第46話 『ふしだらな真理』
「どうだ?」
「んっ……もうちょっと、右……です」
「ここか?」
「んあっ!? そこ、すごくいいれす……!」
その日、俺は出歯亀の上に乗ってお仕事中。
糞魔王たる俺の魔の手より、身をよじらせる。
そんな2人だけの世界に来訪者が。
「やほ〜! テクノ君、遊びにきたよ〜!」
「くっくっくっ……我が念力をもってすれば、世界樹の頂上までひとっ飛び……はあ、疲れた」
いつものベッドに乗って、お馴染みの2人が。
ダルっ子と痛い子だ。遊びに来たらしい。
2人が飛んで来たことはちょっと前に気づいた。
手下のワイバーンと蝙蝠が騒ぎ出したからだ。
何かと思って千里眼で見やると彼女達だった。
それを知った俺は先んじて、お客様を襲うことがないよう、親分の怪獣2匹に迎えに行かせた。
「マスター、ツレテキマシタ」
「この儂をパシらせるとは、覚えておれ」
怪獣2匹は人化して俺に侍る。好意はない。
ただ俺の溢れ出る魔力を吸いたいだけだ。
それでも擦り寄られたら気分がいいものだ。
「よく来たな、俺の城に」
出歯亀を喘がせながら、2人の美女に囲まれ。
真っ黒な物理結界の城にて客人を歓迎。
ちょくちょく改築した魔王城である。
居候だった俺も、今や所帯持ちである。
とはいえ、威厳は皆無。女を囲った糞魔王。
そんな俺を見て痛い子とダルっ子はドン引き。
「ふわ〜あの記事って、マジだったんだね〜」
「くっくっくっ……見損なったぞ、下僕」
「いや、こき使われてんのは俺だからね?」
慌てて弁明する。世界樹に住み、早3ヶ月。
来た当初は、確かに滅茶苦茶をやったさ。
ワイバーンと竜王を屈服させる必要があった。
しかし、その結果、出歯亀の不興を買った。
もちろんそれは誤解によるものが大きい。
後日、経緯を記憶を見せながら説明した。
出歯亀は、あっさりしてるのですぐ許した。
けれど、その日から担当編集は小間使いに。
「吸血鬼さん、手が止まってまふよ」
「あ、すみません、先生」
「もっと力を込めて揉むです!」
「は、はいっ! こうですか?」
「むぎゃー!? 痛いれすぅ!?」
えっ? さっきから何してるって? 説明しよう。
何を隠そう、俺は出歯亀の腰を揉んでいた。
物書きってのは、腰を痛めがちな職業だ。
それを改善するには、運動が一番なんだが。
この新聞記者エルフは運動が大の苦手である。
だから仕方なく、こうして腰を揉んでいる。
「ていうか、なんで裸なのさ〜?」
「くっくっくっ……いやらしい」
来客2人に厳しいご指摘を頂戴。
出歯亀はマッパでうつ伏せだった。
その上に俺が乗っている。不味い絵面だ。
とはいえ、やましいことは何もない。
単純に、日課の丸洗いを終えた後だから。
今日も今日とて水弾で洗浄して、腰を揉む。
これは、風呂上がりのマッサージなのだ。
だからそう説明したのだが。
「テクノ君って、なんかズレてるよね〜」
「くっくっくっ……だからモテないのだ」
言わせて置けば、好き勝手言いやがって。
「どこがズレて、なんでモテないんだよ!?」
「女の子の扱い方がズレてるんだよ〜」
「ふははっ! そんな接し方ではときめかん!」
問いただすと、接し方がおかしいとのこと。
「具体的にどこが駄目なんだ?」
「駄目って訳じゃないけど〜」
「くっくっくっ……優しすぎる」
意味がわからない。それのどこが悪い。
「優しいって、褒め言葉じゃないのか?」
「ん〜長所だとは思うんだけどね〜」
「ふははっ! 最大の短所でもあるのだ!」
長所であり、最大の短所。なんだそりゃ。
というか、痛い子の笑い声がうるさい。
悔しいやら腹立つやらで、奥歯を噛みしめる。
すると、俺に乗られている、出歯亀が。
「吸血鬼さんは、それでいいですよ〜」
のんびりした声で俺の在り方を肯定。2匹も。
「そうじゃな。だからこそ、そばに居れる」
「マスターハ、イッショウ、ドウテイデス」
おい蝙蝠。何決めつけてんだ。憤っていると。
「テクノ君は、結局手を出さないもんね〜」
「くっくっくっ……チキンだからな」
チキンだって、やる時はやるさ。今に見てろ。
「お、俺だってOKサインさえあれば……!」
「なら、いいよ〜」
「えっ?」
「OKサイン、出してあげる〜」
ちょっと強気なことを言ったら、ダルっ子が。
OKサインを出してくれた。いいらしい。
この天然ビッチの貞操観念はどうなってんだ。
そのまま彼女は俺の眼前へと、歩み寄り。
タレ目がちな目を伏せて、唇を突き出した。
いい匂いがする。ゴクリと喉を鳴らし、接近。
誰も止めようとしない。
よし、いこう。いくぞ。
初チューを味わう前に。
「あのさ、ダルっ子」
「ん〜? なぁに〜?」
「もっとお互い仲良くなってから……」
「はい、アウト〜! そーゆーとこだよ〜」
パチッと目を開けて、すっと離れるダルっ子。
試されていた。それを知って、呆然自失。
彼女の残り香が、哀愁を誘い、ジワリと涙目。
悔悟の念に苛まれる俺を、女性陣が詰る。
「ほんとに意気地なしだね〜テクノ君は」
「ふははっ! 男の風上にも置けぬ奴だ!」
「小僧にはガッカリじゃ」
「マスターハ、ホモ?」
なんなの? みんなグルだったの?
次々に罵声を浴びされ、ガクガク震える。
もうやだ。女、怖い。だったら、ホモでいい。
女性恐怖症になりかけた俺に気づき。
のそりと全裸の出歯亀が起き上がって。
優しく抱きしめて、耳元で囁いた。
「大丈夫れす。それのままでいいでふよ〜」
「で、でも、俺、意気地なしで……」
「そこがいいれす。だから、泣かないで?」
まただ。また、この新聞記者に、ときめく。
彼女は既に、あのぐるぐる眼鏡ではない。
俺がダルっ子と作ってやった黒縁眼鏡。
その奥には、初恋相手のキラキラした瞳が。
心臓が苦しい。頭がぼうっとする。
酷く喉が乾く。吸血衝動が湧き上がる。
それをなんとか抑え込んで、尋ねる。
「お前は何なんだよ、出歯亀」
「私は美人新聞記者でふ!」
「美人は余計だ。そうじゃなくてさ」
とぼけた返事に、頭をガシガシ掻いて。
「俺のことが好きなわけじゃないんだろう?」
「そうれすね。それがどうかしましたか?」
「だったら、こんなこと、すんなよ」
我ながら情けない文句だ。恥ずかしい。
今の状況はまるで幼児が守られているようで。
ちっぽけな自尊心が幼稚な反抗をしていた。
そんなガキな俺を更に出歯亀は抱きしめて。
「こうすると、気持ちいいでしょう?」
「まあ……それなりに」
そう答えるしかない。誰だって、そうだろう。
「吸血鬼さんは、私が好きなんですか?」
「はあ!? んなわけないだろ!?」
反射的に、否定する。恋愛感情は、抱けない。
「でも、気持ちいいれすよね?」
「うぐっ……ああ、気持ちいいよ」
「私も、気持ちいいです。だから、このまま」
ぶっきら棒な返答に、嬉しげに笑う出歯亀。
だから、このまま。その意味が、伝わる。
恋愛感情とか、そんなものはなくていいと。
ただお互いが心地よければ、それでいいと。
それは人が誰かと一緒にいる、真理かも。
それを理解しながら、良心の呵責を覚える。
傍から見れば、とても堕落した関係だ。
穿った見方をすれば、ふしだらとも言える。
これでいいのだろうかと、葛藤するも。
出歯亀は全体重をこちらに預けていて。
その静かな呼吸音や、温かな体温を感じ。
彼女は何も悩んでいないことが、わかった。
ならば、俺だけが悩んでいるのは阿保らしい。
なんだが負けた気になる。そんなガキっぽさ。
それは男の短所ではあるが、こんな時は便利。
俺はわざとらしく長嘆を吐きだして。
「ならこのままでいいや」
「糞魔王さんは、甘えん坊でふ」
「生意気だぞ、出歯亀」
そんなやりとりを交わしていると、ニヤニヤ。
周囲の野次馬の不快な視線が、刺さる。
とはいえ、照れるような間柄ではないので。
「いくら見られても、気にするもんかよ」
「抱っこしたまま凄んでも駄目だよ〜」
「ふははっ! 弱く見えるぞ! 下僕!!」
弱く見られて、結構。それなりに自覚してる。
「んで? お前ら、なんの用で来たんだ?」
「あ、これを渡しに来たんだった〜」
「くっくっくっ……受け取るがいい」
用件を尋ねると、なにやら巻物を取り出す。
それを広げると複雑な魔法陣が描かれていた。
刻まれたルーンにどのような意味があるのか。
矯めつ眇めつ眺めていると、解説された。
「これは転移ゲートの魔法陣だよ〜!」
「くっくっくっ……召喚陣とも呼ぶ」
召喚陣。すると、何かを召喚出来るのか?
「どうしてこんな物をここに?」
「毎回飛んでくるのは面倒だからね〜」
「ふははっ! これで行き来が楽になるぞ!」
その後、ダルっ子が解説してくれたのだが。
これと同じ物をエルフの里にも設置したと。
これで、下界と自由に行き来可能となった。
「んじゃあ、用も済んだし帰るね〜」
「くっくっくっ……また遊びにくるね」
「おう。いつでも遊びに来てくれ」
そんな別れの言葉のついでに、ダルっ子が。
「そう言えば最近、森に蜘蛛が多くてさ〜」
「蜘蛛?」
「ふははっ! 我は蜘蛛が大嫌いだ!」
「そうか。わかった。調べてみるよ」
そんな、気になることを言い残して。
彼女らはその召喚陣の上に乗り、帰宅。
刻まれたルーンが発光して、消え去った。
魔王城の黒い床に置いたそれを、観察。
ふと閃いて、胸に抱く出歯亀に尋ねる。
「なあ、出歯亀。これを応用出来ないかな?」
「応用って、どうするつもりれすか?」
「エルフの郵便受けに設置すれば配達が楽だ」
「おおっ! それは名案ですね!」
ノリノリの出歯亀と作業開始。その前に。
「まずは服を着ろ」
「わあっ!? そう言えば私、全裸でした!」
世界樹のてっぺんは、高さとは裏腹に暖かい。
雲の上なのに暖かいのは魔素の影響らしい。
魔素は大気中に含まれる魔法の補助燃料。
詠唱はこの魔素を利用して、魔力を補う。
それにより、より強力な魔法が使えるらしい。
そんな魔素がこの世界樹から放出されている。
あのオーロラも、月明かりに反射した魔素だ。
それが世界の大気に混ざり、保温効果を発生。
その温もりによって、この頂上は快適だった。
しかし、じきに日暮れだ。流石に夜は冷える。
暮れゆく夕陽と、昇りくる蒼い月。
俺は出歯亀が着替えを待ちながら。
千里眼にて、雲海の下の森林を眺める。
あの2人組は蜘蛛がどうの言っていた。
蝙蝠事件から、丸3ヶ月。今晩は満月だ。
なんとなく、胸騒ぎを覚えながら、俯瞰。
しかし、蜘蛛は小さすぎて発見出来ない。
やむなく、蜘蛛も捜索は切り上げて。
着替え終えた出歯亀新聞記者と作業開始。
新聞の複写用の魔法陣で召喚陣を複写。
縮尺して、小さくなった召喚陣を試験。
2枚の新聞はそれぞれ任意の召喚陣に転移した。
問題無さそうだ。新聞程度なら転移可能。
俺は転移魔法にて、それを郵便受けに設置。
これで今晩からは、だいぶ手間が省ける。
出歯亀に夕飯を食べさせてから、外へ。
目下の懸案事項たる蜘蛛の捜索を再開。
傍らには、護衛のつもりか、2匹の怪獣。
「出歯亀、ちょっと眼を借りるぞ」
「はい、どうぞ」
後ろ向きに抱えた彼女の後頭部に額を付ける。
これは最近編み出した、泥棒スキルの応用技。
こうすると、出歯亀の視界を盗み見れるのだ。
彼女の強力な千里眼スキルで、世界を見渡す。
その膨大な映像の情報量に頭痛を感じつつ。
辛抱強く探していると、1人の幼女が。
なにやらしゃがみ込んでいる。耳が短い人間。
そこはよくよく見ると、トイレらしく。
「こら、出歯亀! なに見てんだよ!?」
「だ、だって、気になりまして!」
堪らず叱りつけるが、出歯亀はガン見を継続。
これでは完全に盗撮だ。やめさせなければ。
俺が盗撮魔の後頭部から額を離す、その間際。
「ん? あれは……蜘蛛か?」
お尻丸出しの幼女に忍び寄る、デカい蜘蛛。
大きさは人の頭部程。幼女は気づいてない。
俺は即座に闇のゲートを展開。トイレに出る。
「ふぇ? だ、誰でしゅか……?」
突然現れた俺にびっくりする幼女。
無理もない。何せ出歯亀を抱いたままだ。
しかし、こちらもその幼女の顔を見て驚く。
それはいつか見た、ヒヒイロカネの幼女。
しかし説明している暇はない。手刀を振るう。
「ひぃやあああああ!? パパー!!」
蜘蛛は排除したが、幼女が悲鳴をあげた。
すると、即座にトイレの扉が開いて。
おっとり刀で駆けつけた、担任教師。
「なっ! 俺の娘になにをしたぁ!?」
「お、落ち着いてください。蜘蛛が……」
「これが落ち着けるかっ!!」
「パパ〜怖かったでしゅ〜!」
またしても誤解されてしまった。宿命か。
すぐさま逃げ出して、父親に抱きつく幼女。
幼女を宥める担任教師。そこで出歯亀が。
「見てください! 吸血鬼さん!!」
「どうかしたのか?」
「あの幼女から金色の排泄物が!!」
出歯亀は知ってしまったようだ。幼女の秘密。
余程慌てていたのか、流していない。
というか、流れないだろう。金色の排泄物。
どうやら幼女は出産の最中だったらしい。
生み出したヒヒイロカネを見て騒ぐ出歯亀。
それを聞いて、担任教師の誤解は加速した。
「それが目的か! この下郎!!」
「いや、ですから、蜘蛛が……」
「黙れ! 何が蜘蛛だ! ん? お前、もしや」
担任教師は、俺を見て何かに気づいたようで。
「さては、お前が噂の糞魔王だな!?」
俺の悪名は人間にまで知れ渡っているらしい。
「だったら、なんですか?」
「刀の錆にしてくれる!!」
担任教師が金色の刀を抜いた、その時。
ズンッ!と、衝撃音が響き、地面が揺れた。
俺は既視感を感じつつ、出歯亀に問いかける。
「出歯亀、今のはなんだ!?」
「なんか、でっかい蜘蛛が見えます!!」
「デカい蜘蛛だと!?」
即座に担任教師を置き去りに、上空へ転移。
すると、蒼い月光を浴びて、新たな怪獣が。
その、悍ましい紫色の巨体には、8本の足。
今度は、デカい蜘蛛が、出現したらしい。




