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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第二部 【詰むまでの物語】
71/72

第70話『独善的な独断』

「てめぇら、人様の穴ぐらで何してやがる」


事前に神の姿へと変身は済ませておいた。

指輪も装着して、白髪で本気モード。

その俺の異様に、異能力者達は慄いた。


ちらりと、竜王を見ると、既に瀕死だった。

通路の奥には地龍の群れが転がっている。

侵入者達はボス部屋に到達目前だったらしい。


そのタイミングで、俺は転生したようだ。


守護者たる竜王が力尽き、入れ替わるように。

ならば、侵入者達を追い出すことにしよう。

それが、今のオレ様の、使命である。


「動くなよ。じっとしてれば、怪我はしない」

「ちっ……化け物が」


腰だめに刀を構えた、若い男の異能力者。

オレ様に釘を刺されると、舌打ちをした。

聞き覚えのある声だ。よくよく見ると。


それは担任教師の若かりし姿だった。


他の奴らにも、見覚えがある。

教師が最年長で、あとはガキだった。

少年少女姿の、重力使いと、雷使い。

まだ10歳にもなっていない、ガキだった。


「ポンコツ、大丈夫か?」

「ご主人様、面目、ありません」


不運にも戦闘に巻き込まれたポンコツ。

左手を失い、右足も損傷していた。

裸エプロンもボロボロで、無残な姿だ。


「とりあえず、これを着ろ」

「ありがとう、ございます、ご主人様」


異空間から姉ちゃんの衣類を取り出す。

それを放り投げて、ポンコツに着させた。

本人の服なので、サイズは問題はない。

ついでに、左腕と右足をスペアと交換。


しかし、ポンコツは不満を口にした。


「下着に、誰かが着用した形跡が、あります」

「ああ、1回出歯亀に着させたことがあったな」


言われて思い出した。

最初の転生の折、出歯亀にパンツを穿かせた。

それがポンコツはお気に召さないらしく。


「違う下着を、所望します」

「贅沢言うな。それを穿け」

「ご主人様の、女たらし」

「お前、今の状況がわかってんのか?」


この緊迫した状況下で何言ってやがる。

こちらの弛緩した雰囲気を見て、彼らが動く。

重力で足を取られ、雷撃を浴び、斬撃が閃く。


「へっ。まだまだ、だな」


その全てを相殺して、オレ様は告げる。


「上には上が居ることを、知れ」


担任教師の刀を指先で摘み、へし折り。

重力使いよりも強力な重力で、押しつぶし。

雷使いよりも鮮烈な雷撃で、気絶させた。


無論、殺してはいない。

あとは転移魔法で外へ追い出す。

軽傷を負わせてしまったが、自業自得だ。


「ご主人様は、最強、ですね」

「当たり前だろ。さっさと、パンツ穿け」


ポンコツの賞賛を受け流して。

パンツを穿くように促しながら、歩み寄る。

息も絶え絶えな、真紅の竜王の元へ。


「もう大丈夫だぞ。あいつらは追い出した」


一応、そう報告すると、竜王は口を開いた。


「そうか……儂も、もう年貢の納めどきじゃな」

「回復薬はある。まだ死ぬには早いぜ?」

「いや……待ち人は、来た」

「待ち人?」

「世界の主の待ち人……それが貴様じゃろう?」


どうやら、竜王も俺を待っていたらしい。


「ああ、そうだ。今まで、ご苦労だった」

「良かった……これで世界の主も、報われる」

「あとはオレ様に任せて、安らかに眠れ」

「ありがとう……世界の主の、眷属よ」


それだけ言い残して、竜王は息絶えた。

ずっと、ボス部屋を護っていたのだろう。

ようやく使命から解放された、守護者。


回復薬で救命するなど、出来なかった。


「ご主人様、穿きました」

「そうか。似合ってるぞ」

「じゃあ、一生、穿き続けます」

「汚いから定期的に洗濯しろ」


竜王の死の悲しみに暮れる暇もない。

ポンコツのポンコツ発言に、辟易。

しかし、おかげで泣かずに済んだ。


やるべきことは沢山ある。

まずは状況確認から始めよう。

そう思いきや、まだ族は残っていた。


「おい、コソ泥。何をしている?」

「なんだ、ばれちまったか」

「オレ様の目を誤魔化せると思うなよ?」


注意が逸れた隙に、ボス部屋に忍び寄る泥棒。

暗がりでも、俺の吸血鬼の目は誤魔化せない。

それは少年時代の大泥棒。やば。かわいい。


「こっそり忍び込む気だったのか?」

「俺は泥棒だからな」

「悪い子だ。お仕置きが必要だな」


気分は少年の万引きを見つけた婦警。

しかも、その少年は、美少年。

これはたっぷりお仕置きをしないとな。うん。


「な、何をする気だよ!?」

「跨って、泣くまで腰を振るのをやめない」

「やめろよ!? 謝るから許してくれよ!?」


あ、泣きそうになった。

くっそ、かわいい。どうしよう。

とりあえず、お持ち帰りして、それから。


「ご主人様の、変態」

「お前は黙ってろ。オレ様は健全だ」

「完全に、犯罪です」

「そうか? なら、やめとくか」


ポンコツも頭が硬い奴だ。

一緒に愉しもうとか思わないのかね。

とりあえず、指を鳴らして、泥棒を帰した。


それを見計らったように、涼やかな声が響く。


「まさか、泥棒くんまで追い返されるとはね」


博士とよく似た、その口調。

しかしながら、声音はまったく異なる。

ネジが外れた博士よりも、落ち着きがある。


水色の髪をさらりと揺らして、魔王が現れた。


「よもや我がギルドの精鋭を打ち負かすとは」

「鍛錬不足だ。精進しな」

「耳が痛いよ。殺さなかった事を、感謝する」

「気にするな。オレ様の都合もある」


水色の魔王たる、スライム姫。

ギルドの精鋭が追い返されたことに落胆。

それでも、こちらの慈悲に、感謝を告げた。


優しげな微笑みを浮かべいるが、念のため。


「あんたもオレ様に挑むつもりか?」

「まさか。身の程はわきまえているよ」

「賢明だな。だったら、何をしに来た?」

「君と交渉をしに来たのさ」


用向きを尋ねると、目的は交渉らしい。


「あんたはオレ様に、何を望む?」

「我々はダンジョンから手を引く。代わりに」

「なんだ?」

「この洞窟内に自生する植物を分けて欲しい」


なるほど。魔素を含んだ植物が目当てか。


「それなら構わないぜ。加工も請け負おう」

「君は魔法薬を調合できるのかい?」

「ああ、そこらの薬剤師よりも経験豊富だ」


そう嘯いて、異空間から魔法薬を取り出す。

それを手渡すと、スライム姫は感嘆。

満足げに、ふむふむと頷いた。


「これならば、言い値で買おう」

「なら、交渉成立の握手だ」

「私の手は冷たいが、構わないかね?」

「構わないさ。なんなら暖めてやろう」


ひんやりとしたスライムの手と握手を交わす。

するとスライム姫は驚いたように目を見開き。

やんわりと微笑んで、嬉しげに感想を述べる。


「とても暖かい手だね」

「お気に召したようで、何よりだ」

「もっと怖い化け物かと思っていたよ」

「オレ様は紳士だからな」

「おや? 君の正体は、男なのかい?」

「んなこと、どっちでもいいだろ?」

「ああ。確かに、どちらでも構わない」


ひとまずこれで、敵対せずに済んだ。

魔獣を適度に狩りつつ、魔法薬を作ろう。

それで、当面の生活費は、なんとかなる。


「それでは、そろそろお暇するよ」

「魔法で送り返してやるよ」

「そうかい? ならば、よろしく頼む」

「魔法薬が出来次第、ギルド本部に送る」

「それでは、対価を用意して、待ってるよ」


取り引きの約束を交わして、指を鳴らす。

スライム姫は去り、ダンジョンに静寂が戻る。

皆、彼女のように平和的であればいいのに。


そんな栓無きことを思ってると、ポンコツが。


「ご主人様の、浮気者」

「馬鹿。スライム姫には恋人がいるよ」

「ご主人様は、振られたの、ですか?」

「振られる前に、身を引いたのさ」

「負け惜しみに、聞こえます」

「ほっとけ」


スライム姫には、受付嬢がいる。

とはいえ、今は恐らく、まだ幼い。

いずれ、ギルドに雇われることだろう。


不老のスライム姫は、別として。

俺の知り合いは、皆若かった。

たぶん、俺は過去へと、転移したのだろう。


「とりあえず、外に出るぞ」

「お外、ですか?」

「ああ、世界の様子を見てみよう」


千里眼があるので、別に外に出る必要はない。

しかしながら、気分的に高所で見下ろしたい。

指を打ち鳴らし、ポンコツと共に、外へ転移。


荒れ果てた岩肌と、白波が波打つ荒れた海。

既に侵入者達の姿はない。

スライム姫の帰還に応じて、撤収したようだ。


時刻は、夜。

満月が、夜空に浮かんでいる。

ポンコツを抱きかかえて、浮上。


千里眼にて、あまねく世界を、見通す。


俺の自宅に視線を向けると、真新しい新居が。

つい最近、建ったばかりのような、自宅。

それを建てたのは、もちろん、俺の両親だ。


初めて見る、両親。

父親は、俺よりも女顔で、背が小さい。

母親は、白衣を身に纏った、博士だった。


驚きはない。そうなんだろうと、思っていた。


「ポンコツ、見えてるか?」

「はい。視界、良好です」


賢者の石を共有した、副次効果。

俺たちは宝玉を通じて、視界を共有出来る。

俺の千里眼で見た光景が、伝わっていた。


「博士、幸せそうだな」

「はい。良かった、です」

「嫉妬しないのか?」

「ご主人様は、嫉妬して、ますか?」

「そりゃあ……ほんのちょっとな」


幸せそうな博士。

その隣で同じく幸せそうな父親。

とはいえ、尻に敷かれている様子。


しばらく、俺たちは、その日常を眺めた。


博士の奇天烈ぶりは相変わらずで。

父親はそれに振り回されていた。

一見すると、どちらか夫か、わからない。


俺の父親は、まるで女の子みたいだった。

体毛も薄く、まさに博士好みの、男の娘。

それでも、三日に一度は、全身脱毛されてた。


夜になると、博士主導で情事が開始。

もちろん、お子様には目に毒なので。

視界を遮断して、ポンコツには見せない。

その関係は、かわゆいボスとの蜜月のようだ。

あの時の俺と、父親は、よく似ている。


しかしながら、俺の父親は、夜王だった。


二重人格は、彼の遺伝らしい。

昼間は博士がSで、父親がM。

夜になると、その関係性が、逆転する。


そんなプレイを、日夜満喫しているようだ。


リア充爆発しろと念じながら見守っていると。

ついに、その日が、やってきた。

おたまじゃくしレースが、開幕した。


「いけっ! ちょいさしだぁー!!」

「ご主人様、うるさい」

「これが叫ばずにいられるかよっ!?」


事が終わって、スヤスヤ眠る博士の腹の中。

その内部を、千里眼で見透かして、白熱。

俺の種は、貧弱だった。なんとも足が遅い。

それでもなんとか、卵にたどり着いて。

なんの因果か、無事にゴールしたようだ。


これで、十月十日後には、俺が誕生する。


「それまで暇だから、観光でもするか?」

「それは、デート、ですか?」

「いや、ただのお出かけだ」

「デート、嬉しい、です」

「話を聞けよ」


誕生までに、世界各地を巡った。

魔法薬作りの報酬は、たんまりある。

それで豪遊しながら、ポンコツと過ごした。


ポンコツにとっては、遅れた文明だろう。

しかし、とても楽しそうだった。

もちろん俺も、ただのお出かけを、満喫。

道中、黒猫を拾って、飼うことにした。

それが、のちの猫娘の、原点だった。


そうして、瞬く間に十月十日が、流れた。


「いよいよだな」

「ご主人様が、産まれるの、ですか?」

「ああ、まさかその瞬間を拝めるとはな」


自分自身の誕生の瞬間を、この目で見る。

そんな経験をしたのはオレ様が初めてだろう。

画して、才能を持ち得ない赤子が、誕生した。


そこで、ふと疑問に思う。

どうして、俺は才能に恵まれなかったのか。

母親は天才。父親は可愛い男の娘。

なのに、息子の俺は、冴えない凡人。


「要するに、俺は出がらしってことか?」

「ご主人様は、出がらしでは、ありません」


独りごちると、ポンコツが否定して。


「ご主人様は、ご両親の、老廃物、です」

「おい」

「すみません。排泄物、です」

「これ以上ないくらい、悪化してんぞ」


老廃物とか、排泄物とか言われて、泣いた。

しかし、そう言われると、納得出来る。

糞魔王に相応しい成り立ちかも知れない。


「まあ、自分の汚さは自覚してるさ」

「そんな、ご主人様が、博士は好き、でした」

「この世界の博士も、な」


産まれた俺を、溺愛する博士。

もちろん父親も、俺を愛してくれた。

オムツ交換は、彼の仕事だった。


赤子の俺は、博士の母乳を美味そうに飲む。

そのイメージが、俺たちを巡り会わせた。

そう考えると、とてもロマンティックだ。


しかし、別れは、突然に、やってくる。


俺が産まれて間もなく、両親は死んだ。

死因は単独事故による、事故死。

原因は、博士が自動車に施した、改造。


無限の彼方へ、さあ行くぞ!!


とか、なんとかほざいて。

ポチッと、ハンドルの赤いボタンを押した。

すると、車は急加速して、空を飛んだ。


そのまま、崖下に落下。


赤子の俺は、その途中で車外へ投げ出された。

オレ様は、自分自身を闇のゲートでキャッチ。

こうして、俺は、天涯孤独の身となった。


まるで喜劇のような、悲劇だ。

我が母親ながら、お恥ずかしい。

とはいえ、実に彼女らしい、最期だった。


むしろ気の毒なのは、父親だ。

彼は完全に、巻き添えだった。

まあ、俺の父親らしいと言えばそれまでだ。


不思議なのは、両親が転生していないことだ。

きっと、あの世で仲良くやっているのだろう。

三途の河のほとりに立派な研究所でも建てて。


もちろん、オレ様には彼らを救えた。

しかし、敢えて救わなかった。

救えば、矛盾が生じてしまう。


もし仮に救ったとすれば、どうなったか。


両親がいる、自分。

まるっきり想像がつかない。

たぶん、それは、別人だ。


これは俺の原点に関わることだ。

だから、干渉してはいけない。

自分自身を、否定するわけには、いかない。


博士は俺に、独善的で在れと、そう言った。


この時俺は、その言葉を守ったつもりだった。

泣きながら、ポンコツと、両親を弔った。

だが、その真意を理解するのは、先のことだ。


赤子の俺は姉ちゃんが引き取り、面倒を見た。

俺は神の声として、赤子をあやした。

同じ血が流れる自分自身と、交信した。


幼少期の俺は、惨めだった。

なにせ才能がないのだ。

客観的に見ると、不憫さがわかる。


だから、わざと揶揄ってやった。


同情されたら、きっと死にたくなる。

散々揶揄って、一笑に付す。

それが、神としての役割だった。


たまにやり過ぎて、ポンコツに叱られた。


貧乳事件とかな。

あれはヤバかった。

ポンコツは怒ると怖い。


しかしながら、貧乳は純然たる事実である。


ポンコツの子育ては、苦難の連続だった。

貧乳を赤子に吸わせようとしたりした。

もちろん、吸える筈もなく、泣かれた。


慌てて、宥めようとして、高い高い。

赤子の俺を天井にぶつけて、また泣かせた。

抱っこしようにも、抱き方がわからなかった。

足を持って逆さ吊りにして、三度泣かせた。


それでも、ポンコツは、俺を愛してくれた。


不器用ながらも、真摯に、面倒を見た。

そんなポンコツに、特別な感情が芽生える。

スクスク育つ俺に、恋をした。

それがなんとも、気に入らない。


オレ様は、自分自身に嫉妬した。


何度も横槍を入れて、恋路を妨害した。

それが功を奏して、2人の関係は進展なし。

それもまた、なんだか、腹ただしい。


オレ様の娘であるポンコツは、完璧だ。


それなのに、この俺ときたら、見てられない。

何度も焚き付けるものの、無意味だった。

憐れなポンコツは、恋愛対象ではなかった。


そんな朴念仁の俺は、ある日恋をした。

相手はよりにもよって、のちの出歯亀。

そして見事に玉砕。ざまあ見やがれ。


俺は中学に上がり、0才児を自覚。

多感な年頃で、いろいろと思い悩む。

その頃、オレ様も大変な目に遭っていた。


俺とは違う中学に進学した、出歯亀。

こいつが問題だった。

俺と同じく、多感な年頃の、出歯亀。


はっきり言って、メンヘラと化した。


理由は見え過ぎる、その両の目の千里眼。

嫌な物を散々目撃して、完全に病んだ。

病んだ出歯亀は、人生に絶望して投身自殺。


もちろん、死なせるわけにはいかない。


転移魔法で救出して、記憶を消去。

しかし、また時が経つと、飛び降りる。

24時間体制で、出歯亀を監視した。


そんな不安定な出歯亀に、耐えかねて。


「てめぇ、いい加減にしやがれ!!」

「だっで、じにだぐでぇええええ!!」


堪らず、怒鳴ると、泣き喚かれた。

死にたいと、切実に願う出歯亀。

オレ様もまた、願いは同じ。だからこそ。

そんな彼女を、放っては置けなかった。


「もう少しの辛抱だ。それまで面倒見てやる」

「不束者ですがよろしくお願いしまっしゅ!」


こうして、出歯亀と穴ぐら暮らしが始まった。

オレ様は、彼女に新聞を書かせた。

それを、異能力者ギルドにて、販売。


お決まりの、編集と記者の関係。


ちなみに、俺は白髪の爆乳姿。

かわゆいボスと瓜二つな美貌の持ち主。

当然、出歯亀は、嫉妬した。


「吸血鬼さんは、可愛すぎまふ!」

「わかったよ。これでいいか?」


そんなやり取りで、白髪から黒髪へ。

その姿で、オレ様は高校に通った。

高校生活では生徒会長との出会いを演出。


パンツ見たさに、俺は会長と、出会った。


全て、順調だった。

ポンコツと俺は、平凡で幸せな日々を謳歌。

オレ様と出歯亀は、ひたすら怠惰を貪った。


そんな折、黒猫に異変が。

オレ様の魔力によって、変質。

黒猫は、猫娘となった。


そして、姉ちゃんと共に、喫茶店を経営。


「おい、出歯亀」

「なんれすか?」

「お前も喫茶店で働いたらどうだ?」

「お客さんが帰っちゃいますよ」

「それもそうだな」

「酷くないですかっ!?」


自分で言って、自分でショックを受ける。

出歯亀は今日も今日とて、絶不調。

しかしながら、いると居ないでは、大違い。


オレ様もまた、この頃は、メンヘラ気味だ。


「なあ、出歯亀」

「どうしましたか?」

「オレ様は、これから酷いことをする」

「とうとう、私を襲うつもりれすか!?」

「真面目に聞け」

「あぅ……ごめんなさいれふ」


出歯亀を一喝して、説明する。


「そろそろ、時間がないんだ」

「どういうことれすか?」

「オレ様は、殺さないといけない」

「私をれすか?」

「違う。自分の娘を、だ」


これが、目下の最大の悩みの種だ。

そろそろ、俺は運命の日を迎える。

会長に襲われ、姉ちゃんを、失う。


その下手人は、他ならぬ、オレ様である。


ずっと、目を背けてきた。

神になると決めた、その日から。

しかし、時の流れは、無常なものだ。


いよいよ、その日が、近づいてきている。


「嫌なら、やらなければいいれす!」

「そうしないと、詰めないんだよ」

「吸血鬼さんは詰みたいのですか?」

「ああ、その為に生きてきた」

「だったら、娘さんを殺すべきです!」


きっぱり、あっさり、断言した。

まるで人ごと。いや、それもそうか。

出歯亀にとっては、人ごとだ。


「お前に聞いたオレ様が馬鹿だった」

「私に聞くのが、正解れすよ」

「お前は答えを知らないだろう?」

「答えがないことを、知っています!」


キリッと、無知の知を宣言する出歯亀。

ただ、答えがないことを、知っている、か。

それは存外、真理かも知れない。


「やっぱ、答えなんかないのかな?」

「ないれす! どっちも間違ってます!」

「正しい答えがないってことか」

「それこそが、正しい答えれすよ」


まさか、出歯亀に諭されるとは。

オレ様なりに、その至言を、噛み砕く。

正しい答えがないことが、答え。

それはきっと、千差万別という意味だ。


例えば、ポンコツを殺すことの正当性。


それは、博士と同じ意図。

独善的に、我が道を貫く、美学。

理想を叶え、そして、責任を取る。

そう思えば、博士の最期にも納得出来る。

自ら作った人形を、巻き添えに、死んだ。

それが生み出した者の、責任だろう。

遺すのは、あまりに可哀想だ。


それが、ポンコツを殺さないことの、弊害。


かわゆいボスの父親の最期が良い例だ。

吸血鬼の王は、娘を殺せなかった。

結果、娘は死ねず、無限の苦しみを味わった。

今も尚、ダンジョンの最奥にて、眠っている。


オレ様が殺さなければ、ポンコツはどうなる?

ずっと、生き続けるのだろうか。

それとも、途中で壊れて、孤独に死ぬのか。

どちらにせよ、不幸が待っている。

ならば、オレ様が、殺してやるべきだ。


ここまでが、偽善的な、言い訳である。

同時に、独善的な、自己暗示でもある。

偽善と独善は表裏一体。同義語なのだ。


かわゆいボスを殺せなかった、吸血鬼の王。

娘を殺すのが嫌だった、吸血鬼の王。

受け取り方次第で、偽善にも独善にもなる。


自らの罪を償い、責任を果たした、博士。

自らの理想の為に、生き様を貫いた、博士。

受け取り方次第で、偽善にも独善にもなる。


博士は以前、人間に良心があるか、聞いた。

オレ様はその時、誰にでもあると返した。

それは大きな勘違いで、大間違いだった。


人間には、良心など、存在し得ない。


あると信じることは出来る。

しかし、それを見つけることは不可能。

自分の良心を見つけることは、独善だ。


自分は正しいと、自己暗示をする。

それが、良心だって? 違うだろう。

反吐が出る。そんなものは、自己満足だ。


良心に従って行動する、ではなくて。

独善的な独断に従って行動する、のが人間だ。

もしくは、偽善的な傲慢に従って、か。

どちらにせよ、良心など、ありはしない。


それでも、自分の正しさが知りたい場合。

それはもう、人に聞くしかない。

自分が正しいかどうか、判断してもらう。


その判断基準もまた、難しい。

仮に多数の人間が賛同したら、正しいのか?

それとも識者が正しいと言えば、正答か?

信頼に値する、近しい人間の判断が、確実か?


はっきり言って、どれも眉唾だ。

人に正しさを求めている時点で破綻している。

そこに、信念と呼べるポリシーが必要だ。


そう。大泥棒も、ポリシーを重視していた。


信念、理念、理想、夢想、空想、空論、理論。


これらのポリシーが正当性を生み出している。

ならば、やはり独善的であるべきだ。

でなければ、全てを見失ってしまう。

人は独りで選び、独断の責任を負うべきだ。


それこそが、博士が遺した遺言の、真理。


「結局、自分で選択するしかないのか」

「正しい答えを人に求めるのは、愚かれす」

「そうだな。だけど、それが人間だ」

「吸血鬼さんは、人に何を求めますか?」

「そう言われても、困るな」

「私が何でもしてあげます」

「それはまた、萎える提案だな」

「ぎゃびーん!?」


何でもしてあげるとか、言うな。

出歯亀に何をされても、大して嬉しくない。

素直に萎えると言ったら、ショックを受けて。


「わかりました! では、こうしましょう!」

「嫌な予感しかしないんだけど」

「ふっふー! 聞いて驚いて下さい!」


鼻息荒く、出歯亀は解決方法を提示する。


「どんな選択をしても嫌いにはなりません!」


きっぱり、はっきり、断言された。

どんな選択をしても、嫌いにはならない。

他の誰に嫌われても、出歯亀は受け入れる。


それはまた、なんとも。


「嬉しいこと、言ってくれんじゃねぇか」


涙が出た。これほど嬉しいことはない。

選択が正しくても、間違っていても。

嫌いにはならない。ならば、決められる。

ポリシーを基に、独断で独善を遂行できる。


オレ様は、心の底から、出歯亀に感謝した。


「ありがとよ、出歯亀」

「おっと! 感謝はまだ早いれふ!」

「は?」

「今から、それを証明します!」

「証明?」

「そうれす! だから目を閉じて下さい!」

「嫌な予感しか、しないんだけど?」

「いいから黙って目を閉じやがれですっ!!」


やだ。なにこの人。乱暴すぎる。

怖いので、大人しく目を閉じる。

すると、間髪入れずに。


唇に、柔らかな、感触が。


「おい」

「ふっふー! ついに、やってやりました!」


半眼で睨むと、出歯亀はぐいと口を拭う。

要するに、あれか? 今のって、もしかして?

もしかしなくても、きっと、あれだろう。


「何やってんだ。いや、何やってんの!?」

「ふっふー! あとのお祭り騒ぎでふ!!」

「祭りをぶち壊された気分だよ!?」

「むきゃー!? 何がご不満なんれすか!?」

「ご不満だらけだよ! ご不満しかねぇよ!?」


烈火の如く怒鳴ると、出歯亀はしょんぼり。


「そ、そんなに嫌だったれすか……?」


泣きそうになってる出歯亀。

これが演技ではないところがこいつの良さだ。

だからこそ、あざといと、勘繰らずに済む。


「嫌じゃなくて、不満なんだよ」

「ど、どうしてれすか……?」

「ファーストキスだったからだ」

「わ、私も、そうれす……」


俺が不満なのは、ファーストキスだったから。

それをこんな流れで、奪われた。

そもそも、奪われたってのが、癪だ。

しかも、よりにもよって、出歯亀に。


だから、俺は、やり直しを、要求する。


「もっかいだ」

「へっ?……ふむっ!?」


ちゃんとしてから、口を離して、尋ねる。


「もっかい?」

「は、はい……はむっ」


さっきより長くして、今度は、出歯亀が。


「あの……もう、一回」

「奇遇だな。オレ様もそう思ってた」

「ん……あむっ……ふむっ……」


それから何度も唇を重ねた。

何回したかは、覚えていない。

吸血鬼の記憶力でも思い出せない。

それだけ、没頭していたのだろう。

ちなみに、もちろん舌は入れていない。

あれは犯罪だからな。年齢制限を守ろう。


そして、忘れてはいけないのは、オレ様の姿。

黒髪の爆乳の美少女姿だ。本来の姿ではない。

要するにこれは女同士のフレンチキスだった。

しかも相手は、ぐるぐる眼鏡。欲情はしない。

捉えようによっては、ノーカンかも知れない。


しかしながら、ノーカンには、したくない。


このキスによって、オレ様の覚悟は決まった。

自らのポリシーに基づき、姉ちゃんを殺した。

俺の恨みを買い、自らの罪を裁いて貰うべく。

悪役となり、俺自身の復讐の対象となった。

俺の復讐心によって、出歯亀も、死んだ。


きっと、この選択は、正しくはない。

けれど、独善的な独断で自ら選んだ道筋だ

俺と、そして、オレ様が、選んだ筋道だ。


誰に責められ、詰られようとも。

出歯亀だけは、嫌いにはならない。

その証拠の唇の感触は、遺っている。


オレ様は、それだけを信じて、最期を迎える。

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