第44話 『禁断の秘術』
「ようやく、雲海を抜けるな」
「あとちょっとで世界樹のてっぺんれす!」
世界樹のてっぺんを目指して、念力で飛行。
途中、お姫様抱っこが面倒になり、巨大蝙蝠の首回りのモフモフ地帯に着陸して、上昇した。
道中、世界樹にまとわりつく分厚い雲海を結界を張りながら切り抜けると、雲の上へと出た。
そこは、とても、幻想的な世界だった。
「めちゃくちゃ綺麗な場所だな」
「夜空が虹色で不思議ですね〜」
夜空が虹色。それは、読んで字のごとく。
蒼い月光を浴びて帯状に揺らめく不思議な光。
オーロラだろうか? 前世の北極で見たそれと酷似しているが、確信は持てない。異世界だし。
青を基調として七色に輝き夜空を彩っている。
「いや、ぼけっと眺めてる場合じゃないか」
「マスター、カコマレマシタ」
低く唸り声を出して警告する巨大蝙蝠。
俺たちの周囲を取り囲むように敵影が。
それは夥しい数の、ワイバーンの群れである。
「そういや、ワイバーンは世界樹のてっぺんで暮らしているって、ダルっ子が言ってたな」
「そうれす! ワイバーンの巣があるですよ!」
ここはワイバーンの巣のようだ。
俺たちはさしずめ、巣を荒らす侵入者か。
何とか穏便に事を済ませたかったのだが。
「マスター、ハイカガ、ボウソウシテマス」
「いや、止めてよっ!?」
「ナニブン、チノウガヒクイモノデ……」
先程の戦闘を生き残った配下の蝙蝠が、暴走。
知能が低すぎて戦力比がわかってない様子。
勝手気ままに、最寄りのワイバーンを襲い出す。
遥かに大きな身体を持つワイバーンに、集団で仕掛けて、仕留めた。止める間もなく、開戦。
仲間をやられたワイバーンの逆襲が始まった。
「出歯亀、後ろに隠れてろ!」
「うひぃー!? おっかないれすぅ!?」
出歯亀エルフを背後に庇いつつ、結界展開。
手勢の蝙蝠共は、次々捕食され役に立たない。
自分から仕掛けといてあっさりやられるとか。
情けない蝙蝠の親分が低い声音で尋ねてきた。
「ハンゲキシテモ、カマイマセンカ?」
「構わん! 反撃を許可する!」
迫り来るワイバーンに焦りつつ、反撃開始。
「キィイイイイイイイイイイイイッ!!!!」
巨大蝙蝠が放つ高周波攻撃。
三半規管をやられ、前後不覚に陥る。
ワイバーンも次々と錐揉みしながら、落下。
俺は慌てて出歯亀エルフの耳を塞ぐ。
しかし、既に彼女は泡を吹いて気絶していた。
しかも、股間から何やら液体が滲み出ている。
見なかったことにして、戦況を確認する。
だいぶ、数は減らせたようだ。大打撃である。
それでも残ったワイバーンが周囲を旋回。
こちらの隙を伺っているのだろうか?
それにしては、攻める素ぶりを見せない。
まるで……何かを、待っているような?
訝しんでいると、その何かが、飛来した。
「ガァアアアアアアアアアッ!!!!」
蒼い月を背景に、巨大な両翼を広げて。
真紅の鱗に覆われた、神々しい、生物。
長い首、そしてギラめく牙が生え揃った顎門。
そこから放たれた咆哮に、戦慄を覚える。
それは、ファンタジーの代名詞たる、竜だった。
ワイバーンなどとは比べ物にならない巨躯。
バザバサと両翼をはためかせる度に吹く突風。
瞬く間にこちらに接近して、停止した。
巨大蝙蝠の背に乗る俺たちと、対峙する。
鋭い牙を見せつけながら、竜は口を開く。
「騒がしいと思って来てみれば、侵入者とは」
竜は低く嗄れた声で、さもおかしそうに笑う。
「儂の縄張りを荒らす馬鹿が存在するとはな」
ここはどうやらこの竜の縄張りらしい。
えらいこっちゃ。非常に不味い状況だ。
とりあえず、俺は竜に対して謝罪することに。
「すみません。知らなかったもので」
「なんと。人間、儂の言葉がわかるのか?」
なんか驚かれた。とりあえずスキルを明かす。
「ええ、翻訳のスキルを持ってますから」
「ふむ。貴様、ただの人間ではないな?」
「はい、俺は吸血鬼です」
すると、竜はキョトンと首を傾げて。
「吸血鬼? 聞かぬ種族じゃ。どこから来た?」
「えっと、その……異世界から」
「異世界じゃと? ふむふむ。実に興味深い」
おお? わりと話が通じそうだぞ。
これなら戦闘せずに済むかと思いきや。
竜は真紅の視線を、巨大蝙蝠に向けて。
「そこのエサでもつまみながら、話を聞こう」
巨大蝙蝠をエサと呼ぶ竜。それに反応する蝙蝠。
「エサ……? コノ、ワタシガ……?」
「おや? エサの癖に口が聞けるのか?」
恐らく、悪気はなかったのだろう。
竜には蝙蝠がエサにしか見えなかった。
しかし、最後の一言は、明らかに挑発であり。
「ワタシモ、トカゲハ、ダイコウブツデス」
「トカゲ……じゃと?」
「オヤ? ジカクガ、ナイノデスカ?」
ムキになった巨大蝙蝠。一触即発な雰囲気。
せっかく友好ムードだったのに、冷え切った。
とにかく俺は空気を変えようと、間に入るが。
「まあまあ、そう興奮せずに……」
「黙れ小僧! このエサは許せんっ!!」
「デハ、シロクロハッキリト、サセマショウ」
「望むところじゃ!!」
駄目でした。結局、こうなるのね。とほほ。
というわけで、始まりました怪獣決戦。
対決するのは巨大蝙蝠VS真紅の竜。
両者規格外のスケールの巨体の持ち主。
巨大蝙蝠が高周波で先制攻撃。
それを受けても竜は顔を顰めるだけ。
すぐに反撃。夜空を焦がす灼熱のブレス。
しかしながら、巨大蝙蝠もさるもの。
持ち前のスピードを生かし、高速移動。
当然俺は振り落とされて、出歯亀をおんぶ。
背中に生暖かい液体が滴り、悶絶。
漏らした出歯亀はぐーすかいびきをかいてる。
そのまま距離を取り、戦闘を傍観。
ヒット&アウェイ戦法で攻撃する蝙蝠。
業を煮やした竜が鉤爪で応戦。
両者一進一退の攻防で戦局は流れる。
周囲のワイバーンと配下の蝙蝠はたじたじ。
親分同士の抗争に巻き込まれないように必死。
しかしながら、余波を受ける者も続出中。
そして俺にも、差し迫った、危機が。
出歯亀を背負っている俺は、限界だった。
そろそろ背中がヤバイ。びちゃびちゃだ。
この女、現在進行形で漏らし続けてやがる。
降ろしたい。一刻も早く、このお漏らし女を。
その一心で、俺は再び仲裁を試みる。
「もうやめろ! お前らいい加減にしろ!!」
竜と蝙蝠の間に結界を張る。そんな俺に。
「む? なんじゃ小僧、酷い匂いじゃぞ?」
「マスター、クサイデス」
尿塗れの俺を臭いと抜かす怪獣2匹。
これには流石に温厚な俺もキレちまった。
据えた目で、2匹を睨みつけ、怒り爆発。
「てめぇら、いい加減にしろよ?」
「お? なんじゃ? 怒ったのか?」
「マスター、ゲキオコデスカ?」
此の期に及んで、まだふざけた態度の2匹。
こいつらには、わからせなければ、ならない。
自分が、誰を、怒らせちまったのかを。
「俺を誰だと思ってやがる!?」
「誰なんじゃ、貴様は」
「マスターハ、マスターデス」
何もわかってない2匹に怒鳴り散らし、宣言。
「うるせぇ! いいか? 俺は、糞魔王だ!!」
すると竜と蝙蝠は、驚愕の面持ちで。
「魔王じゃと? しかし、何故糞なんじゃ?」
「マスターハ、クソナノデスカ?」
誰が糞だ。このままでは埒があかない。
仕方ない。この手だけは使いたくなかったが。
俺は実力行使で、2匹を黙らせる。
「ん? なんじゃ? 腹に何か……」
「マスター、ナニヲシタノデスカ?」
そわそわしだした2匹。俺は口角を釣り上げて。
「てめぇらの膀胱に、水を注入している」
「なっ!? なんじゃと!?」
「ヤメテクダサイ! マスター!?」
狼狽する竜と蝙蝠。効いてる効いてる。
いくらデカくても、所詮は生き物だ。
生きているから、尿が出る。当たり前だ。
俺の尿意促進魔法は、生きとし生けるもの全てに等しく効果を及ぼす、禁断の秘術なのだ。
「おら、苦しいか? どうなんだ? え?」
「あ、ああ、あああ! もう、限界じゃ!?」
「マスター……モウ、ヤメテクダサイ……!」
2匹の懇願を俺は聞き入れず、水量を増やす。
「もう遅い。2匹まとめて、尿をぶち撒けろ」
「そ、そんな! この儂が、漏らすなど……!」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ユルシ、テ」
なんとも切ない、竜と蝙蝠の愛おしい悲鳴。
この時の為に、生きてきたのかも知れない。
胸いっぱいに満たされた愉悦を吐き出すべく。
俺は、高らかに、哄笑した。
「ワハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
その晩。
真下のエルフの里は。
土砂降りだったそうな。




