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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第二部 【詰むまでの物語】
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第63話 『機械の母性』

「まずはワタシの幼少時の話をしよう」


博士の幼少時代。

彼女は生まれながらの天才だった。

知能指数は200オーバー。

それに目をつけた国の政府機関が保護。


真っ白なその籠の中で最高の教育を受けた。

余計な干渉を排除して、知識を詰め込む日々。

小学校低学年の年齢で彼女は博士となった。

しかし、これといった目的意識はなかった。

ただ知識を蓄え、試験で結果を出す毎日。

それに意味を見出せない、乾いた幼少時代。


「ワタシが唯一興味を持ったのは人形だった」


結果を出すと、ご褒美を貰えた。

なんでも好きな物を用意してくれた。

とはいえ、好きな物と言われても困った。

それまで特に好きな物などなかったのだ。


色々と候補を出されて無作為に選択。

その中に、精巧なビスクドールがあった。

見る角度によって表情を変える、人形。

幼い博士はそれに興味を持った。


「何より惹かれたのは、その美しさだよ」


博士は人形の美しさに夢中になった。

人形は薄っすら微笑み、嫌な顔をしない。

それを見て、幸せそうだと思った。

そして、もっとも素晴らしい点として。


「人形は排泄をしない。まさに理想だった」


幼少時の博士には、不満があった。

それは生きる上で欠かせない、排泄。

その他にも垢やフケなどの老廃物が嫌だった。


「人体の構造には感嘆するが嫌なものは嫌だ」


不貞腐れたように、博士はそう評した。

仕方ないとはいえ、嫌なものは嫌であると。

その点、人形は老廃物や排泄とは無縁だった。


そこで博士は、ピンときた。


「だから人形は幸せなのだと、ね」


それから彼女は人形製作を始めた。

もともとあったロボット技術の粋を費やして。

満足いく結果が得られなければ新開発した。


国庫の金を湯水のように使う代わりに。

国は彼女にとある依頼を持ち込む。

それは世界最強の兵器の製作依頼だった。


「一応、忠告はしたんだよ?」


その兵器完成後の末路は目に見えていた。

しかし、博士が作らなくても、いずれ出来る。

依頼された瞬間に、その構造は閃いていた。

ちょっと考えれば、誰にでも作れる兵器。

きっと、彼女でなくとも、誰かが作るだろう。


その時点で、博士の世界の寿命は決まった。


「だったらワタシが管理しようと思ってね」


博士はその兵器の製作を受諾。

あっという間に兵器は完成した。

それは人工の太陽を作り出す爆弾。

その熱量によって、全てを灰燼に帰す。


俺の元の世界でも、全く同じものがあった。

というか、実際にそれを使われた経験がある。

その記憶も、博士は既に見ていたらしく。


「ま、行き着く先はどこの世界も一緒さ」


その兵器を所有した国は急成長。

諸外国から一線を画す、大国となった。

当然、他の国は面白くない。

だから博士は、その瞬間、国外へと逃亡した。


「生まれた国の国庫は、もう空だったからね」


新型爆弾の開発費に加え、人形製作の費用。

成長著しい大国は、莫大な予算を消費した。

その時点で、その国にはもう用はなかった。


「色んな国を巡って、爆弾を作ってあげた」


博士は諸外国を巡り、爆弾作ってやった。

それによって、出身国の優位性は消滅。

互いに抑止力を持ち合い、均衡が保たれた。


「これで少しばかり、世界は延命したのさ」


一度技術を伝えれば、後は勝手に開発が進む。

より強力に爆弾を強化しながら、牽制し合う。

それこそが、博士が狙った、膠着状態。


どの国も爆弾を使われたくはない。

だから、表向き友好であろうとする。

爆弾が生み出される前よりも関係は改善した。

少なくとも、博士以外が作るよりマシだった。

もし仮に、他の者が先に開発していたならば。


「その場合、試しに使ってみた可能性が高い」


この時既に、博士は世界的有名人だった。

いくら秘匿しようとも、誰しも知っていた。

究極の叡智と頭脳を兼ね揃えた天才であると。

そんな彼女が作った爆弾というのが、ミソだ。


「ワタシが作ったと言うだけでびびるからね」


実際に使わずとも、牽制には充分。

それだけ、博士の頭脳の影響力は大きい。

博士印というだけで、脅しには充分。

だからこそ、試し撃ちする必要はなかった。


「そして爆弾開発と引き換えに、資金を得た」


爆弾製作の仕事料を各国から徴収。

博士の元には国家予算規模の資金が入った。

もちろん、それは全て人形製作につぎ込んだ。


画して、ようやく最初の機体が、完成した。


「とはいえ、満足がいくものではなかった」


博士が目指したの人体の代用品。

最初の機体はその最低限度を満たす物だった。

使用する上で問題はないが、簡素だった。

それでも見た目的には人形とはわからない。

様々な機能を実装する前に、時は来た。


「その頃、第二次性徴の兆しが現れてね」


この時、博士はお年頃な年齢。

第二次性徴が身体に現れ始めた。

その変化は喜ばしい部分もあるが、嫌だった。

胸が育つのは嬉しい。しかし問題は別にある。


博士はちらりと横目で俺を見て、質問。


「さて、それがなにか、わかるかい?」

「と言われても、困るな」

「何を照れている。ほら、言ってみたまえ」

「セクハラだぞ」

「き、嫌わないでくれっ!?」


ジト目で回答を拒否すると、涙目。

博士はいじけたように、俺の手を取る。

そのまま弄びながら、その答えを口にする。


「まあ、体毛とか、女の子の日とかだよ」

「なるほどな。それが嫌だったわけか」

「仕組みとしては素晴らしいのだけどね」


博士はため息を吐いて、回想を再開。


体毛は剃っても剃っても生えてくる。

特殊な薬を開発して、永久脱毛した。

しかし、もうひとつの問題は難しい。

薬を服用すれば、どこかに無理が出る。


だから博士は、人の身体を、捨てた。


「もともと、それが目的だったのさ」


それこそが、人形製作の目的。

幼少時に憧れた、ビスクドールのように。

生身ゆえの煩わしさから解放されたかった。


だから博士は、自ら作った機体に、搭乗した。


「それから徐々に、改造をしていったんだ」

「改造?」

「うん。各部を強化して百万馬力にしたりね」


そう言いつつ、そのパワーを披露。

弄んでいた俺の手の指の爪を摘んで。

えいっと、それを剥がしてみせた。


「ぐぎゃあああああああっ!?!!」

「ああ、ごめんよっ!? 痛かったかい!?」

「当たり前だろうがっ!!」


生爪を剥がされた痛みに絶叫しつつ、怒鳴る。

すると博士は、またもや涙目。鼻水を出す。

しかし、泣けばいいってもんじゃない。


ここはキツく、叱っておこう。


「俺はこれでも生身だ。だから、痛いんだよ」

「し、失念してたよ。ごめんなさい」

「繰り返し言うが、俺は実験動物じゃない」

「わ、わかってるよ! ワタシは君が大切だ!」

「信用ならんな。人の爪を剥がした癖に」

「それは、百万馬力を披露したくて……」


まあ、言わんとすることはわかる。

俺の身体の耐久性は、折り紙付きだ。

なにせヒヒイロカネの肉体だからな。


その爪を剥がしたならば、博士の力は本物だ。


その上、剥がれた爪は既に再生している。

頭上に設置された、照明のおかげだろう。

月光の波長のその光が吸血鬼の身体を癒す。

そこまで考慮に入れて、剥がしたのだろう。


しかし、だからと言って、納得は出来ない。


「本当に大切なら、爪を剥がさないだろ」


むすっとしてそう断じると博士は振り返った。


「大切だから、知りたいと思うのだ!」


至近距離で、そんなことを言われて、動揺。

そう言われてみると、そんな気もしてくる。

何より、彼女の闇色の裸眼が、真剣であり。

俺は堪らず目を逸らし、口を尖らせ、ぼやく。


「く、口先では、なんとでも言えんだろ」

「わかった。ならば、これならどうかね?」


博士は俺の眼前で、膝立ちとなり、抱擁した。

あまりに突然の事態に、固まる。びっくりだ。

イメージ的にこんな事はしないと思っていた。


そして俺の頭を搔き抱いたまま、博士は囁く。


「君が大切だ。ワタシは君が大事だ」

「……わかったよ」

「一目見た時から、君は特別だった」

「わ、わかったから、離してくれよ」


まるで口説き文句のような、その物言い。

大切とか、大事とか、特別とか。

言われ慣れてない台詞のオンパレードだ。

気恥ずかしくて、ジタバタもがくと。


「君は、何も、わかってないっ!!」


博士は一喝して、更に強く抱きしめた。


「お、俺が、何をわかってないって……?」

「ワタシにとって、君がどういう存在かだ!」

「なんだよそれ。どんな存在なんだよ?」

「君はワタシにとって、理想の存在なんだ!」


博士は俺を理想の存在だと言い切った。

そんなことを言われて、俺は混乱状態。

なんだ、この状況は。もしかして?

なんて、またいつもの童貞ぶりを発揮して。


「もしかして、俺のことが好き……とか?」

「違う。恋愛感情は微塵もない」

「ですよねー」


きっぱり、はっきり、ばっさり、撃沈。

俺は真っ白に燃え尽きて、ぐったり。

抵抗力を失った俺を、博士は胸に抱いて。


「初めて見た時から、愛おしいと思った」


振った直後に、こんな台詞。意味不明である。


「はいはい。実験動物としてだろ?」

「だから違う! 理想の存在としてだ!!」

「だから、理想の存在って、何なんだよ」


聞き流すと力強く否定。その真意を問うと。


「君はワタシが求める、完全な生物だ」


博士は俺から身を離し、視線を合わせて説明。


「ワタシはそれを人形に求めた」


博士の細い指が、俺の頬を撫でる。


「しかし君は、生身でそれを成し遂げた」


言い聞かせるように、その偉業を称えた。


「君は生身で、ワタシの理想を実現したんだ」


そう言って、一雫の純水の涙を流す博士。

きっと、その涙は、感動の涙なのだろう。

吸血鬼である俺の身体に、感動している様子。


たしかに、俺の身体は規格外だ。

強靭だし、俊敏だし、再生能力も有している。

そしてもちろん、排泄物や、老廃物も出ない。

それが博士の理想だったらしい。


それを生身のまま体現した俺に対して。

科学者として、そして、人形師として。

心から、賞賛しているようだった。


しかしながら、俺としては素直に喜べない。


「あんたは俺の記憶を見たんだろ?」

「ああ、覗かせて貰ったよ」

「なら、吸血鬼になった経緯も知ってるな?」

「うん。もちろん、知っているとも」

「だったら、俺の過ちも、見た筈だ」

「そうだね。君はとても愚かだった」


俺が吸血鬼となった経緯。

姉ちゃんを救うべく、吸血鬼のスキルを得た。

その後の出来事については、語るまでもない。

間違ったとは思いたくはないけれど。

過ちであったことには、変わりはない。


博士はそんな俺を、愚かと表現した。

その表現は、とてもしっくりくる。

俺は愚か者だ。ゆえに、賞賛には、値しない。


「それがわかっているなら、褒めたりするな」

「わかっているからこそ、ワタシは褒めたい」


両手で俺の頬を挟み込んで、博士が接近。

鼻先が触れ合う距離。キスの予感がする。

思わず目を瞑ると、彼女はくすりと笑い。


「君のそんな愚かさを含めて、愛おしいのだ」


そう言って、博士は俺の額にキスをした。

何度か、柔らかな唇の感触を、額に感じた。

そして再び、彼女は満足そうに、俺を抱いた。


「一目見た時から、可愛くて堪らないんだ」

「可愛いって……俺は男だぞ?」

「外見ではなく、君という存在が可愛いんだ」

「よくわからないな」

「ワタシにもこの気持ちが、よくわからない」


可愛いなんて、初めて言われた。

出来ればかっこいいと言われたかった。

しかし、俺は所詮、冴えないルックス。

しかも、女顔で髪も長め。妥当だろう。


とはいえ、外見は関係ないらしい。

存在が可愛いって、なんだろう。

思い当たるのは、小動物のような存在。

小さくて可愛い、みたいな?

けれど俺はそこまでミニマムではない。


博士にもわからない難問。

彼女に抱かれたまま、暫し黙考して。

ふと、鼻腔をつく匂いの変化に気づく。


それは甘ったるい、ミルクの香り。


赤ん坊を連れている、母親の匂いだ。

定かではないが、母乳の香りなのだろうか。

もちろん、そんなことは、ありえない。


博士はロボットだ。涙や鼻水だって純水だ。

そんな彼女から、母乳など出る筈もない。

きっと俺のただの妄想だ。そうに決まってる。


それでも、思ったことが、つい口を突いた。


「もしかして、母性……とか?」

「は?」

「いや、なんでもない。ただの妄言だ」


キョトンとされて、慌てて前言撤回。

何言ってんだ俺は。恥ずかしすぎる。

顔面に血が集まるのを感じて、悶絶。


博士は俺を抱くのをやめ、顎に手をやり熟考。


そんなにマジになられると余計に恥ずかしい。

もう、空間魔法で異空間に逃げ込みたい。

本気でそうするべきかと悩んでいると。


博士はふむと頷いて、俺の発言を肯定した。


「なるほど、これが母性か。それなら納得だ」

「な、納得……しちゃうのかよ?」

「それ以上に的確な表現は見つからなかった」

「ああ、そうかい」


なんか、納得されてしまった。

まあ、とりあえず、感覚に名前がついた。

博士は嬉しそうに、また俺の額にキスをして。


「ワタシは君を息子として、愛している」

「はいはい。ありがとさん」

「なっ!? し、信じてないのかい!?」

「うるさい。面と向かってんなこと言うな」


また顔が熱い。調子が狂いっ放しだ。

息子とか言われた。なんか嬉しい。

俺の両親は物心つく前に、死んでしまった。

だから、母親の愛情を、俺は知らない。

きっとそんな境遇だから、嬉しいのだろう。


堪らず、照れ隠しに、そっぽを向くと。

博士はそれに気づいたらしく、ニコニコ。

まるで本当の母親のような眼差しをして。


「よもやこの機械の身で母性を感じるとはね」

「俺は愛情に飢えてんだよ」

「ならば、たっぷりと甘えたまえ」

「あんたが甘やかしたいだけだろ?」

「そうだね。母性を感じさせてくれたお礼さ」


そう言って、今度は優しく抱きしめられた。

もう振りほどく気は、失せた。

消毒液の匂いに微かに混じる、母親の香り。

それは俺の抵抗力を削ぐのに、充分だった。


「こんな感情まで教えてくれて、ありがとう」

「それはお互い様だ。だから、話を続けろよ」


このままではマザコン街道一直線だ。

取り返しのつかないことになる前に。

とはいえ、もう遅い気もするのだけど。

ひとまず、話題を本線へと戻す。


「おお、そうだった。どこまで話したっけ?」

「最初の機体に乗ったところまでだ」


第二次性徴を回避するべく生身を捨てた博士。

自ら作り上げた人形に、搭乗したらしい。

彼女の魂とやらを、機械の身体に宿らせた。


「では、この世界の結末について、話そうか」


そして博士は、その後の推移を、語り始めた。

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