第53話 『父性を感じて』
「俺の膝に座るのはやめろ、坊主」
「だから、今は坊主じゃないってば」
人間の国に俺の意向を伝えた大泥棒。
とはいえ、世界の滅亡の件は伏せた模様。
エルフという戦力を盗んだことにしたらしい。
しかしながら、聖女2人は未だ俺の手の中。
国王は役立たずの家来を左遷したようだ。
というわけで嬉しいことに、棚からぼたもち。
彼は監視役として、再び俺の城にやってきた。
そして何故か使者である受付嬢もついてきた。
「おや? 君も来たのかね?」
「は、はい。監視役として……」
「それなら私が可愛がってあげよう」
受付嬢の相手はスライム姫が適任だろう。
前世でもかなり仲睦まじかったようだし。
来訪を知り、ショタに変身したスライム姫。
魔力を失い枯渇気味の幼児。とても可愛い。
「ほわぁああ!? 可愛い! 可愛すぎます!」
「ふふっ。ありがとう。好きにしたまえ」
「よ、よよ、よろしいのですか!?」
「私は抱かれるのが好きだ。君は温かいな」
「ふぁ……スライム様は、柔らかいですね」
そんな可愛いショタに誘惑される受付嬢。
人間の使者であるのにも関わらず、デレデレ。
やはり彼女は重度のショタコンらしい。
寒がりなスライム姫に熱い抱擁をされている。
そんな心温まる仲良しな2人とは対照的に。
大泥棒のおっさんはなかなかにツンデレだ。
というか、一切デレる素ぶりを見せない。
俺の女体化姿にも無関心で、素っ気ない。
せっかく膝に乗ってもすぐに降りろと言う。
そんなに魅力がないのかと、落ち込んでると。
「それで坊主。記憶は整理は出来たのか?」
「ああ、うん。一応、やるだけやってみた」
闇のゲートから、物理結界の球を、取り出す。
中には七色の煙が渦巻いている。俺の記憶だ。
泥棒スキルにより、自分の記憶を球に込めた。
このアイデアは、かわゆいボスの真似をした。
彼女のダンジョン内に転がっていたガラス球。
それを参考に作ってみたのだが、難しかった。
「いや〜危うくパーになるとこだったよ」
考え無しに記憶を抜き取ったら、ボケ老人化。
自分が、何者かすら、わからなくなったのだ。
幸いにも、竜王や配下の怪獣が助けてくれた。
記憶球を頭に押し付けられて、事なきを得た。
「これからは、記憶の操作は慎重にやれ」
「わかった。肝に銘じておくよ」
「忘れたってことすら、忘れちまうからな」
大泥棒の忠告が重く響く。記憶操作の危険性。
記憶は、人をその存在足らしめる。魂である。
俺が自己を保つ為に、失ってはならないもの。
一旦パーになってから事なきを得たその瞬間。
俺は恥ずかしながら、大泣きした。号泣した。
これまであった、嬉しいことや、悲しいこと。
そして自分の罪と、出歯亀の死を思い出して。
一度あった苦しみを、もう一度味わう羽目に。
今は立ち直ったがまた廃人になるとこだった。
あの血の気の引く感覚を思い出すと、震える。
「ずいぶんと、怖い思いをしたみたいだな」
「ああ。だからおっさん、俺を慰めてくれ」
「嫌だね。なんで俺がそんなことを……」
「いいからパコれよ! 男だろうが!!」
「いや、お前も男だろうが……」
難色を示すおっさんに、つい欲求をぶつける。
このおっさんは素敵で優しいけど、ノンケだ。
だからこうして、女体化してやってるのにさ。
彼はとても、頑固なおっさんだった。
未だ俺の正体が男であることに拘っている。
馬鹿馬鹿しい。正体が男とか関係ないのに。
今は何もついてない。ならば、健全だろう。
どうして、気持ちをわかってくれないのかと。
むしゃくしゃして、全裸にでもなろうとして。
その間際、呼びもしないのにまた奴が現れた。
「マスターは俺が慰めるっす!」
志願する毒蜘蛛男。俺は汚物を見る目で。
「やめろ。気持ち悪い。どっかいけ」
「なんで俺じゃ駄目なんすか!?」
「お前は男だろうが! 俺はホモじゃない!」
バッサリ切り捨てて、転移魔法で強制排除。
まったく、なんなんだ、あの毒蜘蛛男は。
ちょっと優しくしてやったら、変に懐いた
俺の本来の姿が男ってこと、忘れてんのか?
胸は揉ませても、心まで許したわけではない。
それなのに、今じゃすっかり彼氏気取りだ。
俺たちは男同士なのだから、やめて頂きたい。
心底迷惑しているので大泥棒に助けを求める。
「おっさんからも叱ってやってくれよ」
「どうして俺が叱らないといけないんだ」
「そりゃ、俺は一応、あんたの女だから……」
「坊主、いい加減にしろ。パーにするぞ」
やべ。大泥棒に怒られた。嫌われたくない。
「ご、ごめんね……?」
「気持ち悪いから普通に喋れ。パーにするぞ」
「なんだよ、ノリが悪いな〜おっさんは」
おっさんがアイアンクローをしてきた。怖い。
上目遣いをやめて、半眼で睨む。パーは嫌だ。
おっさんは、肩を竦めて、タバコを取り出す。
すかさずデュポンを取り出して、先端に着火。
おっさんはタバコを深く吸い込み、話題変更。
「とりあえず、頭痛は治ったようだな」
「ああ、おかげ様で」
「なかなか、壮絶な人生だったみたいだな」
「前世のことか?」
「さっき、覗かせて貰った」
アイアンクローの際に記憶を覗かれたらしい。
とはいえ、今更それを隠すつもりはないので。
手癖の悪いおっさんを咎めることなく、溜息。
「かなりハードだったろ?」
「そうだな。しかし、気になることがある」
「気になること?」
「坊主にとって、今の記憶は前世だった」
「だからそう言ってんだろ」
「だが、俺たちにとってもそうとは限らねぇ」
意味深な言葉を、紫煙と共に、吐き出して。
「そういや、吸っていいか?」
今更ながら、お約束のボケを挟んできた。
もうそれ、完全に前置きじゃないよね?
かなりの時間差の喫煙宣言に呆れつつ。
俺なりにおっさんの言葉を解釈してみる。
「それは俺にとっての前世が、他の奴らにとっては前世ではない可能性があるってことか?」
「そういうことだ。案外、物分かりがいいな」
大泥棒のおっさんは、正答した俺を、褒めた。
褒めてくれた。大泥棒に褒められた。嬉しい。
それだけで記憶の謎とかどうでもよくなるが。
大泥棒のおっさんは、またしても意味深に。
「まあ、魂に時系列があるかは知らんがな」
そんな、独り言のような言葉。魂の時系列。
先程述べたように、記憶とは魂とも言える。
それに時間の概念が当てはまるのか、否か。
恐らく、通常ならば、当てはまらない。
なぜならば、皆、忘れてしまうからだ。
輪廻転生した者は、前世の記憶を失う。
魂はまっさらな状態にリセットされる。
けれど俺は前世の記憶を忘れなかった。
だからこそ、前世であると理解できる。
前居た世界から、別な世界に移ったと。
それはもちろん、俺の中だけの理解だ。
記憶がない以上、他の者には確認不可。
彼らにとってそれが前世なのかは不明。
「もしかしたら、来世の可能性もあるのか」
「だから、時系列はないかも知れないだろ?」
「そうか。つい、順番を気にしちまうな」
「時を認識している俺たちは囚われるからな」
なにやら、とても難しい話で、こんがらがる。
おかしいな。大泥棒は短命の人間の筈なのに。
この異世界に来て数百年経つ俺より、大人だ。
改めて、彼の大人な魅力に惹かれていると。
「さて、そろそろ無駄話は終わりだ」
「もっとおっさんと話したい」
「だから、気持ち悪いっての」
苦い顔をして、おっさんは嘆息。本題に移る。
「あの炎使いのエルフの嬢ちゃん、本気だぜ」
話題は炎使いのエルフの近況。本気らしい。
「ま、そうなるように仕向けたからな」
「坊主を倒す為に、躍起になってるよ」
「それは重畳。んで、指輪作りの進捗は?」
「ドワーフの長老が手伝ってる。完成間近だ」
神の指輪は完成間近らしい。計画は順調だ。
「それなら良かった。流石は会長だな」
「坊主、本当にいいのか?」
「なにが?」
「そろそろ、殺されちまうんだぞ?」
なんと。心配された。それは非常に嬉しいが。
「見くびんな、おっさん。誰に物言ってんだ」
邪神たるオレ様に、そんな同情など、不要だ。
「悪かったよ。だから、んな怒んな」
「許して欲しかったら、ぎゅっとしろ」
「嫌だと言ったら?」
「便意促進魔法をぶっ放す」
「そりゃ怖い。恐ろしいガキンチョだぜ」
俺が凄んだって、怖くもなんともない癖に。
大泥棒は、脅迫されるがまま抱いてくれた。
彼は俺をガキンチョと呼んだ。見たままだ。
炎使いに注いだ魔力は、回復しきってない。
黄ばんだ月では、蒼い月程の回復力はない。
俺はあれ以来、背丈は元の半分程しかない。
スライム姫も、竜王も、幼女の姿のままだ。
今やすっかり魔王城は保育園と化している。
千里眼に映る、眼下に集結した人間の大軍。
彼らの俺に対する敵対心をひしひし感じる。
弱ったまま、俺たちは、最終決戦を迎える。
「なんだ坊主、震えてるじゃねぇか」
言われて気づく。俺は震えていた。鼻声で。
「どうしてだと思う?」
「さあな。びびってんのか?」
「怖さよりも……寂しくてさ」
「寝ろ。余計なことは、考えんな」
告白すると、抱く力が強まり父性を感じた。
「俺が眠るまで、そうしていてくれ」
「へーへー。糞をぶち撒けたくないからな」
大泥棒の優しさに甘えて、俺は目を閉じた。
表向き脅しているのは、出歯亀への言い訳。
きっと彼に抱かれる俺を彼女は叱るだろう。
それでも、もはや出歯亀は、そばにいない。
本来ならば、添い寝相手は、出歯亀なのに。
いないのだからどうしようもなく、寂しい。
だけど他の女に抱かれるよりはマシだろう。
同じ男である毒蜘蛛男よりも大泥棒は大人。
前世で両親がいなかった為、確証はないが。
ノンケの彼は父親感覚で俺を抱いてくれた。
だからきっと、出歯亀だって許してくれる。
そんな勝手な解釈をして幼女の俺は眠った。




