第69話 『綺麗な尻の拭い方』
「どうやって元の世界に帰るつもりだい?」
「そこなんだよな」
ポンコツの教育が終わり。
やはり、この人形こそが姉ちゃんと判明した。
ポンコツは姉ちゃんの原点だった。
それが7万年の教育で得た、成果である。
晴れて姉ちゃんとの再会を果たしたのだが。
肝心の異世界への転移方法が見つからない。
これまでは聖女と姫巫女に殺して貰っていた。
しかし、博士の世界は、既に滅亡している。
要するに、生き残った人間が居ないのだ。
当然、聖女と姫巫女も、存在しない。
もしかしたら脳みそはあるかも知れない。
だが、区別がつかないし光魔法の有無も不明。
そもそも、脳みそだけで俺を殺せる筈もない。
彼女達に流れる聖なる生き血が必要だ。
もちろん、そんなコレクションは持ってない。
人の血液を保管する性癖など俺にはない。
よって、完全に手詰まりだった。
手詰まりなのに、詰めない、この状況。
途方に暮れながら、ポンコツを眺める。
ポンコツは現在、絶賛皿洗い中。
今日も姉ちゃんのナポリタンを頂いた。
何度食べても感涙する俺にポンコツは嬉しげ。
そんな無邪気な人形の頭には、ヘッドホンが。
ナポリタンを作ってくれたご褒美だ。
ポンコツはポコチンをご所望だったが、拒否。
代わりに、姉ちゃんのヘッドホンをあげた。
以前から欲しがっていたので、とても喜んだ。
シャカシャカ音楽を聴きながら、お尻を振る。
可愛らしい鼻歌なんかも、口ずさんでいる。
そんなポンコツはエプロンを身につけている。
家事をしているのだから、当たり前だけど。
何故か、左右に揺れる尻が、生尻だった。
よりわかりやすく言えば、裸エプロンである。
ポンコツの生尻が、右に左にふりふり。
それを目で追う俺は、至って冷静だ。
ポンコツは姉ちゃんであり、俺の娘だ。
娘の裸エプロン姿になど、欲情はしない。
ただひらすらに、和むだけだ。
だから俺はその可愛いお尻を触ろうと思って。
「こら、何をするつもりだい?」
「いや、ポンコツの尻を触ろうかと……」
「君はあの子のパパだろう?」
「面目無い」
お母さんに叱られて、しょんぼり。
一応、謝罪はしたが、内心は反省してない。
俺はポンコツのパパだ。それは間違いない。
では、パパは娘の尻を触ってはいけないのか?
そんなわけない。当然の権利だ。
だって見ろ、俺の娘の不憫なこと。
裸エプロンなのに、すこぶる健全だ。
生尻はたしかに扇情的かも知れないけれど。
そこから視線を上に向けると、あら不思議。
なんだ、男の娘だったのか。
なんて本気で思えるくらい、平らな胸。
だから俺は、ポンコツの尻を褒めたい。
何故ならば褒めるところはそこしかないから。
「ご主人様」
「ん? どうした、ポンコツ」
「今、失礼なこと、考えましたか?」
「いや? 抜群のプロポーションに感心してた」
ふぅ……あぶないあぶない。
最近ポンコツは俺の思考を見透かしてくる。
まあ、7万年も一緒に居たからな。当然だ。
そこらの家族よりも、長い付き合いだ。
思えば、いろいろあった。
7万年の間に、博士とも沢山喧嘩をした。
その理由はいつも、排泄物について。
俺はポンコツに排泄機能を付けて欲しかった。
あれ? まるで、俺が変態みたいだ。
違うんだ。これには深い訳があった。
俺はポンコツが食事出来るようにしたかった。
そうすれば、料理の再現も捗ると思ったのだ。
そんな俺の純粋な願いを、博士は断固拒否。
自分の作った人形に排泄機能は要らないと。
そんな潔癖な博士に何度も交渉を重ねた。
時には、抱きしめながら、便意を説き。
時には、耳元で囁くように、尿意を説き。
そして、俺が幼少時に漏らした記憶を見せた。
最終的に、博士はぶち切れた。
何年か口を聞いて貰えなかった時期もあった。
それでも、俺たちはずっと一緒だった。
ちなみにポンコツは便意や尿意には関心なし。
ポンコツの興味は、ポコチンに限定していた。
遠い目でその愛しい日々を懐かしんでいると。
「おじいちゃんみたいな顔になってるよ」
「そこらのじじいより長生きだからな」
「でも、童貞なんだよね」
「ほっとけ」
いつものように博士に揶揄われて、憤慨。
鼻を鳴らして嘆息すると、彼女はくすくす。
その心地良い笑い声が、しばらく耳朶を打ち。
「そんな憐れな吸血鬼くんに、朗報だ」
不意に、真面目な口調で、博士が告げた。
「朗報?」
「うん。それが何か、知りたいかい?」
「知りたい」
「ならば、キスをしてくれたまえ」
出た。意地悪博士。俺が童貞と知ってる癖に。
「話の内容によるな」
「異世界への転移の方法、と言ったら?」
「是非、聞かせてくれ」
勿体振ると、博士はしれっと爆弾発言。
博士は、異世界転移の方法を見つけたらしい。
もちろん、俺は即座に食いつく。当たり前だ。
それがわからず、途方に暮れていたのだ。
「知りたいなら、キスだ」
「くっ……やむを得ないな」
まんまと博士の術中に嵌ってしまった。
とはいえ、諦める訳にはいかない。
というか、博士は普通に美人だ。
しかしながら、姉ちゃんのオリジナル。
だから、キスをするには、抵抗がある。
そもそも、俺は女性経験がない。
それこそが、最大のネックだった。
さて、どうするか。
もちろん、キスなどしたことがない。
だって、童貞だもの。
だが、されたことは、ある。
無論、唇ではない。
生徒会長に、首筋にキスをされた。
そして博士にも、額に何度もキスをされた。
その上で、俺は博士に、キスをした。
「よし……これでいいか?」
「……吸血鬼くん」
「ん? どうかしたか?」
「どうして、手の甲なんだい?」
「キスはキスだろ。何か問題があるのか?」
俺が選択したのは、博士の手の甲。
限りなく無難で、すこぶる健全な場所だ。
しかしながら、博士は不満げ。
「朴念仁」
「なんとでも言え。俺はシャイなんだよ」
「それじゃあ、方法は教えられないね」
「なっ!? ずるいぞ! 教えてくれよ!!」
「知りたければ、ちゃんとキスをしたまえ」
闇色の瞳が怪しく光る。
今日はいつになく、積極的だ。
いつもならば、ここまで要求はしない。
そのことを不審に思いつつも、覚悟を決める。
背に腹は代えられない。
なんとしても、方法が知りたい。
詰むことが、俺の目標だからだ。
だから、考えた。
最善のキスを。
どこにするのが、最適か。
そして、オレ様は、閃いた。
「尻を出せ」
「は?」
「いいから尻を出せっ! 早くっ!!」
険しい顔で怒鳴ると、博士は困惑しつつ。
「こ、これでいいかい?」
わけもわからず、尻をこちらに向けた。
そんな博士の装いは、例のごとく白衣。
もちろん、その下は全裸。だから、俺は。
「動くなよ」
「なっ!? どうして白衣を捲るんだ!?」
「いいから黙ってろ!!」
ペロリと白衣を捲り、生尻を晒す。
慌てふためく博士を一喝して、黙らせる。
このオレ様を本気にさせた、報いだ。
「てなわけで、キスするぞ」
「へっ?」
「はい、ちゅっと」
ひと思いに、その尻に口づけを落とした。
流石姉ちゃんのオリジナル。美尻だ。
人形とは思えない質感を唇で感じて、感動。
思わず、手を合わせて頭を下げてしまった。
いや〜良き哉、良き哉。
ひと仕事終えて、額の汗を拭う。
なかなか難解なミッションだった。
とはいえ、オレ様にかかれは造作もない。
さぞ博士も満足かと、思いきや。
「き、きき、君って奴は……!」
「なんだ? もっかい?」
「そんな訳ないだろ!? 何を考えている!?」
どかーん!と、大噴火。マジおこである。
「何をって、尻にキスしたかったから」
「お、おお、おかしいだろう!?」
「いや、こんなの普通だろ」
「普通じゃないよ!? 異常だよ!!」
何が異常なものか。極めて健全だ。
臀部の肉に唇が触れたぐらいで大袈裟な。
年齢制限を設けるに値しない、児戯である。
そもそも、だ。
童貞の俺からしたらベロチューの方が問題だ。
あれこそ、不健全極まりないではないか。
あれだけ舐ったら、もう犯罪。完全にアウト。
それに比べて、尻にキスなど、可愛いものだ。
「フレンチキスだから、セーフだろ?」
「アウトだよ!? ボークだよ!!」
「じゃあ、舌を入れたら良かったのか?」
「どこに入れるつもりなんだ君は!?」
あらやだ。博士ったら、いやらしい。
結局は、そんなの受け取る側次第だ。
舌をどこに入れるかなど、言ってない。
耳の穴ならセーフで、尻の穴ならアウト?
そんなの誰が決めた。
俺は知らんし、そもそも舌は入れてない。
健全に、触れるだけのキスに、留めた。
「それに比べたら、マシだろ?」
「うぅ……最期の思い出が、これとはね」
反論を諦めた博士が、項垂れた。
溜息混じりの文句に、気になる言葉が。
最期の思い出ってのは、どういうことだ?
「なんで最期なんだよ?」
「だって、君はもとの世界に帰るのだろう?」
「ああ、なるほど」
「だから、思い出づくりをしたかったんだ」
もとの世界に帰るということは。
この世界から離れるということだ。
だから、思い出づくりをしたかったらしい。
そう考えると、悪いことをした、とは思わず。
「最高の思い出になって良かったな」
少なくとも、俺にとっては最高の思い出だ。
だから、心からのスマイルをすると。
博士は長嘆して、呆れたように微笑んだ。
「まあ、君らしいといえば、君らしいか」
「褒めてんのか?」
「君に期待したワタシの負けさ」
「貶してんのか?」
「少なくとも、嫌いではないよ」
「なら、上々だな」
「ああ、上々さ」
上々な思い出ならば、それでよし。
あんまりマジになると、寂しいし哀しい。
互いにヘラヘラ笑えるくらいが、丁度いい。
「では、本題に移ろうか」
ひとしきり笑い合って、博士は切り出す。
「ついて来たまえ、見せたいものがある」
そう言って、研究所の最奥へと、誘われた。
「ここに、何があるんだ?」
「説明するよりも、見た方が早い」
真っ白な実験室。
部屋には何もなく、とても静かだ。
俺とポンコツはキョロキョロ周囲を見渡す。
しかし、この部屋には、何もない。
「何もないじゃないか」
「ワタシが見せたいものは、これさ」
怪訝な視線を向けると博士はリモコンを操作。
また軌道エレベータだろうかと、身構える。
しかし、上昇している気配はない。
その代わりに、部屋の床がせり上がってきた。
「これこそが、もとの世界への切符だよ」
せり上がってきた、二柱の柱。
ガラス張りのそれは試験管のようで。
透明な液体が満たされた中に、何かがいる。
「これは……人間、なのか……?」
「ワタシが作った、ホムンクルスさ」
ホムンクルス。またの名を、人造人間。
人が人を模して作った、人工の生物。
二つの試験管には、2人の人造人間がいた。
「君にも見覚えがあるはずだ」
言われるまでもなく、気づく。
見覚えがあるどころの騒ぎではない。
だって、この2人は、俺がよく知る。
「聖女様に……姫巫女……?」
「そうだ。ワタシが彼女達を、開発した」
中に浮かんでいたのは、聖女と姫巫女。
金髪の巨乳美女と、黒髪の微乳美女。
彼女達は胎児のように丸くなり、眠っている。
「あんたが、作った……?」
「うん。君の為にね」
その返答に、唖然とする。
この博士の天才ぶりは知っていたが。
ここまでくると、なんでもありだ。
「やっぱすげーな、あんたは」
「少し時間がかかったけどね」
素直に賞賛すると、博士は珍しく謙遜した。
開発には時間がかかったらしい。
恐らく、俺が来てから着手した筈だ。
察するに、7万年かけて、作ったのだろう。
「手間がかかった分、性能に不備はないよ」
「俺を、殺せるのか?」
「当然。その為に、作ったのだから」
今度は自信を持って断言する博士。
天才である彼女が手間をかけた、自信作。
ならば、その性能に疑いの余地はない。
俺は、この聖女達によって、死ねるらしい。
「どうやって、作ったんだ?」
「君の身体を分析して、血液を作成した」
「血液?」
「そう。聖女達に流れる、聖なる血液さ」
どうやら、時間がかかったのは、そこらしい。
「どんな代物なんだ?」
「君の回復能力を逆作用させる劇薬さ」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味さ」
博士は解説する。
吸血鬼は不死身の化け物だ。
その不死力の源は、体内の魔力。
魔力がある限り、何度でも復活する。
魔力がなくなれば、木乃伊となる。
その仕組みを逆手に取って。
回復力を逆作用させる薬品を作成。
魔力の供給によって、肉体を滅ぼす。
聖女達に流れる血液は、まさに劇薬だ。
そこまで聞いて、疑問を口にする。
「毒耐性がある俺に、劇薬が効くのか?」
俺は猛毒スキルを有している。
大抵の毒は、効かない。
効いたとしても、死なない。
だから、その劇薬が効くとは、思えない。
「その点については対策を打ってある」
「どんな対策だ?」
「その劇薬が、血液ってことさ」
博士はにやりと笑い、心配ご無用と告げる。
「君は吸血鬼だろう?」
「ああ。そうだけど、それがなんだ?」
「だからこそ、血は、拒めない」
「なるほど。吸血鬼の特性を利用したのか」
ようやく合点がいって、納得。
博士の対策は、劇薬を血液に混ぜること。
いかに劇薬とはいえ、血液ならば、拒めない。
吸血鬼はその名の通り、血を啜る、化け物だ。
「もちろん、飲まずとも浸透圧で君は死ねる」
「浴びるだけで、死ねるってわけか」
「その通り。実に画期的だろう?」
画期的であり、完璧な吸血鬼殺しだ。
例えば、猛毒使いの生き血を吸った際。
それが猛毒であっても、俺は吸えた。
猛毒だろうが劇薬だろうが、血液なら吸える。
だからこそ、聖女の血は、効果を及ぼす。
確実に、吸血鬼である俺を、死に至らしめる。
それを実現せしめた博士に戦慄を覚えてると。
「ご主人様」
「どうした、ポンコツ?」
「あの金髪が、気に入りません」
しげしげと試験管を眺めていた、ポンコツ。
俺の袖を引き、不満を口にする。
ポンコツが指を差すのは、金髪の聖女様。
何やら、気に入らないらしい。
「どうして気に入らないんだ?」
「胸部に、無意味な脂肪が、多すぎます」
聖女様の巨乳がお気に召さないらしい。
無乳のポンコツは、嫉妬剥き出しで、唸る。
そんな人間じみた人形に、優しく諭す。
「あれは無意味な脂肪じゃない」
「では、何の意味が、あるのですか?」
「夢……かな」
自分でも何を言ってるかよくわかんない。
けれど、あそこには夢が詰まっている筈だ。
少なくとも、俺はそう信じている。
信ずる者は救われるってよく言うだろ?
だから、俺は巨乳を敬い、恩恵に預かりたい。
そんな邪な俺の思考を、見透かして。
「ご主人様、不潔、です」
「んなことない。当然の思想だ」
「だったら、私の胸にも、夢がありますか?」
「んなもん、ないに決まってんだろ」
何を言ってるんだ、このポンコツは。
夢も何も、詰めるべき胸がないんだ。
言うなれば、初めから夢が摘まれている。
荒野のような無乳のポンコツに現実を告げる。
すると、ポンコツは試験管を叩き始めた。
ガンガンと、聖女様の試験管を、殴る蹴る。
「こら、何やってんだよ!?」
「叩き割って、胸を食いちぎり、ます」
「猟奇的な言動はやめろ!!」
ジェラシーに取り憑かれたポンコツ。
羽交い締めにして、やめさせる。
宥めながら、俺は博士に抗議した。
「どうしてこいつを無乳にしたんだよ!?」
「コンプレックスを再現したくてね」
「だからって、気の毒すぎるだろ!?」
「だが、それによって豊かな心が育まれた」
「んなことより、豊かな胸を育ませろ!!」
コンプレックスに苛まれるポンコツ。
あまりに憐れで、居た堪れない。
博士の理想の為に、劣等感を植え付けられた。
人道的に、見過ごせずに、俺は苦肉の策で。
「ポンコツ、お前はそれでいいんだ」
「ご主人様は、私の胸が、好きですか?」
「ああ、もちろんさ。大好きだ」
「それなら、不満は、ありません」
嘘も方便だ。事なきを得た。
世の中には、2種類の嘘がある。
人を傷つける嘘と、優しい嘘だ。
今回は、後者である。
それに娘の胸が嫌いな父親なんて、いない。
どんなに無乳でも、愛しい娘の胸だ。
まあ、そもそも、無乳だから胸はないけどね。
「ご主人様、今、また、失礼なことを……」
「気のせいだ。気にするな」
追求される前に、否定しておく。
これ以上、ポンコツを傷つけたくないから。
そんな俺の奮闘を見て、博士はくすくす。
「君はとても偽善者だね」
「明らかに褒めてないよな?」
「人の為に善人であろうとする君は、立派だ」
「余計に貶しているように聞こえるんだが?」
「すまない。独善的と言いたかったんだ」
「どんどん悪化してんぞ」
ボロクソ言われて、むすっとする。
だいたい、こうなったのは博士の所為だ。
それを必死で宥めているのに、偽善とは。
しかし、博士は本当に貶していないらしく。
「どうかその在り方を、損なわないでくれ」
そんな風に、真摯に、俺の在り方を認めた。
偽善であるように、懇願する博士。
そんなことを言われても、自覚はない。
自分の在り方なんて、自身では確認不可能。
他人に見られて始めて、そうだと知るものだ。
「では、そろそろ始めるとしよう」
博士は話題を打ち切り、リモコンを操作。
今度こそ、部屋が上昇して、屋上に出る。
正面には、セフィロトの樹。
そして周囲は、人形達が取り囲んでいる。
幾万もの人形の視線たじろぎながら、問う。
「な、何が始まるんだ?」
「君の送別会さ」
「送別会って……今からか!?」
「もちろんだ。長居は無用だろう?」
俺の送別会。
それはこの世界から去ることを意味する。
あまりに性急な展開に、戸惑う。
「それにしたって、急過ぎるだろ!?」
「なんだい? 寂しいのかい?」
「そりゃあ……寂しいよ」
素直に認める。俺は寂しかった。
なにせ、7万年も過ごしたのだ。
この世界は終わっていたけれど。
博士やポンコツとの思い出が、沢山ある。
2人と別れるのは、とても辛い。
「安心したまえ。ポンコツも一緒だ」
「ポンコツも……?」
「そうじゃないと、詰まないだろう?」
そう言われると、そうだった。
もとの世界に戻るならば、ポンコツが必要だ。
2人で帰って、俺自身と対面するのだ。
「で、でも、どうやって……?」
問題は、その方法だ。
俺は聖女と姫巫女によって、死ねる。
死んで、転生できる。
かわゆいボスと別れて、7万年。
今転生すれば、きっと帰れる。
俺がもといた、世界へと。
しかしながら、それは俺に限った話だ。
ポンコツは、吸血鬼ではない。
人形であり、機械の身体だ。
そもそも、転生可能かすら、定かではない。
それでも博士は、あっさりと。
「ポンコツの転移方法は、用意してある」
「あんたは……本当に、用意周到だな」
「ワタシは天才だからね」
もう今更驚きはしない。
きっと、博士に出来ないことはないのだ。
あらゆることを科学の力で実現する、天才。
博士は、白衣を靡かせ、フハハ!と笑って。
「ワタシは次元転移装置を開発したのだ!」
高らかに、自らの発明を解説した。
博士が作った次元転移装置。
それは言い換えると、異世界転移装置。
この世界の物を、異世界に送る装置だ。
「そんなことが、可能なのか?」
「ワタシに不可能はない。仕組みを教えよう」
「ああ、聞かせてくれ」
博士は得意げに、仕組みを解説してくれた。
「君は、爆縮レンズを知っているかね?」
「知らん」
「簡単に言えば、爆発の力で圧縮する作用だ」
「爆発の力で、圧縮……?」
「そう。ワタシの開発した、最強の爆弾でね」
なんとも物騒だ。続きを聞くのが怖い。
「圧縮して、どうするんだ?」
「ポンコツを、ワームホールに落とす」
「ワームホール?」
「単純に、時空の落とし穴と思ってくれ」
「そこに落ちたら、どうなるんだ?」
「別の時空に、ワープする」
俺なりに、その意味を解釈する。
まずはポンコツを圧縮。
小さくして、ワームホールに落とす。
すると、別の異世界にワープするらしい。
難しいことはわからないが、とりあえず。
「どうして圧縮する必要があるんだ?」
「ワームホールがキツキツだからさ」
「卑猥な穴なんだな」
「ガバガバよりは清楚だろう?」
「それはたしかに」
ワームホールは清楚らしい。
その清らかな穴は、キツキツ。
だから、圧縮する必要があるようだ。
「そのワームホールってのは、どこにある?」
「今から人形総出で作るのさ」
「だから、全員呼び寄せたってわけか」
「その通り。盛大に見送ってあげるよ」
人形総出でワームホールを作成。
その為に、全個体を招集したらしい。
それでも小さい穴を開けるのが限界なのか。
「最後の質問だ」
「なんだい?」
「無事転移した後、お前らはどうなる?」
「死ぬ」
それは、予想通りの返答。
そもそも、おかしいと思っていた。
爆縮レンズの時点で、違和感を覚えた。
圧縮する際に、爆弾を使用する。
ポンコツはワームホールに落ちるが。
では、その他の人形は、どうなるか?
答えは当然、爆発に巻き込まれる、だ。
もちろん、それに博士も巻き込まれるだろう。
完全、お話にならない、馬鹿げた提案だ。
それを理解した俺は、もちろん却下する。
「死んじまうなら、この話はなしだ」
「でも、こうするしかないのだよ」
「別な方法を探そう。まだ何かある筈だ」
「そんな時間はない。タイムリミットだ」
博士の闇色の瞳が、俺を逃がさないと告げる。
俺は現実から目を背けようとしていた。
そんな現実逃避を、博士は、許さない。
「7万年が期限だと、知っているだろう?」
「それは……そうだけど」
「ならば、そうするしかないのだよ」
「で、出来るわけないだろう!?」
追い詰められて、喚く。博士は優しく諭した。
「君なら出来るさ。君はワタシの理想だ」
「あんたは俺を……買いかぶりすぎだ」
「いや、きっと出来るとワタシは信じている」
固く握り締めた拳を、そっと掴んで。
「見たまえ、吸血鬼くん」
正面に聳える、セフィロトの樹を指差した。
「もう間も無く、全ての光が消える」
樹を飾る光は、既に数える程しかない。
「ワタシは、己の罪を、償い終えた」
博士は誇らしげに、ハッパをかけてくる。
「だから君にも、きっと出来るさ」
罪を償えと、厳しく、優しく、俺に告げた。
「俺はあんたみたいに天才じゃない」
「そうだね」
「俺はあんたみたいに高潔じゃない」
「君は高潔さ」
「違う! 俺はただの……汚い、糞魔王だ」
「その通り。君は糞尿好きの、糞魔王だ」
そんな俺の弱音を、博士は待ち望んでいた。
「だから、自分のお尻は、自分で拭えるさ」
言われて、はっとして、苦笑する。
「なんだそれ。上手いこと言うなよ」
「君に相応しい言葉だと思ってね」
「それは、草を生やさざるを得ない、な」
苦笑が、徐々に、高笑いへと、変貌する。
「よし、やってやろうじゃねぇか」
ひとしきり自嘲して、覚悟が決まった。
自分の尻は、自分で拭く。当たり前だ。
それが出来なければ、罪は消えない。
てめぇの尻を拭いて初めて、詰めるのだ。
「やっぱり君は、ワタシの理想だよ」
「尻を拭くだけで理想になれるなら楽勝だ」
「でもきっと、とても辛いと思うよ?」
「オレ様が痔になるとでも?」
「そうじゃなくて……ああ、もう。心配だよ」
汚い下ネタを返すと、マジで心配された。
「いや、冗談だってば……」
「違うってば。君のことが心配なんだよ」
下ネタで不安を感じたわけではないらしい。
「大丈夫だよ。やり遂げてみせる」
「うん……信じてるけど、どうしても」
心配性な博士は、ポンコツに向けて。
「ご主人様のこと、よろしく頼んだよ?」
「はい。お任せ、下さい」
「最後まで、支えてあげてね?」
「はい。かしこまり、ました」
博士はポンコツを抱きしめて、言い聞かせる。
「君は、吸血鬼くんの、可愛いお人形だ」
「はい。私は、ご主人様の、人形です」
「君は、彼のおかげで、生命を授かった」
「はい。私は、ご主人様に、感謝してます」
「だから、彼の為に、生命を捧げたまえ」
「はい。私は、ご主人様に、生命を捧げます」
明らかに最後の命令はやりすぎだ。
ポンコツが真に受けたらどうするんだ。
注意しようとすると、博士は話題を変えた。
「吸血鬼くん、賢者の石を貸してくれ」
「賢者の石? ああ、神の指輪の宝石か」
エルフとドワーフの合作である、神の指輪。
それに備わる、大きな真紅の宝玉。
それを俺は、賢者の石と呼んでいた。
それを取り出して、博士に手渡すと。
「えいっ」
「あっ! な、なに壊してんだよ!?」
パキッと、指輪と宝玉を取り外した。
慌てて叱るが、時既に遅し。
貴重な神の指輪は、壊れてしまった。
「ど、どうすんだよ、これ!」
「大丈夫。指輪に石が付いてるだろう?」
「ほんのちょっとだけしか付いてねぇよ!?」
指輪には、小さな賢者の石が付着していた。
これではただの指輪にしか見えない。
いや、待てよ? そこでふと、既視感を覚える。
「これで、君の記憶の指輪と同じになった」
そうだ。俺の記憶の、神の指輪。
あれも、一見すると、ただの指輪だった。
小さな赤い宝石が付いた、白銀のリング。
ならば、ここで壊れるのが、必然か。
「でも、だからって、壊すなよ」
「ごめんごめん。この宝玉が必要だったのさ」
「何に使うつもりだ?」
「こうするのさ……ポチッとな」
博士はおもむろに、手を伸ばして。
ポンコツの胸の先端を、左右同時押し。
ポンコツはびくっとして、驚いた様子。
「何を、するの、ですか……?」
「いいから、早くエプロンを脱ぎたまえ」
「あっ……うぅ……恥ずかしい、です」
口調とは裏腹に、堂々と胸を晒す。
表情も無機質で、照れた様子はない。
俺の記憶の中の姉ちゃんと、同じだ。
そして、しきりに俺の反応を伺っている。
とはいえ、無乳にリアクションは取れない。
至って冷静に、成り行きを見守っていると。
ポンコツの胸部が開き、内部が露わとなった。
「ここに、宝玉を入れるのさ」
その中に、博士が宝玉を収納。
そして再び、胸部を閉じる。
その不可解な行動の意味が分からず、尋ねる。
「それに何の意味があるんだ?」
「君達の空間座標を固定したんだよ」
「空間座標?」
「転移時に離れ離れにならないにしたのさ」
なるほど。そんな使い方があるのか。
思えば、賢者の石は唯一無二の代物だ。
それを互いに所持すれば、迷子防止出来る。
違う異世界で離れ離れにならずに済むわけか。
「それとポンコツの予備のパーツも忘れずに」
ポンコツの予備パーツを手渡されて。
それを異空間に収納した。これでよしと。
結局、全てを博士に任せてしまった。
本当にこの天才には、頭が上がらない。
「何から何まで、本当にありがとう」
「感謝するのは、ワタシの方だよ」
「あんたが、俺に……?」
博士は、ポンコツを指差して。
「君のおかげで、ワタシの夢は叶った」
そう言って、満面の笑みを浮かべる。
指差されたポンコツは、どこか誇らしげ。
そんな2人の様子に、俺も嬉しくなる。
「あんたの力になれて、俺も嬉しいよ」
「君はやっぱり偽善者ね」
「俺が嬉しいんだから、独善だろう?」
「そうだね。理解したようで、何よりだ」
人を助けて、自分が嬉しくなる。
典型的な偽善者は、独善的なものだ。
博士は、俺にそうであれと言った。
ならば、彼女の言葉通り、独善的でいよう。
「それでは、聖女達を起こすとしよう」
博士はリモコンを操作して、聖女達を起こす。
「起きたまえ、ワタシの愛しい聖女達よ」
試験管から水が排水され、聖女達が目覚めた。
「おやおや? 貴女は、誰ですか?」
「なんでびしょ濡れなのよ!?」
その口調や仕草は、俺の知る彼女達だ。
間違いない。これが、聖女達の、原点。
この2人は、博士に生み出された存在なのだ。
「君達に、ワタシから愛を授けよう」
博士は聖女と姫巫女の額に、キスをした。
彼女達はホムンクルスだ。人形ではない。
それでも、博士は、2人に愛を授けた。
そして、慈愛に満ちた母の声で、囁く。
「ワタシの愛しい吸血鬼くんを、よろしくね」
それで、理解した。
聖女の慈愛の正体。
それは、博士の愛だ。
その愛が、遺志又は魂として、授けられた。
だからこそ、聖女達は、救ってくれた。
どんな世界、どんな場所でも、必ず。
俺の前に現れ、殺してくれたのだ。
知れず、涙が溢れる、
聖女達の母は、真の聖母だった。
そに慈愛によって、俺はここに辿り着いた。
時系列は、既に意味をなさない。
時間は逆行し、俺はもといた時空に転移する。
その為の全ての用意は、整った。
やり取りを終えた聖女達が、歩み寄る。
「貴方が吸血鬼様ですね?」
「ああ。俺が、糞魔王だ」
「糞魔王って何よ!?」
「お前達が、滅ぼすべき魔王の名だ」
「わかりました。魂に刻んでおきますね」
「どんな世界でも必ず見つけ出してやるわ!」
自己紹介終えて、聖女達は手首を切った。
「あたし達にとっては、これが最初!」
「貴方にとっては、これが最後でございます」
鮮血と共に、最後の死が、降り注ぐ。
「それでは吸血鬼くん、お別れだ」
「博士……やっぱり、寂しいよ」
灼熱の生き血に焼かれながら、別れを交わす。
「ワタシも寂しいよ。泣きそうだ」
「もう、泣いてるだろうが」
「君も、ね」
涙が止まらない。
俺は博士に愛を貰った。
彼女のおかげで、目標を見出せた。
「また、会えるか?」
「ああ、会えるとも。ワタシは確信している」
「もとの世界に、あんたはいるのか?」
「いるとも。しかし、接触は不可能だろう」
「なんだよ、それ」
「きっとワタシは、君に似た男と一緒だ」
「はあ? あんたが、男と……?」
「ワタシは君のおかげで、変わったのだ」
「男好きに、なっちまったのか?」
「人間の男も、悪くないと思えたのさ」
「それは、何よりだぜ。 草生える」
「ああ。次は、君に似た男を愛するつもりだ」
「なら、邪魔するわけには、いかねぇな」
「うん。邪魔されるわけには、いかないよ」
なんとも、信じ難い、心境の変化である。
あの博士が人間の男に興味を持つとは。
彼女の言葉を引用して、揶揄う。
「驚天動地の、晴天の霹靂だぜ」
「まさに、その通りだね」
心地よいやり取りで、瞼が重くなってきた。
既に灼熱に焼かれる痛みはない。
微睡みの淵で、俺は母の言葉を聞いた。
「おやすみ、ワタシの愛しい息子」
意識を失う、その間際。
セフィロトの樹の光が、消えた。
それは人類の滅亡を意味していて。
それに、合わせるように。
博士がリモコンのボタンを押した。
その直後、強烈な閃光が走り。
俺は、最後の、偽りの死を迎えた。
すぐに意識は回復する。
目を開くと、そこは薄暗い洞窟の中。
このダンジョンを、俺は知っている。
そこは、迷宮の最奥、ボスの部屋。
床にはゴロゴロ記憶球が散乱。
部屋の中央には、豪奢なベッドがある。
そこには、一体の木乃伊が、横たわっていた。
木乃伊の姿でも、美しい銀髪は健在だ。
間違えない。
この木乃伊は、かわゆいボスである。
長い年月、この部屋で眠っていたのだ。
起こさない程度に、魔力を分け与える。
すると、木乃伊に生気が戻った。
すやすやと、寝息を立てて眠る、吸血鬼。
待っていてくれた。
万感の思いを、ぐっと堪える。
再開には、まだ早い。
この場には、俺の姿がない。
オレ様は、俺と、ここに来る筈だ。
それまでは、この部屋を、死守しなければ。
そう決意した、その矢先。
『ご主人様、助けて!』
部屋の向こうから、ポンコツの悲鳴。
どうやら、転移前と同じ位置関係らしい。
それならもっと近くに寄ってれば良かった。
なんて、今更言っても仕方ない。
今更といえば、ポンコツの転移方法。
あの時は気づかなかったけど空間魔法がある。
俺の異空間に収納すれば良かった気がする。
しかし、そうは言っても、始まらない。
博士は自ら死を選んだ。それが遺志だ。
その決断を、今更どうこう言えない。
終わったあの世界で生き続ける意味などない。
博士は罪を償い終え、夢を叶えた。
その生き様は、美しかった。
ならば、ケチをつけるのはよそう。
きっと、高潔な博士は示したかったのだ。
綺麗な、尻の、拭い方を。
部屋の外に出ると、戦闘が起きていた。
転移したばかりで、半壊したポンコツ。
どうやら、巻き込まれたらしい。
ボス部屋の前には、複数の異能力者達の姿。
しかし、それよりも、目を奪われる。
異能力者達が戦っていた、怪物。
それは、真紅の鱗を持つ、竜王。
時空を超えて、かわゆいボスを守っていた。
そんな戦闘に、ポンコツは巻き込まれていた。




