
「おい、来たぞ。起きろって」
「んん〜うるさいな……ていうか、寝てないし」
「いや、寝てただろ。爆睡だったろうが」
「ん? ああ、誰かと思えば、てめぇか」
思えば、長い、長い、夢を見ていた。
100万年に渡り、異世界を巡る夢。
最近、夢と現実との区別がつかない。
きっと、博士の人体実験のせいだ。
朝起きると、姉ちゃんが隣にいた、あの夢。
今思えば、あれが一番幸せな結末だった。
そんな夢オチを、オレ様は受け入れなかった。
馬鹿なことをしちまった。オレ様は愚かだ。
その結果、ポンコツを殺す羽目になった。
いや、それだと語弊があるな。
オレ様が、自分の独善と独断によって選んだ。
だから、これは、オレ様が選んだ、現実だ。
姉ちゃんを殺された俺は、神を恨んだ。
それもまた、オレ様が望んだ構図だ。
自分自身に、殺されるように、仕向けた。
それでも、ふと思うのだ。
全ての記憶が、夢の中の出来事かも、と。
記憶と夢は、本当に不思議なものだ。
不意に目が覚めたら、違う現実を夢見る。
現実で経験した記憶が、人に夢を見せるのだ。
本当は眠り続けていて、夢を夢見ているかも。
そんな不思議で曖昧な感覚で、夢から覚める。
いよいよ、その現実が、やってきた。
場所は、因縁の、図書室。
目を開けると、そこには俺がいた。
冴えない女顔の、元0才児。
しかし、今は違う。吸血鬼となった。
非凡な能力を持つわりには、頼りない。
オレ様の目には、とても幼く映った。
これが、あの時の自分とは思えない。
長い放浪によって魂が変質していた。
こいつの世話は、ポンコツに一任した。
それは記憶をなぞる意味ではない。
単純に、情が移るのが嫌だったからだ。
とはいえ、育児放棄はしていない。
ポンコツに任せきりでは叱られる。
女に子育てを押し付けるな、と。
博士に以前言われた通り、手伝った。
姿は見せずに、テレパシーを送った。
そしてこいつのテレパシーも、受け取った。
吸血鬼となってから、声が聞こえた。
オレ様を呼ぶ、俺の声。全て無視した。
聞こえないふりをして、静観した。
我ながら、よくもまあ、沢山殺したものだ。
目の前にいる俺は、既に罪を背負っている。
何度も挫けそうになって、泣いた記憶。
それでも、こいつはスキルを集め終えた。
オレ様を殺せる力を得て、立ち向かった。
全てはポンコツを殺したオレ様に復讐する為。
何も知らないひよっことの死闘が、始まった。
戦闘中に、スキルの使用法を伝授する。
ついでに、神の指輪の存在も、認知させた。
軽く指輪の力を説明して、披露。
天空をかき混ぜて、万雷を落とした。
無様に逃げ惑う、俺。
全てのスキルにおいて、オレ様が上回る。
彼我の実力差は、明らかである。
それでもひよっこは、諦めなかった。
オレ様の魔力切れを狙い、耐え忍んだ。
そんな健気な俺を、絶望に突き落とす。
月光により魔力は無限に供給されると告げた。
勝機を失い、絶句するひよっこ。
なんとも愚かで、憐れな存在だ。
償い切れぬ程の罪を背負い、神に挑んだ。
しかし、力及ばず、打ちひしがれている。
客観的にその時の自分を見下ろして。
オレ様は、素直に、可哀想だと、思った。
だからつい、こんな言葉が口から出た。
「慈悲深いオレ様が、お前を殺してやろう」
どうしたって、情が移る。
なにせ、このひよっこは、自分自身だ。
そしてこいつの末路は、よく知っている。
これから、100万年も、異世界を放浪する。
しかも、童貞のまま、子供も作れず。
本当に、我ながら、草も生えない人生だ。
叶うならば、いっそここで、殺したかった。
楽にしてやりたいと、心から思った。
ひよっこが頷けば、すぐに殺してやった。
それでも俺は、自分の罪から、逃げなかった。
「寝言は俺に殺されてから言えよ。クソ野郎」
糞魔王に対して、クソ野郎とは、草。
瀕死の癖に、強がり、虚勢を張る、ひよっこ。
そんなこいつを、オレ様は誇りに思う。
そんなこいつだからこそ、罪を償える。
博士はこんな俺を、高潔だと評した。
なるほど、たしかに、高潔だ。
自画自賛に思えるかも知れないが。
そうではなく、純粋に、美しいと思った。
今のオレ様には、ひよっこは眩しく見えた。
しかしながら、馬鹿げた返答には変わりない。
「馬鹿野郎が……なら、かかってきやがれ」
罵倒して、奮起を促す。
自分自身の高潔さを、信じて。
オレ様は、過去の自分に、追い詰められた。
手を抜いたわけではない。
単純に、圧倒された。
もちろん、覚えてはいる。
それでも、対処困難な攻撃だった。
指輪を失ったが、それでもオレ様は強者。
なにせ、オレ様は全知全能だ。
それは文字通りの意味であり、神だ。
どんな小細工をしようとも、知っている。
なぜならば、相手は過去の自分自身だから。
何を考えているかも、次に何をするかも。
全てを知った上で、俺の問いかけに、答える。
「いいか? これが最後だ、神」
「あん? てめぇの最期だろ?」
「お前の最期だ。黙って聞け」
「なんだ? 遺言か? 草。聞いてやんよ」
「最期に、姉ちゃんを殺したことを、謝れ」
オレ様は知っている。この時の心境を。
この生意気なひよっこが、何を考えていたか。
俺はこの時、ただ謝って欲しかった。
たかだか18年一緒だった姉ちゃんの為に。
7万年も共に過ごしたオレ様に、謝罪を要求。
思い上がりも甚だしい。むかっ腹が立つ。
オレ様が、どんな思いでポンコツを殺したか。
この時の俺は、何も知らなかった。
背景を知らない癖に、謝罪を要求しやがった。
しかし、それは、こいつの慈悲だ。
何も知らないが、それでも許したかった。
俺は涙を流して、繰り返し、謝罪を要求する。
「一言謝れば……許してやるっ!!」
その言葉に、知れず、涙が溢れる。
この時、謝れば、許すと、本気で思った。
それはこいつの優しさであり、弱さだ。
こういった、根本は、変わらない。
三つ子の魂は、100万年先まで、残った。
このひよっこはやはり、オレ様なのだ。
それを自覚した上で、切り捨てる。
「散々人を殺しておいて、何言ってやがる」
甘やかすことは出来ない。
無論、謝罪するなど、以ての外だ。
オレ様だって、謝って、許して欲しい。
しかし、ここで許されるわけには、いかない。
このとき、既に俺は、ひよっこ吸血鬼だ。
これから長い長い人生が待っている。
仇を許すような日和った根性では、頓挫する。
以前、博士も言っていた。
優しさだけでは成長しないと。
童貞のオレ様には子供はいない。
再会したかわゆいボスの提案も、断った。
不死身の子供など、可哀想なだけだ。
しかし、それに似た存在はいる。
ポンコツが、オレ様の娘ならば。
ひよっこはオレ様の息子である。
だからこそ、オレ様は、厳しく、叱りつけた。
「甘ったれんなっ! 腹ァくくれっ!!」
「う、うわあああああああああっ!!!!」
ひよっこが猛毒ブレスを放つ。
これが致命打であると、オレ様は知っている。
オレ様よりも弱い、ひよっこの毒。
それによって、オレ様は死ねなかった。
身体の自由を奪われた隙に、吸血された。
それは待ち望んだ、最期。
ゴクゴクと、存在を吸われる感覚。
薄れゆく意識。身体から力が失われる。
襲い来る眠気に心地よさを感じながら。
テレパシーにて、最期のやり取りを、交わす。
何か質問はあるか?
何故姉ちゃんを殺した? どんな関係なんだ?
なんでも人に聞くなよ。自分で考えろ。
なんだよ。質問を促したのはそっちだろうが。
甘えたお前の根性を叩き直す為だ。
要するに、俺を揶揄ってんだな? そうだな?
最期くらい、許せ。もうすぐ死ぬからよ。
死ぬのは、怖いか?
いや、ほっとした。感謝してるよ。
感謝? どういう意味だ?
それも自分で考えろ。そのうちわかるさ。
そのうちって、いつだよ?
さあ? 千年後か1万年後くらいじゃないか?
随分と時間がかかるんだな。気が遠くなるよ。
だから、オレ様に殺されりゃ良かったんだ。
そう簡単に、死ねるかよ。俺は人殺しだぜ?
そうだったな。精々、悔やむこった。
ああ、そのつもりだ。だけど、後悔はしない。
そうなることを、祈ってるよ。
神が祈るとか、縁起でもないな。
うるせぇ、祈らせろ。おっ……そろそろだな。
死ぬのか?
ああ、死ぬ。悪いが、何も遺してやれねぇ。
あの指輪は置いてけよ。便利そうだ。
それは無理だ。だから必死に回収したのさ。
どんだけ意地悪なんだよ、お前は。
代わりに莫大な魔力を……いや、何でもない。
魔力? 使いこないのに、どうしろってんだよ。
悪いな。ありがた迷惑だろうが、我慢しろ。
本当に、勝手な奴だよ、お前は。
勝手ついでに最期にひとつ、お願いがある。
なんだ? なんでも言え。必ず、叶えてやる。
姉ちゃんを……ポンコツ、を……頼んだ、ぞ。
このやり取りは、俺とオレ様の独り言だ。
自分で聞いて、自分で答えた感覚。
答えるべきことは、答え終えた。
伝えるべきことも、伝え終えた。
オレ様の遺志又は魂を、授け終えた。
そして、最期の願いも、託し終えた。
ひよっこはこれから、長い夢を見る。
地獄のような苦しみを、100万年、味わう。
その果てに、姉ちゃんと、再会する。
俺が、姉ちゃんに、生命を与えた。
きっと、こいつにも、それが出来る筈だ。
このひよっこは、オレ様自身なのだから。
だから、姉ちゃんのことを、安心して任せた。
100万年後に、それを果たすことを祈りつつ。
オレ様は、ゆっくりと、目を閉じた。
これで、最期。これで、詰みだ。
ようやく、詰まる所、詰むのだ。
詰まらない人生は、もうおしまい。
全ての罪を償い、背負わせて、死ぬ。
この為に、100万年も生きてきた。
これは詰まない不死身の吸血鬼の伝奇である。
詰まらない存在が、どのようにして詰むか。
それを長いことかけて、解説した物語だ。
それは人によって、つまらなく映るだろう。
冒頭に述べた、通り。
つまらない物語だと、思うかも知れない。
それでも、俺は思うのだ。
きっと、平凡なまま詰むよりはマシであると。
様々な出会いや、別れを経験して。
沢山の悲しみや、喜びに触れて。
自分の罪と、汚さに向き合い続けて。
存外、そう悪くない人生だったと、思うのだ。
FIN
これにて完結です。
読者の皆様に、心からの感謝とお礼を。
ご読了、本当にありがとうございました!




