第48話 『揉んで揉まれて』
「竜王様にちょっと頼みがあるんだけど」
「なんじゃ小僧、改まって」
毒蜘蛛騒動からしばらく経ち。
平穏を取り戻した俺は竜王とお散歩中。
いや、それだと語弊があるな。遊びではない。
世界樹の葉やら実を採集しに来たのだ。
世界樹の葉は煎じて溶かせば回復薬となる。
高濃度だとハイポーション。
低濃度だと普通のポーション。
これは別段、世界樹の葉限定の効能ではなく、魔素を含んだ植物全般に共通する薬効である。
この世界樹のてっぺんでは高濃度の魔素を含んだ葉が採れるので、ハイポーションが出来る。
下界の草木にも多少の魔素が含まれているが、それを手間暇かけて濃縮してもせいぜいポーション程度の効果しかない。魔素が薄いのだ。
俺の前の世界で神や炎の生徒会長が使用したポーションは、恐らく、あのかわゆいボスが生息していたダンジョンに自生していた植物から抽出したものだろう。あそこはかわゆいボスの影響でかなり魔素の濃度が高かったと思われる。
そして世界樹の実とは、金のリンゴである。
貴重な物らしく、新聞と一緒におすそ分けをすると、大層喜ばれ、お返しの品も豪華な物に。
それにより、いろいろな魔道具が手に入った。
それはさておき、気になるのはそのお味だが。
非常に美味で、エルフ達はそれをすり潰してジュースにした飲み物をネクタルと呼んでいる。
甘く、それでいて爽やかな酸味。初恋の味だ。
おっと。初恋と言うと、あの出歯亀がよぎる。
あいつは現在お留守番中。運動嫌いだからな。
引きこもりの初恋相手なんか、どうでもいい。
話を戻そう。ネクタルはその効能もすごい。
世界樹の葉の何倍も濃い魔素を含んでおり、濃縮すればエリクサーが出来上がる至高の果実。
エリクサーについてはそれらしき物を神にふりかけられたことがあるが、一瞬で全回復した。
あの時は人間だったので、命拾いしたものだ。
さて、そんな貴重な葉や実を採集しながら。
同伴する竜王様に、ちょっとしたおねだり。
とはいえ大したことではない。些細な頼みだ。
「胸を触ってもよろしいでござるか?」
「冷静さを欠いて口調がおかしくなってるぞ」
俺としたことが、持病の童貞が発症するとは。
侮蔑の眼差しをこちらに向ける竜王様。
ちなみに彼女は今、人化形態である。美女だ。
バニーガールの様な格好でお胸を晒している。
紳士として、その重そうな胸を支える義務が。
いや、そんなくだらない言い訳はよそう。
出来る限り、真摯に、懇願するが、礼儀。
「実はもう俺、最近おかしくなりそうでして」
「貴様は最初からおかしかったじゃろ?」
「いえ、それどころの騒ぎではないのです」
「何があったと言うのじゃ?」
「あの毒蜘蛛男の世話で、もう、俺……」
「ああ、なるほどな。あい、わかった」
後半はもう涙声だった。毒蜘蛛男の世話。
その激務により、心身共に疲弊しきっていた。
そんな俺の苦労を察して、竜王様は快諾した。
ひょいと俺の手を谷間に導く、竜王様。
「ほれ、存分に触るがいい」
「うひゃあっ!?」
俺はびっくり仰天して、飛び上がる。
「えっ? 何故乙女のような悲鳴を……?」
「いえ、俺にも心の準備がですね……」
怪訝な顔をする竜王様に、心中を明かすと。
「なにを怖気付いておる! 早く揉まんか!」
「ひゃ、ひゃい! 有難き幸せっ!!」
怒られたので、モミモミ開始。
すげー弾力。筋肉質なのか、わりと固め。
しかし、それが揉み応えを生み出している。
この! これでもか! そんな感じで鷲掴み。
もちろん、超然としている竜王様は、一言。
「卵が産みたくなってきた」
「えっ?」
ポツリと漏らしたその言葉。幻聴だろうか?
卵がどうたら聞こえたが、最近疲れてるしな。
これも全て毒蜘蛛男のせいだと憤っていると。
「小僧、儂とつがいになる気はあるか?」
「つ、つがい……?」
「儂を孕ませる気があるのかと聞いておる」
「は、孕ま……!?」
なんだなんなんだこの流れ! 濡れ場か!?
おいおい、そうならそうと言ってくれよ。
こっちにだって、色々と準備ってもんが。
いやいや、そうじゃなくて何言ってんの!?
「竜王様は卵が産みたいでごじゃりますか?」
「口調が大変なことになってるぞ」
「あ、揚げ足を取らないでごじゃりませ!!」
駄目だ。童貞特有の奇病が発作マグナ(?)。
俺は出歯亀のアホヅラを思い浮かべ、深呼吸。
よし、萎えた。しなしなだ。落ち着いたぞ。
「俺が相手で卵を産めるのか?」
「貴様は変身が出来るじゃろう?」
「ああ、なるほど。それでか……」
どうやら俺の変身能力に目をつけたらしい。
竜に変身すれば、身体の相性は問題ない。
すると、残る問題は心の問題だけだけど。
「別に俺が好きってわけじゃないよな?」
「そうじゃな。盟友としては信頼しておるが」
盟友。盟友かぁ。嬉しいけど、複雑だな。
「好意がないなら、よした方が良くないか?」
「はあ……本当に小僧はヘタレじゃのう」
「な、なんだよ!? 揶揄ったのかよ!?」
ヘタレ呼ばわりされて、激昂。
そんな俺を見て、竜王はやれやれと首を振り。
そして、チロリと、トカゲの舌を出して。
「冗談に決まっておる。このたわけ者めが」
ニシシと、ギザギザの牙を見せて、笑った。
ぶち切れようかとも思ったが、ふと気づく。
その笑顔が、どこか、寂しげであることに。
それで怒りは萎んで、文句を言うに留める。
「お前な……びっくりするだろうが」
「すまんすまん。ムラムラしたのはほんとじゃ」
「胸くらいなら、いつでも揉んでやんよ」
「竜の生殺しとは、このことじゃな」
軽い口調で、冗談を交わし合う。
さっきの表情は気がかりではあるけれど。
余計な詮索は良くないと思い、帰宅を促す。
「んじゃ、そろそろ帰るか」
「なあ、小僧」
「ん? どうした?」
採集した世界樹の葉と実を闇のゲートに収納していると、くいくいと袖口を引かれた。
尋ね返すと竜王は泣きそうな顔で聞いてきた。
「儂は何故……独りなのじゃろうか?」
悲しげな竜の問いかけ。答えは持ち得ない。
竜王はこの世界唯一の竜らしい。孤高の存在。
それは彼女の孤独を、如実に示している。
「さてな……その理由を、俺は知らないけど」
その理由は定かではない。わかる筈もない。
それでも、気休め程度には、なるかと思い。
無知な俺は、僭越ながら竜王の赤髪を撫でて。
「お前に旦那が居たら、居場所がなくなる」
そんな、くだらない冗談で茶を濁す。
とはいえ、俺にとっては死活問題である。
俺は次々に怪獣を生み出す、迷惑な存在。
世界樹のてっぺん以外には居場所がないのだ。
だから真剣な顔で言ったのだが、竜王は爆笑。
「なんと阿保らしい答えじゃ! 気に入った!」
「それはそれは、恐悦至極にございます」
阿保らしくても、竜王が笑顔ならそれでいい。
慇懃にお褒めの言葉に傅いてみせると。
竜王様は上機嫌で俺を抱きしめて、嘯く。
「小僧のような不埒者なぞ、儂に夫が居ればすぐさま消し炭になっておったじゃろうな」
「何度消し炭になろうが、俺は蘇るけどな」
「そしてまた懲りずに胸を揉みに来るのか?」
「もちろん。とても魅力的なお胸ですからね」
心地良い軽口の応酬。竜王は俺に頬ずりして。
「これからは好きな時に揉むがいい」
「ははっ! 勿体なきお言葉」
早速揉んでみる。調子に乗って、お尻も。
竜王の鱗に包まれた、スベスベの美尻。
ボリュームも張りも申し分なく、完璧な尻。
どれだけ揉みしだいても、竜王は怒らない。
それどころか、更に機嫌を良くして蒸し返す。
「実に愉快じゃ! 卵を産むのが楽しみじゃ!」
「いえ、それはちょっと……」
そんな具合に竜王と親交を深めて、帰宅。
すると城の前に人化した蝙蝠が立っていて。
何やら慌てて、こちらに向けて飛んできた。
「マスター! タイヘンデス!」
「どうかしたのか?」
「デバガメサンガ、カンカンデスヨ!」
「はあ?」
出歯亀が怒ってるって? なんじゃそりゃ。
腹でも減ったのだろうかと思いながら。
首を傾げつつ、城内に入ると、怒声が響いた。
「遅いです! 編集! 仕事れすよ!!」
「は、はいっ! ただいま!!」
帰って来て早々、原稿を突きつけられた。
俺はすぐさま編集者モードでそれを印刷。
複写し終わり、何気なく、紙面を見ると。
そこには、竜王の胸を揉む、俺の写真が。
「な、なんだこりゃ!?」
「ふっふー! 念写機で激写したれす!!」
出歯亀の手には、最近貰った念写機が。
世界樹の実のお返しに、魔道具屋のおっちゃんがくれた物だ。それで隠し撮りしたらしい。
念写機とは目で見た光景を撮影する魔道具だ。
強力な千里眼を持つ出歯亀には、うってつけ。
禁断の組み合わせ。持たせてはいけない道具。
出歯亀は正真正銘の、盗撮魔となっていた。
「撮る前に許可くらい取れよな」
「うるさいです! さっさと配達してこい!」
「はいはい。何そんなに怒ってんだが……」
記者に叱られながら、編集は号外を配る。
竜王の胸を揉むには、それだけの覚悟が必要。
げんなりしつつ召喚陣で新聞を配り終えると。
「おお、小僧。配達は終わったのか?」
「ああ、また悪評が広まっちまった」
「気にするな。それより、卵の件じゃが……」
「まだ言ってんのか? 卵は早いっての」
またもや卵の件を蒸し返され、更にげんなり。
「卵って、どういうことれすか!?」
「イツノマニ、ソンナ、カンケイニ!?」
その会話を聞いた出歯亀と蝙蝠が、詰め寄る。
どうにかしてくれと竜王に視線を送るが。
彼女は俺に擦り寄って、余計な一言をほざく。
「近々可愛い卵が産まれる予定じゃ!」
「ズルいれす! 私も産みたいれふ!!」
「ワタシモ、ウミタイデス!!」
「お前らは卵生じゃないだろ……」
エルフも蝙蝠も哺乳類である。卵は産まない。
そう言っても聞く耳を持たずに、憤慨されて。
新たに【種馬糞魔王】という称号を、賜った。
それは翌日の朝刊に載ることになるのだが。
その前に、気の乗らない日課を済ませる。
荒ぶる出歯亀と蝙蝠と竜王を寝かしつけて。
俺は1人、オーロラが靡く夜空の下を歩く。
すぐに目的地である蜘蛛の巣まで辿り着いた。
「待ってたっすよ〜! デカパイマスター!」
「デカパイって言うな」
蜘蛛の巣から逆さまに降りてきた毒蜘蛛男。
背後に降り立った彼は、そのまま抱きつく。
後ろから抱き竦められ、その場に座り込むと。
予め女体化していた俺の爆乳を、乱暴に弄る。
何度叱っても効果はない。だから、諦めた。
されるがまま、揉まれながら、魔力を与える。
昼間は俺が揉む側だった。それなのに今は逆。
何を隠そう、これが最近の頭痛の種である。
揉んで揉まれて、もうね……気が狂いそう。
昼間竜王に頼み込んだのも、これが理由だ。
毎晩毎晩こんなことをされて、不安になった。
女の姿の俺からすれば、彼の手は大きくて。
乱暴に揉まれるとその力の強さがよくわかる。
作り物の胸は何も感じないのが不幸中の幸い。
まあ、だからこそ、好きにさせてるのだが。
別に胸なんて、揉まれて減る物ではない。
魔力だっていくらでも月光で回復できる。
そんな、諸事情などもあって、とうとう。
俺は、都合の良い女に、なってしまった。
もちろん、良くないことだとは、思うけど。
毎晩の魔力供給によって、彼を生かしている。
瘦せぎすだった蜘蛛男はいくらか肉がついた。
こけた頬が健康的になったのを見ると嬉しい。
恐らく、これが貢ぐ女の感覚なのだろう。
駄目なヒモ男を養う、充実感? みたいな。
そんな気持ちで、今日も俺は彼に揉まれた。
揉まれている間は、手持ち無沙汰だ。
異空間からヘッドホンを取り出し、鳴らす。
時折、制服のスカートに侵入しようとする魔の手を払いのけながら、彼の住処を眺める。
蜘蛛の巣の片隅には真新しい機織り機がある。
あれもまた、世界樹の実のお返しの品だ。
「機織り機はどんな感じだ?」
「一応、俺の糸で布を織ってみたっす!」
「ふむ。どれどれ?」
蜘蛛男は得意げに純白の布を取り出す。
蜘蛛の糸で織った布。丈夫そうだ。
肌触りも滑らか。まるでシルクのようだ。
この異世界には養蚕の文化がないようなので、この布地はそれなりに需要を見込めると思う。
これで純白のウェディングドレスなんかを作れば、さぞかし美しい仕上がるとなるだろう。
知り合いのエルフっ子にも着せてやりたいな。
もちろん、俺の花嫁として。燃えてきたぜ!
なんて野望を抱いていると、旋律が聞こえた。
「なんだ? 今の音は?」
「楽器を作ってみたっすよ!」
ヘッドホンを外して、振り向く。
すると、毒蜘蛛男の手に、ハープらしき物。
世界樹の枝に蜘蛛の糸が張ってある。
それを指で弾くと、心地よい音色が響き渡る。
「へぇ……上手いもんだな」
「でしょ? まあ、暇だったもんで」
感心していると、ふと気づいた。
「なんか、聞き覚えのある曲だな」
「いつも耳あてで聴いてる曲っすよ〜」
いつも耳あてで聴いてる曲。
それはヘッドホンから流れる曲だ。
姉ちゃんのお気に入りの、一曲。
蜘蛛男は、その曲を耳コピしたらしい。
「お前、意外と器用な奴なんだな」
「いつもお世話になってるお礼っす!」
あ、なんだろう、この感覚。ふわっとする。
やばい。嬉しい。なんか、照れる。恥ずい。
この蜘蛛男、ただの下衆野郎かと思ったら。
本当に、ヒモとしての才能が溢れてやがる。
照れ臭いので、顔を背けつつ、命令する。
「……もっと弾け」
「任せろっす! じゃんじゃん弾くっすよ〜!」
オーロラが靡く異世界の夜空に。
手作りハープの優しい音色が響く。
やはり食えない蜘蛛男の肩に頭を乗せて。
こいつを世話して良かったと、心から思った。




