第32話 『決着』 前編
「……真夜中の学校ってのは、不気味だな」
学校の直上に浮かびながら、独りごちる。
側から見れば、そんな俺の方が不気味だろう。
つい先日まで平凡な高校生が今では超能力者。
念力使いの能力を得た俺は、高校の制服姿。
着替えたのはもちろん、神に揶揄われない為。
燕尾服姿なんか見られたら、憤死しちまう。
「図書室は……あった。あそこだな」
そのまま音もなく降下して、図書室の窓へ。
真正面から出向く程、俺は馬鹿ではない。
もちろん読まれているだろうが、と思ったら。
「なんだ……まだ奴は来てないのか?」
窓から中の様子を伺うと、人気がない。
てっきり先に来て待ち構えていると思ったが。
とりあえず、泥棒スキルで窓をすり抜ける。
すると、何やらカウンターから寝息が。
「むにゃむにゃ……これだから、ゼロ才児は」
「寝言まで失礼な神だな……こいつは」
受け付けのカウンターで居眠りしていた神。
姉ちゃんの仇は、白髪を広げて無防備な寝顔。
豊満な爆乳が、カウンターの上に乗っている。
しかし、不思議と、ちっとも魅力は感じない。
こいつは姉ちゃんの仇だ。
子供の頃から聞いていた声の主。
今ならば、簡単に首筋に噛みつける。
しかし、そんな決着は、望むところではない。
「おい、来たぞ。起きろって」
「んん〜うるさいな……ていうか、寝てないし」
「いや、寝てただろ。爆睡だったろうが」
「ん? ああ、誰かと思えば、てめぇか」
緊張感のないやり取りを交わして、起こす。
神は完全に寝ぼけていたが、俺を認識して。
白髪を発光させ、両眼を赤く怪しく光らせた。
「久しぶりだな……って、程でもねぇか」
「三日ぶりくらいだな」
「ふん? それなりに強くなったみたいだな」
しげしげと俺を眺めて、にやにやと笑う神。
「で? 童貞は卒業出来たのか?」
「んなこと関係ないだろ」
「いや、この時点で童貞なら一生童貞確定だ」
おめでとう、と拍手された。嫌な予言すぎる。
「まったく、選り取り見取りだったろうが」
「なんだよ、見てたのかよ?」
「いや、知ってたのさ」
ひゃひゃひゃと、下品な笑い声を響かせて。
「なにせ、オレ様は全知全能だぜ?」
大言をほざいてドヤ顔を披露。小物臭がする。
「んで? 正直どの子が一番良かった?」
「ふむ。美しさなら、かわゆいボス一択だな」
「あれは反則レベルだからな。他は?」
「それぞれ個性的で魅力的だったよ」
「あの魔王のスライム姫はどうだったよ?」
「もうちょっとで落ちかけるところだった」
まるで盛りのついた男子高校生同士の会話だ。
もっとも、俺は正真正銘の男子高校生だけど。
くだらない品評会をしながら、思い返す。
ダンジョンの最奥の息を飲む程かわゆいボス。
炎を纏いし、小悪魔めいたあざとい生徒会長。
転移魔法の使い手の気さくなショタ好き女子。
ヒヒイロカネの身体を持つ、金ピカ鎧の幼女。
喫茶店の店員のしなやかな身体を持つ黒猫娘。
意外とグラマーな肉体を持つ寂しい新聞記者。
厨二発言連発の痛々しい残念系美人の痛い子。
普段からダルそうなふわふわ優しいダルっ子。
出来る女を装った、隠れショタコンの受付嬢。
パイプをプカプカ、巨乳もポヨポヨな魔王様。
皆、俺にとっては最高のメインヒロインだ。
唯一の汚点は彼氏持ちの雷使いか。許せん。
ほんと、どうやれば付き合えるんだろう。
恋人を作る秘訣でも聞いときゃ良かったぜ。
「そんだけの女と接して何もないとか……」
「なんだよ?」
「お前、ホモになっちまったのか?」
それはないと、否定出来ないのが辛い。
正直、大泥棒のおっさんは、素敵だった。
いや、ノンケだよ? だって他の男共が酷い。
担任教師はわりと立派な暴力教師だった。
クラスのちょい悪男子は、勘違い男。
重力使いは彼女持ち。無論、ギルティー。
猛毒使いは問題外。人格破綻の外道である。
その中で大泥棒のおっさんだけは別格だった。
残念ながら彼もノンケらしいが……いや、待て。
そういや俺はスライムの力を得た。変幻自在。
俺が女体化すればホモとかノンケとか無問題。
今度おっさんに会ったら……って、もういない。
「俺が……全員、殺しちまった」
「酷い奴だよ。本当に。人でなしだな」
「ああ、俺は化け物だ。だけどよ、神」
「あん?」
人でなしと呼ばれ、すっきりする自分に嫌悪。
神は俺を遠慮なく詰った。それならば俺も。
この裏切り者の神を、詰る権利がある筈だ。
「俺が一番好きだった姉ちゃんを殺したお前は、俺以上に人でなしだ。絶対に、許さねぇ」
自分で言って気づく。姉ちゃんが一番だと。
知れず、熱がこもる。炎使いのスキル発動。
握りしめた拳と全身から、陽炎が立ち昇る。
髪が燃えて、ゆらゆらと逆立ち、怒髪天。
怒りの臨界点に達した俺を、尚も神は煽る。
「あのポンコツはオレ様の人形だ」
「姉ちゃんをポンコツと呼ぶな」
「オレ様の物を何と呼ぼうが勝手だろう?」
「姉ちゃんは、俺の姉ちゃんだっ!!」
燃え盛る拳を横面に叩きつける。ぶっ飛ぶ神。
そのまま天井に着地。逆さまで頬を拭う。
白髪が垂れ下がり、苛立つように波打った。
余談だが、神は女子の制服姿。スカートだ。
しかし、スカートの裾は天井に向かっている。
下半身に重力魔法を使用しているようだ。
それを逆手に取り、俺も重力魔法を発動。
スカートが捲れて、巾着袋になることを期待。
しかし、そうなる前に、神の胴体が千切れた。
「なんだ? オレ様のパンツが見てぇのか?」
「んなもん興味ない。巾着袋が見たいんだよ」
「マニアック過ぎるだろ。たく、これだから」
床に頬杖をつき、上半身だけでぼやく神。
すぐにニョキニョキと下半身が生えてきた。
その場に立ち上がり、身体の埃を払う仕草。
と、思ったら、それは手刀による斬撃で。
「あがっ!?」
「それで? 誰の姉ちゃんだって?」
気がついたら、俺は生首になっていた。
髪を掴まれ、神の眼前でブラブラ。
すぐ身体が生えてきたが、今は不味い。
「おらっ! 言ってみろ! ひよっこがぁ!!」
「おぅっ!? ぐぅっ! がはっ……ォェッ!」
髪を掴んだまま、俺の身体をサンドバッグに。
みぞおち、レバー、みぞおち、レバー。連打。
激痛と吐き気で息が詰まり、呼吸困難。
内臓に深刻なダメージを負うが、死ねない。
まさに生き地獄を味わいながら、耐える。
攻撃の合間を縫って、炎の手刀を突き出す。
「せいっ!!」
「んぐっ!?」
ヒヒイロカネの爪先が皮膚を突き破り、内臓に到達。直腸だか小腸だか大腸だか知らないが、鷲掴みにして、引きずり出す。生温かい感触。
「このまま引き千切ってやるっ!」
「ぐはっ!?」
ブチブチと音を立ててホルモンを八つ裂きに。
手に残ったそれをべちゃりと床に叩きつける。
内臓を失った神。内臓にダメージを負った俺。
ふらつきながら、互いを睨み、手刀を一閃。
「仕切り直しだ」
「ああ、そうこなくっちゃな」
斬撃は同時に到達。互いの首が落下。
すぐさま復活。仕切り直して、距離を取る。
ここまでは良い勝負だ。互角の戦い。
しかし、そこから先は、一方的だった。
「ひよっこ、簡単にくたばんなよ?」
「は?」
パチンと神が指を鳴らす。すると、潰された。
重力魔法だ。全く反応が出来ない。
再生してもノータイムで圧殺。ハメ技だ。
とにかく、魔法の効果範囲から離れよう。
しかし、どうやったら重力から抜け出せるか。
何度も殺されながら、考えて、念力を発動。
自分自身を効果範囲外へと弾き出す。
しかし、着地点に神が転移して、延髄蹴り。
「まだまだ能力の使い方がなってねぇな」
神の声が高速で遠ざかる。頭部がぶっ飛んだ。
「オレ様はリフティングが得意でな」
壁に突き刺さる前に、神が転移してまた蹴る。
蹴った方向に転移、次はその反対側。
身体が再生するまでに何度も蹴られて。
「そろそろゴールを決めてやるぜ!」
窓に向かってシュート。ガラスを割って外に。
生首の俺は夜空を飛んで、校庭に転がる。
途中で身体が再生して、地面に這い蹲る。
悔しいが、スキルの熟練度が違いすぎる。
「どうした? もっと工夫してみろよ」
「尿意促進魔法は、どうせ効かないんだろ?」
「当たり前だ。んな阿保な技なんか効くかよ」
それならば。新しい技を、生み出そう。
「ん……こんな感じか……?」
水魔法と雷魔法を併用して、雷雲を生む。
炎魔法で上昇気流を発生させ、成長。
神の上空を雷雲が覆い、紫電を迸らせる。
「サンダー・ボルトッ!!」
ありきたりなネーミングだが、効果は絶対。
雷使いの女が使っていたのと、同等な威力。
熟練度を工夫によって補った形だ。どうだ?
「ぐぎゃあっ!?」
雷に打たれた神は、白目を向いて、卒倒。
確かな手ごたえを感じるが、相手は不死だ。
もちろん即座に起き上がり、感心したように。
「なんだ、やれば出来るじゃねぇか」
凶悪な笑みを浮かべて、天に片手を掲げる。
そして、また、パチンと、指を鳴らす。
その見慣れた仕草の中で、何がが、光った。
闇を見通す吸血鬼の眼だからこそ、見えた光。
しかし、それを確認する間も無く、異変が。
「魔法ってのはな、こうやって使うんだよ」
神が天を攪拌していた。俺の雷雲もろとも。
周囲に突風が吹き荒れ、大粒の雨が降り出す。
地面が隆起して、その頂にて、神が嘲笑う。
「その気になりゃ、世界を暗雲で覆えるぜ?」
なんだそれは。そんな馬鹿な。チートすぎる。
そう、これこそがチート。反則的な神の力。
俺のスキルなんざ、ガキのお遊びみたいな物。
茫然として、こちらを見下す、神を見上げる。
「ボサッとしてんな。そら、踊りやがれ!!」
真っ黒な雲から、極太の雷が落ち、真っ白に。
「えっ?」
気がついたら、既に再生していた。
周囲には黒焦げになった地面と、オゾン臭。
どうやら一瞬で消し炭になったらしい。
「やべっ!?」
獣人化の直感で、即座に回避。
「くそっ! マジかよっ!?」
まるで雨のように次々と降ってくる雷。
紙一重で交わしながら、念力で浮上。
神の頭上だけ晴天で、月明かりが差している。
こっちはずぶ濡れだってのにと憤ったその時。
まるで意思を持ったかのように、雷が変質。
「オレ様の雷龍の餌食になりな」
龍を象った雷が、顎門を開いて、迫り来る。
冗談みたいな魔法の数々。これが神の本気か。
思考が追いつかない。とにかく、逃げなきゃ。
必死に逃げるが、追ってくる。おかしいだろ。
「くっ……だったら!」
進路を変更。まっすぐ神に向かって跳ぶ。
ごうごうと強風が吹き荒れる中、結界を展開。
一番硬い物理結界で、体当たりを試みる。
急速に神に接近。衝撃に備える。着弾。
カキーンッ!と、高い金属音が響き渡る。
見ると、神が片手をこちらに向けている。
どうやら向こうも、結界を張ったらしい。
「随分と薄っぺらい結界だな、おい」
「そ、そんな……!?」
ミシミシと結界にヒビが入り、砕け散った。
神の結界は無傷。俺の結界だけ、割れた。
その刹那、雷龍が到達。視界が白く染まる。
「どうだ? オレ様の力が身に沁みたか?」
「あ……がっ……!」
復活した俺の顔面を、神が踏みにじる。
隆起した地面の頂きで、勝ち誇る神。
絶妙に下着が見えない角度だが、美脚だ。
だが、そんなものは、どうでもいい。
姉ちゃんを殺したこいつが、憎たらしい。
「殺して、やる……! 絶対にっ!!」
「まだそんな寝言ほざいてんのか?」
足を退けて、こちらに手をかざす。
すると、金縛りに遭い、空中に浮遊。
またパチンと指を鳴らす。首が、締まる。
「ぐぇっ!?……ん?」
だが、その時、見えた。
神の細っそりとした人差し指に嵌った、指輪。
銀色のリングに、真紅の宝石が輝いている。
「あん? なんだ、見つかっちまったか」
「な、なんだ……その、指輪は……?」
「こいつはエルフとドワーフの合作でな。魔法の詠唱の手間を省ける、優れもんだ」
視線に気づいた神が自慢してきた。
魔法の詠唱を省略する指輪だと?
やっぱり魔法にとって詠唱は重要らしい。
だけど、異能者は皆、詠唱などしてなかった。
そこに疑問を感じていると。
「この世界では大気中の魔素が少なすぎて一般人には魔法が使えない。だからスキル持ちは体内の魔力を練る必要があるが、その練り方や魔法の仕組みなんざ、お前は知らないだろ? それを知る俺とお前との差はそこだ。そしてオレ様にはこの指輪がある。だからお前は敵わない」
金縛りを継続しつつ、一気に解説する神。
もちろん内容はさっぱりだ。だが、一点だけ。
この世界、と言った神に、俺は尋ねた。
「お前は、異世界を、巡っているのか……?」
「ふん? スライム姫の入れ知恵か?」
「ああ……彼女はそう、睨んでいた」
神はその指摘を受け、凶笑を深めて、認めた。
「ご明察だ。オレ様は幾千もの世界を巡り、全知全能となった存在だ。ゆえに、神である」
ついに明かされた神の正体。異世界の放浪者。
魔王の推察は正しかった。俄かには信じ難い。
しかし、それなら説明がつく。異世界の知識。
そして、神の指輪がなりよりの証拠だ。
あれはこの世界の技術では作れない代物。
エルフとドワーフの合作って言ってたな。
そんな生き物、この世界には存在しない。
お伽話の住人である。まさにファンタジー。
どっかの異世界で、作って貰ったのだろう。
愕然とする俺に、神はもう一度、繰り返した。
「この指輪がある限り、お前は俺に敵わない」
神が指を鳴らす。念力で、首をねじ切られた。




