第70話『独善的な独断』
「てめぇら、人様の穴ぐらで何してやがる」
事前に神の姿へと変身は済ませておいた。
指輪も装着して、白髪で本気モード。
その俺の異様に、異能力者達は慄いた。
ちらりと、竜王を見ると、既に瀕死だった。
通路の奥には地龍の群れが転がっている。
侵入者達はボス部屋に到達目前だったらしい。
そのタイミングで、俺は転生したようだ。
守護者たる竜王が力尽き、入れ替わるように。
ならば、侵入者達を追い出すことにしよう。
それが、今のオレ様の、使命である。
「動くなよ。じっとしてれば、怪我はしない」
「ちっ……化け物が」
腰だめに刀を構えた、若い男の異能力者。
オレ様に釘を刺されると、舌打ちをした。
聞き覚えのある声だ。よくよく見ると。
それは担任教師の若かりし姿だった。
他の奴らにも、見覚えがある。
教師が最年長で、あとはガキだった。
少年少女姿の、重力使いと、雷使い。
まだ10歳にもなっていない、ガキだった。
「ポンコツ、大丈夫か?」
「ご主人様、面目、ありません」
不運にも戦闘に巻き込まれたポンコツ。
左手を失い、右足も損傷していた。
裸エプロンもボロボロで、無残な姿だ。
「とりあえず、これを着ろ」
「ありがとう、ございます、ご主人様」
異空間から姉ちゃんの衣類を取り出す。
それを放り投げて、ポンコツに着させた。
本人の服なので、サイズは問題はない。
ついでに、左腕と右足をスペアと交換。
しかし、ポンコツは不満を口にした。
「下着に、誰かが着用した形跡が、あります」
「ああ、1回出歯亀に着させたことがあったな」
言われて思い出した。
最初の転生の折、出歯亀にパンツを穿かせた。
それがポンコツはお気に召さないらしく。
「違う下着を、所望します」
「贅沢言うな。それを穿け」
「ご主人様の、女たらし」
「お前、今の状況がわかってんのか?」
この緊迫した状況下で何言ってやがる。
こちらの弛緩した雰囲気を見て、彼らが動く。
重力で足を取られ、雷撃を浴び、斬撃が閃く。
「へっ。まだまだ、だな」
その全てを相殺して、オレ様は告げる。
「上には上が居ることを、知れ」
担任教師の刀を指先で摘み、へし折り。
重力使いよりも強力な重力で、押しつぶし。
雷使いよりも鮮烈な雷撃で、気絶させた。
無論、殺してはいない。
あとは転移魔法で外へ追い出す。
軽傷を負わせてしまったが、自業自得だ。
「ご主人様は、最強、ですね」
「当たり前だろ。さっさと、パンツ穿け」
ポンコツの賞賛を受け流して。
パンツを穿くように促しながら、歩み寄る。
息も絶え絶えな、真紅の竜王の元へ。
「もう大丈夫だぞ。あいつらは追い出した」
一応、そう報告すると、竜王は口を開いた。
「そうか……儂も、もう年貢の納めどきじゃな」
「回復薬はある。まだ死ぬには早いぜ?」
「いや……待ち人は、来た」
「待ち人?」
「世界の主の待ち人……それが貴様じゃろう?」
どうやら、竜王も俺を待っていたらしい。
「ああ、そうだ。今まで、ご苦労だった」
「良かった……これで世界の主も、報われる」
「あとはオレ様に任せて、安らかに眠れ」
「ありがとう……世界の主の、眷属よ」
それだけ言い残して、竜王は息絶えた。
ずっと、ボス部屋を護っていたのだろう。
ようやく使命から解放された、守護者。
回復薬で救命するなど、出来なかった。
「ご主人様、穿きました」
「そうか。似合ってるぞ」
「じゃあ、一生、穿き続けます」
「汚いから定期的に洗濯しろ」
竜王の死の悲しみに暮れる暇もない。
ポンコツのポンコツ発言に、辟易。
しかし、おかげで泣かずに済んだ。
やるべきことは沢山ある。
まずは状況確認から始めよう。
そう思いきや、まだ族は残っていた。
「おい、コソ泥。何をしている?」
「なんだ、ばれちまったか」
「オレ様の目を誤魔化せると思うなよ?」
注意が逸れた隙に、ボス部屋に忍び寄る泥棒。
暗がりでも、俺の吸血鬼の目は誤魔化せない。
それは少年時代の大泥棒。やば。かわいい。
「こっそり忍び込む気だったのか?」
「俺は泥棒だからな」
「悪い子だ。お仕置きが必要だな」
気分は少年の万引きを見つけた婦警。
しかも、その少年は、美少年。
これはたっぷりお仕置きをしないとな。うん。
「な、何をする気だよ!?」
「跨って、泣くまで腰を振るのをやめない」
「やめろよ!? 謝るから許してくれよ!?」
あ、泣きそうになった。
くっそ、かわいい。どうしよう。
とりあえず、お持ち帰りして、それから。
「ご主人様の、変態」
「お前は黙ってろ。オレ様は健全だ」
「完全に、犯罪です」
「そうか? なら、やめとくか」
ポンコツも頭が硬い奴だ。
一緒に愉しもうとか思わないのかね。
とりあえず、指を鳴らして、泥棒を帰した。
それを見計らったように、涼やかな声が響く。
「まさか、泥棒くんまで追い返されるとはね」
博士とよく似た、その口調。
しかしながら、声音はまったく異なる。
ネジが外れた博士よりも、落ち着きがある。
水色の髪をさらりと揺らして、魔王が現れた。
「よもや我がギルドの精鋭を打ち負かすとは」
「鍛錬不足だ。精進しな」
「耳が痛いよ。殺さなかった事を、感謝する」
「気にするな。オレ様の都合もある」
水色の魔王たる、スライム姫。
ギルドの精鋭が追い返されたことに落胆。
それでも、こちらの慈悲に、感謝を告げた。
優しげな微笑みを浮かべいるが、念のため。
「あんたもオレ様に挑むつもりか?」
「まさか。身の程はわきまえているよ」
「賢明だな。だったら、何をしに来た?」
「君と交渉をしに来たのさ」
用向きを尋ねると、目的は交渉らしい。
「あんたはオレ様に、何を望む?」
「我々はダンジョンから手を引く。代わりに」
「なんだ?」
「この洞窟内に自生する植物を分けて欲しい」
なるほど。魔素を含んだ植物が目当てか。
「それなら構わないぜ。加工も請け負おう」
「君は魔法薬を調合できるのかい?」
「ああ、そこらの薬剤師よりも経験豊富だ」
そう嘯いて、異空間から魔法薬を取り出す。
それを手渡すと、スライム姫は感嘆。
満足げに、ふむふむと頷いた。
「これならば、言い値で買おう」
「なら、交渉成立の握手だ」
「私の手は冷たいが、構わないかね?」
「構わないさ。なんなら暖めてやろう」
ひんやりとしたスライムの手と握手を交わす。
するとスライム姫は驚いたように目を見開き。
やんわりと微笑んで、嬉しげに感想を述べる。
「とても暖かい手だね」
「お気に召したようで、何よりだ」
「もっと怖い化け物かと思っていたよ」
「オレ様は紳士だからな」
「おや? 君の正体は、男なのかい?」
「んなこと、どっちでもいいだろ?」
「ああ。確かに、どちらでも構わない」
ひとまずこれで、敵対せずに済んだ。
魔獣を適度に狩りつつ、魔法薬を作ろう。
それで、当面の生活費は、なんとかなる。
「それでは、そろそろお暇するよ」
「魔法で送り返してやるよ」
「そうかい? ならば、よろしく頼む」
「魔法薬が出来次第、ギルド本部に送る」
「それでは、対価を用意して、待ってるよ」
取り引きの約束を交わして、指を鳴らす。
スライム姫は去り、ダンジョンに静寂が戻る。
皆、彼女のように平和的であればいいのに。
そんな栓無きことを思ってると、ポンコツが。
「ご主人様の、浮気者」
「馬鹿。スライム姫には恋人がいるよ」
「ご主人様は、振られたの、ですか?」
「振られる前に、身を引いたのさ」
「負け惜しみに、聞こえます」
「ほっとけ」
スライム姫には、受付嬢がいる。
とはいえ、今は恐らく、まだ幼い。
いずれ、ギルドに雇われることだろう。
不老のスライム姫は、別として。
俺の知り合いは、皆若かった。
たぶん、俺は過去へと、転移したのだろう。
「とりあえず、外に出るぞ」
「お外、ですか?」
「ああ、世界の様子を見てみよう」
千里眼があるので、別に外に出る必要はない。
しかしながら、気分的に高所で見下ろしたい。
指を打ち鳴らし、ポンコツと共に、外へ転移。
荒れ果てた岩肌と、白波が波打つ荒れた海。
既に侵入者達の姿はない。
スライム姫の帰還に応じて、撤収したようだ。
時刻は、夜。
満月が、夜空に浮かんでいる。
ポンコツを抱きかかえて、浮上。
千里眼にて、あまねく世界を、見通す。
俺の自宅に視線を向けると、真新しい新居が。
つい最近、建ったばかりのような、自宅。
それを建てたのは、もちろん、俺の両親だ。
初めて見る、両親。
父親は、俺よりも女顔で、背が小さい。
母親は、白衣を身に纏った、博士だった。
驚きはない。そうなんだろうと、思っていた。
「ポンコツ、見えてるか?」
「はい。視界、良好です」
賢者の石を共有した、副次効果。
俺たちは宝玉を通じて、視界を共有出来る。
俺の千里眼で見た光景が、伝わっていた。
「博士、幸せそうだな」
「はい。良かった、です」
「嫉妬しないのか?」
「ご主人様は、嫉妬して、ますか?」
「そりゃあ……ほんのちょっとな」
幸せそうな博士。
その隣で同じく幸せそうな父親。
とはいえ、尻に敷かれている様子。
しばらく、俺たちは、その日常を眺めた。
博士の奇天烈ぶりは相変わらずで。
父親はそれに振り回されていた。
一見すると、どちらか夫か、わからない。
俺の父親は、まるで女の子みたいだった。
体毛も薄く、まさに博士好みの、男の娘。
それでも、三日に一度は、全身脱毛されてた。
夜になると、博士主導で情事が開始。
もちろん、お子様には目に毒なので。
視界を遮断して、ポンコツには見せない。
その関係は、かわゆいボスとの蜜月のようだ。
あの時の俺と、父親は、よく似ている。
しかしながら、俺の父親は、夜王だった。
二重人格は、彼の遺伝らしい。
昼間は博士がSで、父親がM。
夜になると、その関係性が、逆転する。
そんなプレイを、日夜満喫しているようだ。
リア充爆発しろと念じながら見守っていると。
ついに、その日が、やってきた。
おたまじゃくしレースが、開幕した。
「いけっ! ちょいさしだぁー!!」
「ご主人様、うるさい」
「これが叫ばずにいられるかよっ!?」
事が終わって、スヤスヤ眠る博士の腹の中。
その内部を、千里眼で見透かして、白熱。
俺の種は、貧弱だった。なんとも足が遅い。
それでもなんとか、卵にたどり着いて。
なんの因果か、無事にゴールしたようだ。
これで、十月十日後には、俺が誕生する。
「それまで暇だから、観光でもするか?」
「それは、デート、ですか?」
「いや、ただのお出かけだ」
「デート、嬉しい、です」
「話を聞けよ」
誕生までに、世界各地を巡った。
魔法薬作りの報酬は、たんまりある。
それで豪遊しながら、ポンコツと過ごした。
ポンコツにとっては、遅れた文明だろう。
しかし、とても楽しそうだった。
もちろん俺も、ただのお出かけを、満喫。
道中、黒猫を拾って、飼うことにした。
それが、のちの猫娘の、原点だった。
そうして、瞬く間に十月十日が、流れた。
「いよいよだな」
「ご主人様が、産まれるの、ですか?」
「ああ、まさかその瞬間を拝めるとはな」
自分自身の誕生の瞬間を、この目で見る。
そんな経験をしたのはオレ様が初めてだろう。
画して、才能を持ち得ない赤子が、誕生した。
そこで、ふと疑問に思う。
どうして、俺は才能に恵まれなかったのか。
母親は天才。父親は可愛い男の娘。
なのに、息子の俺は、冴えない凡人。
「要するに、俺は出がらしってことか?」
「ご主人様は、出がらしでは、ありません」
独りごちると、ポンコツが否定して。
「ご主人様は、ご両親の、老廃物、です」
「おい」
「すみません。排泄物、です」
「これ以上ないくらい、悪化してんぞ」
老廃物とか、排泄物とか言われて、泣いた。
しかし、そう言われると、納得出来る。
糞魔王に相応しい成り立ちかも知れない。
「まあ、自分の汚さは自覚してるさ」
「そんな、ご主人様が、博士は好き、でした」
「この世界の博士も、な」
産まれた俺を、溺愛する博士。
もちろん父親も、俺を愛してくれた。
オムツ交換は、彼の仕事だった。
赤子の俺は、博士の母乳を美味そうに飲む。
そのイメージが、俺たちを巡り会わせた。
そう考えると、とてもロマンティックだ。
しかし、別れは、突然に、やってくる。
俺が産まれて間もなく、両親は死んだ。
死因は単独事故による、事故死。
原因は、博士が自動車に施した、改造。
無限の彼方へ、さあ行くぞ!!
とか、なんとかほざいて。
ポチッと、ハンドルの赤いボタンを押した。
すると、車は急加速して、空を飛んだ。
そのまま、崖下に落下。
赤子の俺は、その途中で車外へ投げ出された。
オレ様は、自分自身を闇のゲートでキャッチ。
こうして、俺は、天涯孤独の身となった。
まるで喜劇のような、悲劇だ。
我が母親ながら、お恥ずかしい。
とはいえ、実に彼女らしい、最期だった。
むしろ気の毒なのは、父親だ。
彼は完全に、巻き添えだった。
まあ、俺の父親らしいと言えばそれまでだ。
不思議なのは、両親が転生していないことだ。
きっと、あの世で仲良くやっているのだろう。
三途の河のほとりに立派な研究所でも建てて。
もちろん、オレ様には彼らを救えた。
しかし、敢えて救わなかった。
救えば、矛盾が生じてしまう。
もし仮に救ったとすれば、どうなったか。
両親がいる、自分。
まるっきり想像がつかない。
たぶん、それは、別人だ。
これは俺の原点に関わることだ。
だから、干渉してはいけない。
自分自身を、否定するわけには、いかない。
博士は俺に、独善的で在れと、そう言った。
この時俺は、その言葉を守ったつもりだった。
泣きながら、ポンコツと、両親を弔った。
だが、その真意を理解するのは、先のことだ。
赤子の俺は姉ちゃんが引き取り、面倒を見た。
俺は神の声として、赤子をあやした。
同じ血が流れる自分自身と、交信した。
幼少期の俺は、惨めだった。
なにせ才能がないのだ。
客観的に見ると、不憫さがわかる。
だから、わざと揶揄ってやった。
同情されたら、きっと死にたくなる。
散々揶揄って、一笑に付す。
それが、神としての役割だった。
たまにやり過ぎて、ポンコツに叱られた。
貧乳事件とかな。
あれはヤバかった。
ポンコツは怒ると怖い。
しかしながら、貧乳は純然たる事実である。
ポンコツの子育ては、苦難の連続だった。
貧乳を赤子に吸わせようとしたりした。
もちろん、吸える筈もなく、泣かれた。
慌てて、宥めようとして、高い高い。
赤子の俺を天井にぶつけて、また泣かせた。
抱っこしようにも、抱き方がわからなかった。
足を持って逆さ吊りにして、三度泣かせた。
それでも、ポンコツは、俺を愛してくれた。
不器用ながらも、真摯に、面倒を見た。
そんなポンコツに、特別な感情が芽生える。
スクスク育つ俺に、恋をした。
それがなんとも、気に入らない。
オレ様は、自分自身に嫉妬した。
何度も横槍を入れて、恋路を妨害した。
それが功を奏して、2人の関係は進展なし。
それもまた、なんだか、腹ただしい。
オレ様の娘であるポンコツは、完璧だ。
それなのに、この俺ときたら、見てられない。
何度も焚き付けるものの、無意味だった。
憐れなポンコツは、恋愛対象ではなかった。
そんな朴念仁の俺は、ある日恋をした。
相手はよりにもよって、のちの出歯亀。
そして見事に玉砕。ざまあ見やがれ。
俺は中学に上がり、0才児を自覚。
多感な年頃で、いろいろと思い悩む。
その頃、オレ様も大変な目に遭っていた。
俺とは違う中学に進学した、出歯亀。
こいつが問題だった。
俺と同じく、多感な年頃の、出歯亀。
はっきり言って、メンヘラと化した。
理由は見え過ぎる、その両の目の千里眼。
嫌な物を散々目撃して、完全に病んだ。
病んだ出歯亀は、人生に絶望して投身自殺。
もちろん、死なせるわけにはいかない。
転移魔法で救出して、記憶を消去。
しかし、また時が経つと、飛び降りる。
24時間体制で、出歯亀を監視した。
そんな不安定な出歯亀に、耐えかねて。
「てめぇ、いい加減にしやがれ!!」
「だっで、じにだぐでぇええええ!!」
堪らず、怒鳴ると、泣き喚かれた。
死にたいと、切実に願う出歯亀。
オレ様もまた、願いは同じ。だからこそ。
そんな彼女を、放っては置けなかった。
「もう少しの辛抱だ。それまで面倒見てやる」
「不束者ですがよろしくお願いしまっしゅ!」
こうして、出歯亀と穴ぐら暮らしが始まった。
オレ様は、彼女に新聞を書かせた。
それを、異能力者ギルドにて、販売。
お決まりの、編集と記者の関係。
ちなみに、俺は白髪の爆乳姿。
かわゆいボスと瓜二つな美貌の持ち主。
当然、出歯亀は、嫉妬した。
「吸血鬼さんは、可愛すぎまふ!」
「わかったよ。これでいいか?」
そんなやり取りで、白髪から黒髪へ。
その姿で、オレ様は高校に通った。
高校生活では生徒会長との出会いを演出。
パンツ見たさに、俺は会長と、出会った。
全て、順調だった。
ポンコツと俺は、平凡で幸せな日々を謳歌。
オレ様と出歯亀は、ひたすら怠惰を貪った。
そんな折、黒猫に異変が。
オレ様の魔力によって、変質。
黒猫は、猫娘となった。
そして、姉ちゃんと共に、喫茶店を経営。
「おい、出歯亀」
「なんれすか?」
「お前も喫茶店で働いたらどうだ?」
「お客さんが帰っちゃいますよ」
「それもそうだな」
「酷くないですかっ!?」
自分で言って、自分でショックを受ける。
出歯亀は今日も今日とて、絶不調。
しかしながら、いると居ないでは、大違い。
オレ様もまた、この頃は、メンヘラ気味だ。
「なあ、出歯亀」
「どうしましたか?」
「オレ様は、これから酷いことをする」
「とうとう、私を襲うつもりれすか!?」
「真面目に聞け」
「あぅ……ごめんなさいれふ」
出歯亀を一喝して、説明する。
「そろそろ、時間がないんだ」
「どういうことれすか?」
「オレ様は、殺さないといけない」
「私をれすか?」
「違う。自分の娘を、だ」
これが、目下の最大の悩みの種だ。
そろそろ、俺は運命の日を迎える。
会長に襲われ、姉ちゃんを、失う。
その下手人は、他ならぬ、オレ様である。
ずっと、目を背けてきた。
神になると決めた、その日から。
しかし、時の流れは、無常なものだ。
いよいよ、その日が、近づいてきている。
「嫌なら、やらなければいいれす!」
「そうしないと、詰めないんだよ」
「吸血鬼さんは詰みたいのですか?」
「ああ、その為に生きてきた」
「だったら、娘さんを殺すべきです!」
きっぱり、あっさり、断言した。
まるで人ごと。いや、それもそうか。
出歯亀にとっては、人ごとだ。
「お前に聞いたオレ様が馬鹿だった」
「私に聞くのが、正解れすよ」
「お前は答えを知らないだろう?」
「答えがないことを、知っています!」
キリッと、無知の知を宣言する出歯亀。
ただ、答えがないことを、知っている、か。
それは存外、真理かも知れない。
「やっぱ、答えなんかないのかな?」
「ないれす! どっちも間違ってます!」
「正しい答えがないってことか」
「それこそが、正しい答えれすよ」
まさか、出歯亀に諭されるとは。
オレ様なりに、その至言を、噛み砕く。
正しい答えがないことが、答え。
それはきっと、千差万別という意味だ。
例えば、ポンコツを殺すことの正当性。
それは、博士と同じ意図。
独善的に、我が道を貫く、美学。
理想を叶え、そして、責任を取る。
そう思えば、博士の最期にも納得出来る。
自ら作った人形を、巻き添えに、死んだ。
それが生み出した者の、責任だろう。
遺すのは、あまりに可哀想だ。
それが、ポンコツを殺さないことの、弊害。
かわゆいボスの父親の最期が良い例だ。
吸血鬼の王は、娘を殺せなかった。
結果、娘は死ねず、無限の苦しみを味わった。
今も尚、ダンジョンの最奥にて、眠っている。
オレ様が殺さなければ、ポンコツはどうなる?
ずっと、生き続けるのだろうか。
それとも、途中で壊れて、孤独に死ぬのか。
どちらにせよ、不幸が待っている。
ならば、オレ様が、殺してやるべきだ。
ここまでが、偽善的な、言い訳である。
同時に、独善的な、自己暗示でもある。
偽善と独善は表裏一体。同義語なのだ。
かわゆいボスを殺せなかった、吸血鬼の王。
娘を殺すのが嫌だった、吸血鬼の王。
受け取り方次第で、偽善にも独善にもなる。
自らの罪を償い、責任を果たした、博士。
自らの理想の為に、生き様を貫いた、博士。
受け取り方次第で、偽善にも独善にもなる。
博士は以前、人間に良心があるか、聞いた。
オレ様はその時、誰にでもあると返した。
それは大きな勘違いで、大間違いだった。
人間には、良心など、存在し得ない。
あると信じることは出来る。
しかし、それを見つけることは不可能。
自分の良心を見つけることは、独善だ。
自分は正しいと、自己暗示をする。
それが、良心だって? 違うだろう。
反吐が出る。そんなものは、自己満足だ。
良心に従って行動する、ではなくて。
独善的な独断に従って行動する、のが人間だ。
もしくは、偽善的な傲慢に従って、か。
どちらにせよ、良心など、ありはしない。
それでも、自分の正しさが知りたい場合。
それはもう、人に聞くしかない。
自分が正しいかどうか、判断してもらう。
その判断基準もまた、難しい。
仮に多数の人間が賛同したら、正しいのか?
それとも識者が正しいと言えば、正答か?
信頼に値する、近しい人間の判断が、確実か?
はっきり言って、どれも眉唾だ。
人に正しさを求めている時点で破綻している。
そこに、信念と呼べるポリシーが必要だ。
そう。大泥棒も、ポリシーを重視していた。
信念、理念、理想、夢想、空想、空論、理論。
これらのポリシーが正当性を生み出している。
ならば、やはり独善的であるべきだ。
でなければ、全てを見失ってしまう。
人は独りで選び、独断の責任を負うべきだ。
それこそが、博士が遺した遺言の、真理。
「結局、自分で選択するしかないのか」
「正しい答えを人に求めるのは、愚かれす」
「そうだな。だけど、それが人間だ」
「吸血鬼さんは、人に何を求めますか?」
「そう言われても、困るな」
「私が何でもしてあげます」
「それはまた、萎える提案だな」
「ぎゃびーん!?」
何でもしてあげるとか、言うな。
出歯亀に何をされても、大して嬉しくない。
素直に萎えると言ったら、ショックを受けて。
「わかりました! では、こうしましょう!」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「ふっふー! 聞いて驚いて下さい!」
鼻息荒く、出歯亀は解決方法を提示する。
「どんな選択をしても嫌いにはなりません!」
きっぱり、はっきり、断言された。
どんな選択をしても、嫌いにはならない。
他の誰に嫌われても、出歯亀は受け入れる。
それはまた、なんとも。
「嬉しいこと、言ってくれんじゃねぇか」
涙が出た。これほど嬉しいことはない。
選択が正しくても、間違っていても。
嫌いにはならない。ならば、決められる。
ポリシーを基に、独断で独善を遂行できる。
オレ様は、心の底から、出歯亀に感謝した。
「ありがとよ、出歯亀」
「おっと! 感謝はまだ早いれふ!」
「は?」
「今から、それを証明します!」
「証明?」
「そうれす! だから目を閉じて下さい!」
「嫌な予感しか、しないんだけど?」
「いいから黙って目を閉じやがれですっ!!」
やだ。なにこの人。乱暴すぎる。
怖いので、大人しく目を閉じる。
すると、間髪入れずに。
唇に、柔らかな、感触が。
「おい」
「ふっふー! ついに、やってやりました!」
半眼で睨むと、出歯亀はぐいと口を拭う。
要するに、あれか? 今のって、もしかして?
もしかしなくても、きっと、あれだろう。
「何やってんだ。いや、何やってんの!?」
「ふっふー! あとのお祭り騒ぎでふ!!」
「祭りをぶち壊された気分だよ!?」
「むきゃー!? 何がご不満なんれすか!?」
「ご不満だらけだよ! ご不満しかねぇよ!?」
烈火の如く怒鳴ると、出歯亀はしょんぼり。
「そ、そんなに嫌だったれすか……?」
泣きそうになってる出歯亀。
これが演技ではないところがこいつの良さだ。
だからこそ、あざといと、勘繰らずに済む。
「嫌じゃなくて、不満なんだよ」
「ど、どうしてれすか……?」
「ファーストキスだったからだ」
「わ、私も、そうれす……」
俺が不満なのは、ファーストキスだったから。
それをこんな流れで、奪われた。
そもそも、奪われたってのが、癪だ。
しかも、よりにもよって、出歯亀に。
だから、俺は、やり直しを、要求する。
「もっかいだ」
「へっ?……ふむっ!?」
ちゃんとしてから、口を離して、尋ねる。
「もっかい?」
「は、はい……はむっ」
さっきより長くして、今度は、出歯亀が。
「あの……もう、一回」
「奇遇だな。オレ様もそう思ってた」
「ん……あむっ……ふむっ……」
それから何度も唇を重ねた。
何回したかは、覚えていない。
吸血鬼の記憶力でも思い出せない。
それだけ、没頭していたのだろう。
ちなみに、もちろん舌は入れていない。
あれは犯罪だからな。年齢制限を守ろう。
そして、忘れてはいけないのは、オレ様の姿。
黒髪の爆乳の美少女姿だ。本来の姿ではない。
要するにこれは女同士のフレンチキスだった。
しかも相手は、ぐるぐる眼鏡。欲情はしない。
捉えようによっては、ノーカンかも知れない。
しかしながら、ノーカンには、したくない。
このキスによって、オレ様の覚悟は決まった。
自らのポリシーに基づき、姉ちゃんを殺した。
俺の恨みを買い、自らの罪を裁いて貰うべく。
悪役となり、俺自身の復讐の対象となった。
俺の復讐心によって、出歯亀も、死んだ。
きっと、この選択は、正しくはない。
けれど、独善的な独断で自ら選んだ道筋だ
俺と、そして、オレ様が、選んだ筋道だ。
誰に責められ、詰られようとも。
出歯亀だけは、嫌いにはならない。
その証拠の唇の感触は、遺っている。
オレ様は、それだけを信じて、最期を迎える。




