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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第一部 【詰まらない物語】
3/72

第2話 『幼児期』

《お前が一番最初に話した言葉が『かみたま』だった時は、笑い転げたな》


さも可笑しそうに語る神。

それは当然だろう。何せこいつは毎日のように神様という単語を語り聞かせて俺に認識させたのだ。一種の洗脳である。


《そん時のあの姉ちゃんの落ち込みようったらなかったぜ。爆笑したわ》


それもその筈。姉ちゃんは落ち込んだ。

毎日懸命に世話をしてきた赤子がある日突然『かみたま』なんて架空の存在を口にしたのだからさぞ愕然としただろう。


《まあ、すぐにお前が『ねえたん』って呼ぶようになって喜んでたけどな》


単純な姉ちゃんである。チョロい。

ちなみに姉ちゃんを『ママ』ではなく、『ねえたん』と認識したのも神のおかげ、というよりも神の仕業なのだが。


それにしても今思うと最初に姉ちゃんを呼んでやれなかったのは悔やまれる。


《悪いことしたと思ってるよ。いや、本当に。あの姉ちゃんは初めての育児に戸惑いつつも一生懸命だったからな。それなのに『かみたま』とか……草生える》


神がネットスラングを使うなよ。


《オレ様は全知全能だぜ? ネットスラングごときを使えなくてどうするよ》


少しは神としての品性に気を使え。


《どうせお前にしか声が聞こえないんだから固いこと言うなよ。んなことより、姉ちゃんの育児が笑えるのなんのって》


神は語る。姉ちゃんの試行錯誤を。


《抱き方が分からず足から逆さまに持ち上げたり、高い高いして天井にぶつけたり、泣いたお前をあやす為に慣れない変顔をしてみたりよ。挙句の果てに腹を空かせたお前に自分の乳を飲ませようとして……胸なんか全然ない癖にさ》


想像すると居た堪れない。神は本当に最低だ。

けれど、そこまで詳細に語れるということは、それはこいつが見守っていたからであり、現に姉ちゃんの証言によれば、ぐずる俺が急に機嫌が良くなり笑い出すこともしばしばあったそうな。


とはいえこいつが最低であることには変わりないけどな。胸がないとか言うな。


《だってよ、純然たる事実だろう?》


そう言われると確かに事実ではあり、その発言に嘘はないと言われざるを得ないくらい、姉ちゃんは貧乳というか無乳ではあるのだけれど。あ、これはまずい。


「いま何か、失礼なこと、考えた?」


不意に部屋の扉が開き、姉ちゃん現る。


「いや? 全然? 滅相もないよ」

「そう、なら早く寝なさい」


雑誌を読むふりをして、シラを切る。

ひんやりとした全てを見透かす眼差しでこちらを見下し、静かに扉は閉まった。


危ない危ない。姉ちゃんは勘が鋭い。

そんな危険な存在と一つ屋根の下、二人暮らしの環境下では、迂闊な想像や夜中の自家発電をすることは非常に難しい。

姉のいる者ならばよくわかるだろう?


《おい、また話が脱線してんぞ》


おっと。自家発電のことはさておき。

部屋の電気を消して寝る体勢を整えてから回想に戻る。話は進み、幼児期へと。


物心がついた頃はだいたい5~6才くらいだったと先に述べたが、その前から違和感らしきものは感じていたと思う。

その違和感の正体に気づいたのが、物心がついた頃、つまり(とはいえ、つまらないのだが)、自我が芽生えた時だ。


《お前は極めて平均的な成長をした》


そう、極めて平均的という言葉が俺以上に相応しい存在はいないだろう。

言葉を話すのも、立って歩くのも、自転車に乗れるようになるのも、全て早くもなく遅くもなかった。全てにおいてだ。


《ゲームの対戦成績なんかもな》


ゲームの対戦成績。それは子供にとって自らの技量を知る手段としてはもっともポピュラーな物差しだろうと思う。

もちろん、対戦には相手が必要であり、そんな相手が俺に出来たのは保育園に入ってからだった。年長さんくらいになれば、自ずとゲーム仲間が出来あがった。


ちなみに、姉ちゃんはその頃から働き始めて、様々な職業を転々としていた。

しかしながらそこまで家計に困っていた訳ではない。中学に上がる頃になって知ったのだが、俺の両親は生命保険金も含めてそれなりの金額を遺してくれていたらしく、それは同じく両親を亡くして天涯孤独の身となった姉ちゃんも同様だったようだ。だから金には困っていない。


では何故、姉ちゃんは俺を保育園に預けて働き始めたかといえば、それはひとえに両親の遺産ではなく自分で生活費を稼いで俺を養う為であり、一種の自己満足であると後に本人は語っている。


それから、自分は不器用だから保育園に預けた方が教育上良いと思ったらしい。あまり感情を出す人ではないからな。


職業を転々としているのも、色々な職場に勤めて経験を積む為と言っているが、それに対しては少々疑問を感じる。

俺の親戚とは思えぬほどに才能溢れる姉ちゃんは、スーパーのレジ打ち、本屋の店員、工場の期間工……等々を次々と勤め、その全てを極めてから惜しまれつつ退社している。勿体無いことである。


ひとつの職場に勤めていれば、ゆくゆくは重役クラスになれただろうに、それを避けるのはひとえにその外見からだと思われる。そう、全く変わらない外見だ。


流石に何年も変わらない見た目は不審に思われる筈で、だからこそ、職場を転々としているのではないかと推察すると。


「まだ、起きてたの?」

「あ、悪い。すぐ寝るよ」

「また、失礼なことを、考えてたの?」

「いやいや、姉ちゃんはいつまでも若くて綺麗だなと、感心してたんだよ」


見計らったように扉が開き、現れた姉ちゃんに対して、すらすらと丸暗記した教科書の中身のようなお世辞を聞かせる。

すると姉ちゃんはほんの少しだけ口角を上げて俺にだけわかる笑みを浮かべて。


「そう。なら、今日は一緒に、寝る?」


なんて言って風呂上がりの濡れた髪を弄る姉ちゃん。声音は無機質だけどな。

それに胸もやっぱり真っ平らだし……って、げふんげふん。これは禁句だ。


「また、失礼なこと、考えた?」

「考えてないってば。それと流石に高校生にもなって、添い寝は不味いだろ」


誤魔化しを重ねる。すると残念そうに。


「ん。わかった。男の子、だもんね」


なんか妙な言い回しだ。どんな意味だ?


「お姉ちゃんは、待ってる、から」

「なにを?」

「あなたの覚悟が、決まるのを」

「覚悟ってなんのことだよ?」

「もう……えっち」


はあ? なに言ってんだ、この人は。

ポカンとする俺を残して去る姉ちゃん。

すると、シャンプーの残り香が漂ってきて、思わずクンカクンカしていると。


《抱いてやれよ。男だろう?》


神の妄言が脳に響いて、一笑に付す。

馬鹿馬鹿しい。だって姉ちゃんだぞ?

姉の居る者ならばわかるだろう。

もっとも、俺の姉ちゃんは親戚の姉ちゃんであり、それがイトコなのかハトコなのか果てまた叔母なのかすら定かではないが、それを抱くなんて馬鹿げている。

せいぜい匂いを嗅ぐ程度が精一杯さ。


《匂いを嗅ぐのだっておかしいだろ》


うるせえ。匂いくらい嗅がせろよ。


《だからお前はむっつりなんだよ》


神は心底呆れた口調。自覚はあるさ。

そもそも、姉ちゃんと俺との親戚関係すらはっきりしていないことが問題だ。

役所に行って戸籍謄本でも見ればすぐにわかるだろうが、俺はそれをしない。

何故かといえば、純粋に怖いからだ。


考えてもみろ。あんなに完璧な女性だ。

本当に才能ゼロな俺の親戚なのか?

それを考えると、究明する気も失せる。

今の関係を壊すことなんざ、出来ない。


だから、匂いを嗅いで我慢するのさ。


《変態》


今日一番の悪口を頂いたところで本題に戻ろう。たしか、ゲームの話だったな。

では、その話を続けよう。

とはいえ、すぐにこの話題は終わる。


ある日5人と友達とゲームで対戦した。

キャラがカートレースをするゲームだ。

その結果俺は3位だった。まずまずだ。

それから、毎日、毎日、対戦を重ねた。


稀に1位になることもあった。

稀にビリになることもあった。

だが、今考えてみると、平均は3位。


1位になった日は5回勝負の中での1勝。

ビリになった日も5回勝負の中での1敗。

その日の平均勝率は、結局3位だった。


おわかりだろうか?

極めて、平均的な戦績。5人中、3位。

それが俺のポジションであり、才能だ。


どれだけ練習しても、覆せない。

才能がある奴には勝ち越せない。

もちろん、この時の俺は気づいていない。


それでも、自我が芽生えれば、気づく。


自分は決して、一番にはなれないことを。

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