第39話 『優しさに怯えて』
「くっくっくっ……下僕、お前は床で寝ろ」
「やっぱりそうなるのか」
さっさと寝る支度を整えたエルフ2人組。
奥の部屋で着替えて、淡い桃色ね寝巻き姿。
浴衣のようなエキゾチックなパジャマである。
部屋にはアンティーク調の寝台が置かれているのだが、予想通り、俺は床で寝る羽目に。
余談ではあるが、一応補足しておこう。
千里眼で着替えを覗くような真似はしてない。
極めて紳士たる俺は、覗きを良しとしない。
だから、床に仰向けに寝転がって、促す。
「ほら、早く跨いでくれ」
俺の屍を超えて行け、的な? カッコいいだろ?
もちろん、俺を跨いだその先には寝台がある。
要するに、ここに寝ていれば良い物が見える。
覗きなんざするまでもなく、俺は大勝利だ。
ところが、俺の主人の痛い子はシャイだった。
「ふははっ! 少々、躾が必要らしいな!」
「やめて! 雑巾みたく捻らないで!?」
念力で上半身と下半身を別向きに捻られて。
床にバンバン手を叩きつけて、ギブアップ。
そのままうつ伏せに転がされて、踏まれた。
「ぐえっ! なにしやがる!?」
「くっくっくっ……踏み台には悪くないな」
背中を踏み台にして、寝台に上がる痛い子。
「私も乗らせて貰うね〜下僕くん」
「もう、好きにしてくれ」
便乗して、ダルっ子にも踏まれた。作戦失敗。
けれど、これはこれで悪くない。新発見。
女の子は、足の裏まで柔らかい。やったぜ。
「さてと、んじゃあ俺も寝ますかね」
身体に付いた埃を払いながら、立ち上がる。
さすがに、床で寝るのは嫌だ。なので。
空間魔法を発動。闇のゲートを開き、異空間からベッドを取り出す。ダルっ子の遺品である。
彼女らの寝台と並べて配置して、寝床を確保。
するとこの世界のダルっ子エルフは感心して。
「わ〜!すごーい! ベッドを出せるの〜?」
「元はお前の物だったけどな」
「私の物? どゆこと〜?」
「説明するより、これを見てくれ」
彼女の額に手のひらを当てる。記憶を見せる。
すると、ダルっ子はポカンとして。
それから、納得したように何度も頷いて。
「別な世界の私のベッドってこと〜?」
「そうだ」
「だったらちょっと寝させて〜!」
肯定すると、ダルっ子がベッドに飛び乗る。
すると、記憶にある、優しい香りがした。
甘くて、眠くなるような、ダルっ子の匂い。
くんかくんかしていると、彼女は気づいて。
「匂う〜? 今日は水浴びしてないからさ〜」
「いや、ドワーフに水をかけられただろ?」
「そうだった〜ならセーフだね〜えへへ」
水使いのドワーフに溺れさせられた2人。
だから、既に水浴びは済ませたと言える。
まあ、そうじゃなくても、全然いいけどね。
彼女のいい匂いに鼻を澄ませていると、密着。
「な、何をするのでごじゃりますか?」
「あはは〜口調が変だよ〜照れてんの〜?」
「それはもう、人並みには、はい」
腰に手を回されて、ドギマギ。蘇る記憶。
全然でもこんなシチュがあった。甘い思い出。
ダルっ子は天然ビッチ。そしてこのエルフも。
赤面して、硬直していると、彼女は囁く。
「君には感謝してるんだよ〜?」
「助けたことか?」
「うん。私が守らないといけなかっんだけど」
ダルっ子エルフは責任を感じているらしい。
それが彼女の俺に対する、負い目のようだ。
俺の腰にしがみついて、落ち込んだ声音。
その背中を撫でるような甲斐性は俺にはなく。
「お前には、これまで何度も助けられた」
「えっ?」
「結界魔法は、とても便利な力だったよ」
口下手な俺は、彼女の魔法を褒め称える。
それで自信を取り戻せるとは思えないけど。
彼女の魔法に守られてきた俺は、感謝すべき。
するとダルっ子エルフは、聞き辛そうに。
「ちなみにさ、その魔法って……」
「俺が、奪った」
「奪った?」
その決定的な記憶は、見せていない。
見せたのは彼女達との楽しいひと時のみ。
もちろん、俺の弱さだ。知られたくなかった。
しかし、追求されたからには答えようと思い。
「具体的に言うとだな……実は、」
「言わなくていいよ〜大丈夫、大丈夫〜」
ダルっ子が柔らかな胸で抱きしめてきた。
その心地良さに、涙が。罪悪感が募る。
俺は彼女の優しさを受け取る資格があるのか。
どうしようもなかった。どうにもならない。
それでも、やっぱり説明しようと思ったら。
「えっと〜テクノ君、だっけ〜?」
「あ、ああ。前世ではそう呼ばれてたけど」
「テクノ君は今日私達を助けてくれたよね?」
「まあ、成り行きで……」
「だから別の世界のことはチャラだよ〜」
非常に軽々しく、チャラにされた。戸惑う。
それでいいのか? それで俺の罪は消えるのか?
いや、そんな甘くはないだろう。俺は人殺し。
だから、納得出来ずにいると、見透かされて。
「私は許したけど、テクノ君は許せない?」
「許せないよ。人の罪は消えないから」
「それはテクノ君の考えでしょ〜?」
「そうだけど」
「なら、私は私の考えに基づいて許すよ〜」
ダルっ子の理屈は、なんとなく、わかった。
人それぞれ、違った価値観を持っている。
だから、許す許さないも、人それぞれ。
違った考えを正すような真似はおこがましい。
なんとなく説教された気分。
しかし、ダルっ子は良い先生だった。
叱った後は、ちゃんと優しくしてくれる。
彼女は怠そうに俺に体重を乗せて押し倒して。
「今日は特別に、一緒に寝てあげるね〜」
「えっ?」
「だってテクノ君、震えてるからさ〜」
言われて気づく。俺は震えていた。
殺した相手と次々再会して、気を張っていた。
その緊張が、ぷつりと途絶えて。
それでも、不安で、苦しくて、怯えていた。
そうだ。ようやく、理解した。
俺は、ダルっ子の優しさに、怯えていたんだ。
彼女の包み込むような優しさが、怖かった。
「どうして……俺に、優しくするんだ?」
「なんかほっとけないんだよね〜」
「なんで?」
「テクノ君って、甘え上手だからさ〜」
そういや、スライム姫にも甘やかされたっけ。
「捨てられた犬みたいな顔がほんと上手い!」
「それ、褒めてないだろ」
「あはは〜別にタイプじゃないしね〜」
「ぐふぉっ!?」
突然ディスられて、吐血。不意打ちはやめて。
「タイプじゃないけど、一緒に寝れるよ〜」
「俺の前の世界ではそんな女をビッチと呼ぶ」
「ふーん。なんか、エッチな響きだね〜」
くすくす笑って、太ももでこちらを挟み込む。
今更ながら女子のくすくす笑いが俺は好きだ。
なんか、ゾクゾクする。病気だろうか、これ。
それともちろん女子の太ももの感触も大好き。
なんか、ムクムクする。大丈夫かな、これは。
はっきり言って、寝るどころの騒ぎじゃない。
「正直、もう堪らないんだけど」
「眠れないの〜? 私じゃ駄目〜?」
「いや、良すぎて困るというか……」
「私は寝つきがいいから好きにしなよ〜」
「マジで?」
「うん。寝たら絶対起きないからさ〜」
どうなんだろう、これは。誘われてるのか?
オッケーサインってやつか? それとも試練?
ここで手を出したら、あとで怒られる的な?
でもさぁ、手を出さないとか、失礼じゃん?
据え膳を食わねば、男が廃る。てなわけで。
「じゃあ、早く寝てくれ」
「も〜急かさないでよ〜」
「急かすよ! せかせかするよ! 男だもん!」
頼むから早く寝てくれ。じゃないと、邪魔が。
「ちょっと待ったー!?」
あーやっぱりね。知ってた知ってた。
寝たふりしてた痛い子が飛び起きる。
顔が赤い。ずっと聞き耳立てていたらしい。
俺はふぅ〜っと長嘆してダルっ子を抱き寄せ。
「なんだよ、ガキは寝ろ。大人の時間だ」
「我の下僕の癖になんで偉そうなんだ!?」
「なんならお前もこっち来るか? ほれ」
痛い子のスペースを開けて、手招き。
すると、ぶちっと何かが切れた音が響いて。
手招きしてた手首があらぬ方向を向いた。
「ぐぎゃああああっ!? なにしやがる!?」
「貴様が妄言をほざくからだろう!?」
「うるせえ! 邪魔すんな! チビっ子!!」
「あー! くっくっくっ……禁句を言ったな?」
あ、不味い。痛い子が激おこである。
手のひらをこちらにかざし、念力発動。
その対象は俺ではなく、ダルっ子エルフ。
「あっ! 汚いぞっ!!」
「ふははっ! 我が同胞は返して貰うぞ!」
ふわりとダルっ子が浮き、痛い子のもとへ。
「そうはさせるかっ!?」
「むっ! 我に念力勝負を挑むとは生意気な!」
念力による、ダルっ子引き大会が始まった。
空中で左右から引っ張られるダルっ子エルフ。
もちろん当然、それはそれは痛かったらしく。
「やめてよ!! 寝れないでしょっ!?」
ダルっ子がキレた。普段温厚な彼女の激怒。
俺は震え上がって、ちびりそう。出ないけど。
痛い子も相当びびっている。内股になった。
こりゃちびったかと思ってると、ダルっ子が。
「仲良くみんなで寝る! わかった!?」
「はい、すんません」
「ご、ごご、ごめんなしゃあい!?」
床に降り立ち、説教された。めっちゃ怖いお。
すぐさま、痛い子がこちらのベッドに移動。
ダルっ子を真ん中として川の字で横になる。
「また喧嘩したら2人とも結界に閉じ込めるよ」
「肝に銘じておきますですはい」
「な、仲良くするから、怒んないで!」
釘を刺したダルっ子は、にぱっと笑って。
「それじゃ、おやすみ〜」
すぐに寝息を立て始めた。嵐は去ったようだ。
「まったく、余計な邪魔しやがって」
「不埒な貴様を見過ごせるか」
「失敬だぞ。俺はただ男としてだな……」
「だから、男なのがいけないのだ」
ひそひそ文句を言い合う。すると、痛い子は。
「そう言えば、貴様は変身出来るのだろう?」
「出来るけど、それがどうした?」
「女に変身しろ。ふはは。我ながら名案だ」
自画自賛してやがる。ま、やぶさかではない。
「ほら、これでどうだ?」
「なっ!? 何故、我の姿なのだ!?」
「すげーだろ。身体も完璧に再現してんだぜ」
「こらっ! 服を脱ぐなっ!?」
「お、おい! ダルっ子が起きるから騒ぐな!」
「あ、ごめんね。とにかく、服着てっ」
獣人化スキルで作った衣類を脱ぐと、怒った。
俺が嗜めると、またひそひそ声で、命じる。
仕方なく、服を着る。それでもご不満らしく。
「もっと違う姿にはなれないのか?」
「例えば、どんな?」
「そうだな……かわいい感じ、とか」
「お前もショタコンなのか?」
「違う! とにかく、かわいい生き物になれ!」
慌てて否定して、無理難題を仰る痛いエルフ。
「そうだな……こんな感じならどうだ?」
「か、かわいいっ!」
俺は昔ながらの典型的なスライムに変身。
つぶらな瞳で、口が半開きの、ザコキャラだ。
しかしながら、愛嬌たっぷりで、かわいい奴。
このキャラをデザインした漫画家は、天才だ。
痛い子も、相当大変大層、気に入ったらしく。
「くっくっくっ……その姿こそ下僕に相応しい」
「まあ、ザコキャラだからな」
「喋らないで。可愛くなくなるから」
「酷くないっ!?」
つぶらな瞳から涙が溢れる。すると痛い子は。
「いいから黙って……こっちおいで」
なんか、誘われた。当然、俺は訝しんで。
「お前、俺のこと嫌いなんじゃないの?」
「うるさい! さっさと来いっ!!」
「ぐえっ!?」
念力で呼び寄せられ、そのままベッドロック。
しかし、どうやらそれは、ただの抱擁らしく。
俺は抱き枕のように、痛い子に抱かれた。
彼女の薄い胸やら肋骨がゴリゴリして、困惑。
「あの、何やってんの?」
「いいから黙れ。我は可愛い物が好きなのだ」
なるほどね。ぬいぐるみ扱いか。悪くないな。
「このまま黙っていればいいのか?」
「そうだ。黙って寝ろ」
「へいへい。わかりましたよ」
抱擁からの脱出は無理そう。諦めて、黙る。
静まり返った室内。
つぶらな瞳で月を見上げる。
そこには蒼い月が浮かんでいて。
俺はほんの僅か、期待を抱く。
この世界ならば、やり直せるかも。
俺が前世で殺した者と、より良い関係を築く。
そしてあわよくば、姉ちゃんや神と、再会を。
これだけ転生者がいるのだ。
可能性は大いにある。
どこかの誰かに生まれ変わっているかも。
そんな願いを蒼い月に抱いていると、不意に。
「なんで、キスしようとしたの……?」
「えっ?」
はて、キス? なんのことだっけ?
ああ、あの時か。ドワーフから助けて。
目を覚ました痛い子に、再会のキスをせがんだ。
結局、会長エルフに邪魔されたけどな。
その理由ならば、簡単だ。
「前世では結局出来なかったからな。
「げ。なんだそれは、気持ち悪い」
心底嫌そうな声を出すな。傷つくだろうが。
「その世界の我は、貴様と恋仲だったのか?」
「いや? 全然?」
「あ〜良かった。ひやひやしたぞ、馬鹿者め」
心底安堵しないでくれよ。傷つくだろうが。
「とにかく、その、なんだ……」
「なんだよ?」
「今日は、ありがとね」
「えっ?」
「お、おやすみっ!」
照れたような痛い子。
やはり、素の彼女は可愛い。
このまま寝ちまうのがラブコメの王道。
だけど、つい、余計なことを口走ってしまう。
「そう言えばさ」
「えっ? なに?」
「さっき怒られた時、漏らした?」
「なんで知って!? も、漏らしてないから!」
「ふむ? どれ、匂いは……?」
「嗅ぐなっ! さっさと寝ろ!!」
あらら。こんなんだから、俺は童貞らしい。
あ、ダルっ子が寝返りを打った。よし、黙ろう。
静かにしてれば、痛い子は怒らない。だったら。
もう一生、下僕でも家畜でも、いいかも。
いや、それはさすがに困るな。人として。
だけどまあ、ペット扱いなら、そう悪くない。
そんな阿呆らしいことを思いながら。
久しぶりに、ゆっくりと、眠ったのだった。




