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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第一部 【詰まらない物語】
23/72

第22話 『猫娘の叱咤激励』

「これからどうすっかなあ」


ヒヒイロカネを生み出すスキルを得て。

またしても路地裏で途方に暮れる。

とりあえず、現在地の情報を収集しよう。


当てもなくうろつきながら、ふと思う。

心底どうでもいいけど、本当に俺もヒヒイロカネを排泄する身体になったのだろうか。

でも吸血鬼になってから便意はおろか尿意すら感じてないんだよな。本当にどうでもいいが。


今になって、平凡だった頃を思い返す。


高校に入学してから、かなり自堕落になった。

理由は、神から余命宣告を告げられた為だ。

どうせ死ぬんだと思うとどうでもよくなった。


あらゆることがくだらなく感じて。

高校入学前はわりと色々な分野に力を入れて努力をしてきた俺は、それをやめてしまった。

怖くて眠れない夜もあった。だが朝日は昇る。


あっという間に高3になって、焦っていた。


そろそろタイムリミット。時間がない。

そんな中、なし崩し的に吸血鬼となった。

希望が湧いた。神が定めた運命に抗えるかも。


だけど、姉ちゃんが死んで、また絶望。

姉ちゃんの居ない世界に、価値なんかない。

そう考えると、いつ死んでもいい気がする。


けれど、俺が初めて得たスキルは、不死。


何度殺されても死なない吸血鬼の肉体。

でも、惰性で生きているわけではない。

まだ死ねない理由が、仇である神の存在。


あの神を殺す為に、もっと強くなろう。


その為だけに、現在俺は生きていた。

路地裏を彷徨い、立ち並ぶ店の扉を何度もノックする。しかし、反応はない。閉まっている。

ここらの店は、夜の店が多いのだろうか。


えっ? 表通りに出ろって? 馬鹿言うなよ。


忘れて貰っちゃ困る。俺は上半身裸だ。

度重なる戦闘によって、そんな有様。

流石にこの格好で人混みには行けないさ。


だから、どこかで衣服を調達したいのだけど。


「にゃおん」


困り果てた俺の背後で、猫の鳴き声が。

振り返ると、毛並みの良い黒猫がいた。

その猫は蒼い瞳でこちらをじっと見つめて。


ぷいっと、顔を背けて、歩き出した。


猫を飼ったことのない俺は、それを見送る。

はっきり言って動物との接し方がわからない。

だから声すらかけずに見ていると、止まった。


「にゃんっ」


さっさと来いよ、みたいな仕草。

それを見て、素直について行ってみる。

なんとなく、不思議な猫だと感じた。


猫の先導に従って、一件の店に辿り着いた。


「にゃあん」


おら、さっさと扉を開けろ、みたいな仕草。

なんとも人使いが荒い猫だ。扉を開ける。

そこはお洒落な喫茶店だった。客はいない。


「今日は人手不足で臨時休業にゃ」


店内をキョロキョロしていると、女性の声。

びっくりして振り返ると、黒髪の美女が。

まるで喪服のようなゴシックドレス姿。

ベリーショートでワイルドな癖っ毛。

そんな髪型とドレスのギャップがたまらない。


そんなことよりも、だ。


「その猫耳……もしかして、本物ですか?」

「ほほう? よく見破ったにゃん」

「いや、だって、ピクピク動いてるから」


ピクピク動く猫耳。それに癖っ毛の黒髪。

そして何より決定的なのは、黒い尻尾だ。

毛並みの良い尻尾が、ゆらゆらと揺れる。

吸血鬼になってからだいぶファンタジー慣れしてきた俺は、ピンと来ていた。怪しいぜ。


「ご明察。みゃーは動物に変身出来るにゃ!」


目の前で身体が縮み、猫となる。あの黒猫だ。

そしてむくむくと大きくなり、また美女に。

尻尾をゆらゆら揺らして得意げに鼻を鳴らす。


「どうにゃ? みゃーかわいいかにゃ?」

「はい。とっても、かわいいです」

「ありがとにゃー!」

「こっちこそありがとー!」


勢いで、ハグを交わす。お日様の匂いがした。

日中は日向ぼっこでもしてるのかな?

あまりクンカクンカして嫌われたくないので、ほどほどにしておこう。俺も学習したのさ。


「それで、俺になんの用ですか?」

「実はみゃーの店の可愛いバイトが行方不明なのにゃ。おみゃー、何か知らないかにゃ?」


バイトが行方不明? それは大変だ。

しかし、それを俺に聞かれても困る。

猫耳の喫茶店の店員の知り合いなんて……あ。


「それってもしかして、高校生くらいの?」

「そうそう、みゃーと同じ黒髪でショートカットの身体の起伏がない、可愛い女の子にゃ」


起伏のない女の子。間違いない。姉ちゃんだ。


「あの、それはたぶん、俺の姉ちゃんです」

「おみゃーとはちっとも似てないけどにゃ」

「放って置いて下さい。自覚してますから」

「そんで、その姉ちゃんはどこにゃ?」


猫娘の毒舌に涙目となる俺に、詰問してくる。


「突然仕事中にいなくなって、それ以来、音信普通にゃ。図書室で、何があったのにゃ?」


ギラつく蒼い瞳。フーフー息を荒げる猫娘。

確かに姉ちゃんは神に図書室に呼び出された。

そのことを知っているなら、恐らく。


「手配書ならみゃーの店にも貼ってあるにゃ」


顎で店内の壁を示す。俺の手配書があった。

マズイな。完全に疑われている。冤罪だ。

俺は姉ちゃんを殺していない。無実である。


「俺は何もしてない。殺したのは、神だ」

「神? なんの冗談かにゃ?」


そうだよな、神と言ってもわかるまい。

何か他の呼び方は……後ろの席の美少女とか?

いやいや、それこそ謎が謎を呼んでしまう。

そういや、生徒会長はこんな風に呼んでたな。


「この世界のワールド・オーナーが、殺した」

「嘘にゃっ!!」


猫娘が吠える。髪と尻尾の毛を逆立たせて。

なんだかよくわからないが、激怒している。

面食らいつつも、身の潔白を証明しようと。


「嘘じゃない。あいつが殺したんだよ!」

「そんなの信じないにゃ! あの2人がどれほど強い絆で結ばれてると思ってるにゃ! ワールド・オーナーがあの子を殺す筈ないにゃ!」


なんだよそれ。わけわかんねぇよ。

2人の絆? んなもん知るか。初耳だ。

憤りながら、気づく。問答など無意味だと。


「だったら、俺が殺したってのか?」

「そうにゃ。おみゃーが犯人にゃ」

「そうだとしたら、どうすんだよ?」

「決まってるにゃ。ぶっ殺すにゃ!!」


あーあ。やっぱり、こうなるのね。残念だよ。

かわいい猫娘とお近づきになりたかったなあ。

だけどよ、その罪だけは被る訳にはいかない。


「来いよ。だが、あんたは俺に勝てないぜ?」

「黙るにゃ! 爪のサビにしてくれるにゃ!!」


猫娘が隠していた鋭い爪を伸ばす。

しゃがむように膝を折り太ももに力を込めた。

蒼い瞳が縦に裂けて、ハンターと化す。


初撃は、見えなかった。金属音と、火花。


「なんつー硬い身体にゃ」


蒼い眼を見張る猫娘。

そっちの爪の強度にもびっくりだ。

ヒヒイロカネのスキルを得た俺の身体は、今やガッチガチだ。まあ、まだまだ脆いけどな。


切りつけられた背中に、引っ掻き傷が残った。


浅く切られたようだ。精進が必要だな。

スキルを成長させる為には、何が必要だろう。

なんとなく、検討はついている。努力だ。


いつだか神は言っていた。

才能があっても努力をせずに詰む者も居ると。

才能は、努力で伸ばすのだ。具体的には。


「とりあえず、水スキルだな」


水使いのスキルを使用して、水弾を作る。

水鉄砲程度のスキルが、蛇口程度になった。

やはり、繰り返し使えば、スキルは成長する。


「おらっ! 喰らえっ!!」

「にゃにゃっ!?」


手のひらで作り上げた水弾を、投擲。

これは初めてやったから、速度は遅い。

難なく回避されてしまう前に、次の手。


闇のゲートを生み出し、異空間に収納。


「ほらよ、よけてみな」


出口となるゲートを、猫娘の真上に展開。


「にゃあーっ!? 冷たいにゃっ!」


ずぶ濡れとなった猫娘が情けない声を出す。

やはり、猫は水が苦手なようだ。勝機あり。

俺は手刀で、動きの鈍った彼女を攻撃。


「舐めるにゃあっ!!」


しなやかに海老反りになり、回避された。

なんつー身体の柔らかさだ。そして瞬発力。

無理な体勢から、顎を蹴り抜かれた。


「がっ!?」


衝撃で身体が浮き上がる。恐ろしい筋力。

オマケに足の爪で顎下をざっくり切られた。

そのままバク転して距離を取る猫娘。


クラクラする頭を振って、気を引き締める。


「参ったな。正直、舐めてたよ」

「おみゃーみたいなちんけなオスが、みゃーを舐めるなんて100万年早いにゃ! 汚いにゃ!」


いや、舐めるって、そういう意味じゃないよ。

もちろん、出来るなら物理的に舐めたいけど。

猫娘の嬌声はきっとたまらなく可愛いだろう。


まあ、100万年も待つつもりはないけどな。


「それなら、こっちも手段は選ばない」

「おみゃーの攻撃なんて当たんないにゃ!」


確かに、素早さでは勝てそうにない。

だけど、俺には各種のスキルがある。

先ほどの金ピカ幼女との戦いで、見つけた。


今の俺に出来る、最高の戦い方、必勝法を。


「いくぜ……ウォーターポンプッ!!」

「変な技名だにゃ。それで何を……にゃっ!?」


変な技名で結構。所詮、思いつきである。

しかしその効果は絶大だ。ウォーターポンプ。

その名の通り、水を送り出す魔法。地味な技。

しかし、その送り出す場所こそが、鍵となる。


「にゃにゃ……! おしっこが、したいにゃ!」


愕然とした青い顔の猫娘。攻撃は成功した。

何を隠そう俺は、水魔法と空間魔法を併用したこのウォーターポンプによって、膀胱に直接大量の水を送り込んだのだ。我ながらあっぱれである。

100万年も待たずとも嬌声を促す冴えたやりかた。

金ピカ幼女と同じ勝ち筋。これこそが、秘技だ。


「漏らす前に、楽にしてやるよ」

「……信じられないくらい、クズにゃ」


青い顔の猫娘に歩み寄る。罵倒された。

しかし、その表情はわりと穏やかで。

モジモジしながら、ほっと安心した様子。


「こんなアホな技を使うおみゃーがあのバイトを殺せる筈ないにゃ。そもそもあの子は……」

「姉ちゃんは、おしっこなんてしないからな」


一切飲み食いしなかった姉ちゃん。

当然、トイレをする姿も見たことはない。

それも当然、姉ちゃんはサイボーグだった。


だから、こんな技で姉ちゃんは倒せない。

それを猫娘は理解したようで、誤解は解けた。

彼女は内股で、俺にぺこりと猫耳頭を下げた。


「疑って、悪かったにゃ」

「ああ、わかってくれたならいいよ」

「おみゃーは仇を討つつもりなのかにゃ?」

「もちろん。この命に代えても、必ず」


良かった。今回は殺さずに済みそうだ。

猫娘と和解をして、決意を新たにする。

彼女はそれを聞いて蒼い瞳でこちらを見つめ。


「それなら、みゃーのスキルを奪うにゃ」

「は? いや、それは……」

「あのワールド・オーナーに勝つには、あらゆるスキルを集める必要があるにゃ」


尻込みする俺に、猫娘は正論をぶつけてくる。

あいつに勝つには、確かにそれは必要だろう。

けれど、その為に異能力者を殺して回るなど。


そんなことなしたくない。今更、良心が痛む。

おかしな話だ。散々、スキルを奪っておいて。

何人もの死を見て俺は少々気弱になっていた。


逡巡する俺に、猫娘は悪戯っぽく微笑んで。


「みゃーにお漏らしをさせるつもりかにゃ?」


あくまで自分の為に吸えと後押しをしてきた。

女性である彼女にそこまで言わせてしまった。

俺には尿意を促した責任がある。尻を拭おう。


「なんだったら、おしっこを飲むけど?」

「そんなの、死んだ方がマシににゃ」


泣きそうになりながら、冗談を交わして吸血。

くそ、しょっぱいな。猫娘の血液は、塩辛い。

ボロボロ泣く俺の頭を、猫娘が優しく撫でて。


「バイトの仇を……必ず、討つにゃ」


遺志を残して、消滅した。猫娘は砂となった。

彼女の温もりが、撫でられた優しさが、残る。

俺は、期待していたのかも知れない。仲間を。


和解した猫娘と共に神を打ち倒す、未来を。


それは結局甘えでしかなくて、猫娘は叱った。

甘えるなと、言われたような気がする。

そういや神も言ってたな、頼るな、と。


結局、自分1人の力で抗うしかないのだろう。


奪った猫娘のスキルを使うと、体毛が変化。

彼女はゴシック・ドレスだった。なら、俺は。

漆黒の燕尾服に身を包み吸血鬼を演出しよう。


店の窓から夕陽が差し込む。


涙はすでに乾いた。


じきに夜が来る。


さあ、異能力者狩りを、始めよう。

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