第6話 『招かれざる客』
放課後、各教室を回って歩く。
教師の入り口に備え付けられた返却ポストに貸し出し図書が入っていないか確認する為だ。
《そんな無駄なことやめて早く帰ろうぜ》
早く帰って姉ちゃんの手料理を食べたいのは山々だ。しかし、まだバイトは終わっていないだろうし、それまで時間を潰す必要がある。
なので、神の催促を無視して黙々と歩く。
現在貸し出し中の本など数える程しかないが、もしかしたら返却されているかも知れない。
初めて手に入れた委員長の役職に、俺は責任感を持っていた。誰にも期待されていなくとも。
《健気だねぇ。ま、そこがお前の良さかもな》
大して嬉しくない神のお褒めの言葉に鼻を鳴らして返答する。きっと、慰められたのだ。
こんなことをしても意味なんかない。
下校時間が過ぎた校内は人気がなく、俺の苦労は誰にも目撃されることはない。
もっとも、誰かに褒められたい訳ではないが。
《素直じゃないな。下心が見え見えだぞ》
うるせえ。少しぐらい期待してもいいだろ。
《そんな欲しがりなお前に朗報だ》
朗報? なんのことかと、立ち止まると。
「ん?」
背後に気配を感じて、振り向く。
するとそこには、例の後ろの席の美少女が。
丁度廊下の向こうから西日が差していて、逆光となっていたが、口元から覗く長く鋭い八重歯で一目でわかった。手には、貸し出した本が。
それを差し出して、黙って佇んでいる。
彼女はとても無口で有名だ。
授業中に教師に当てられても、だんまり。
思えば、彼女の声を聞いたことがない。
クラスメイトは笑った顔すら見たことがないらしい。俺は何故か、毎朝目撃しているが。
「あ、ああ。確かに、受け取ったよ」
面食らいながらも、本を受け取る。
逆光で陰った双眸が、赤く光った気がした。
ぞくりとして、視線を逸らして踵を返す。
そこでふと、気づいた。
逆光に照らされた彼女の足元。
そこにあるべき筈の影がなかったことに。
確認の為にもう一度振り向くが、既にいない。
気のせいかと思って、歩き出すと。
「毎日、ご苦労さん」
そんな労いの言葉を掛けられてギョッとする。
もう一度振り向くが、やはり誰もいない。
というか、今の声は聞き覚えがありすぎる。
「おい、神。今なんか言ったか?」
《あん? 気のせいだろ》
神は否定して、意味深にくすくす嘲笑う。
ただ単に揶揄われただけだろう。
そう思い、本を片手に図書室まで戻る。
するとそこに、招かれざる客がいた。
「やあ、お疲れ。お邪魔しているよ」
ふわりとしたショートボブの女の子。
手持ち無沙汰に本を読みながら、待っていた。
俺が瞠目していると、視線を上げて。
「ん? 生徒会長がそんなに珍しいかい?」
屈託なく笑い、こちらに歩み寄る。
近寄ると、その髪が仄かに赤いことに気づく。
我が校のマドンナ候補たる生徒会長は、俺の眼前までやってきて、悪戯っぽく微笑んだ。
「今日はボクのパンツを覗かないのかな?」
俺はこの生徒会長が、すこぶる苦手である。
もう1話、追加で投稿します。