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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第一部 【詰まらない物語】
2/72

第1話 『おたまじゃくしレース』

《おたまじゃくしレースは見物だったせ》


神は下品な笑いと共に振り返る。

『おたまじゃくしレース』とは、俺の父親から放たれた3億匹のおたまじゃくし達が、母親の卵というゴールを目指して繰り広げられた熾烈な徒競走である。

それの意味くらい、わかるだろう?


まあ、察してくれ。その通りだ。


俺という存在が出来上がるまでの過程。

その頃からこの下品な神は目をつけていたということだ。もっとも、全てを見通す神だから当然か。


《知ってたとはいえ、ハラハラしたぜ》


なんでもぶっちぎりでびりっけつのおたまじゃくしがなんとか完走して卵にチェックインしたらしい。どうでもいいことだ。本当に、放っておいて頂きたい。


《ちょいさしだーッ!って絶叫してた》


下品に笑いながら回想する神の声。競馬かよ。

中学生に上がってからこの話題の意味を知った俺は神を呪い殺したくなったね。


《ま、なかなか楽しめたよ。うん》


述懐する神の声はあっさりとしていて、当然その結果は存じていたらしい。

そこでふと疑問に思う。もしかして。

びりっけつのおたまじゃくしがゴール出来たのは、神様の思し召しではないかと。


《いやいや、そんな干渉はしないよ。しようと思えば出来るけど、望むべき結果が得られるとわかっているなら傍観するに決まってるだろう? 当たり前さ》


神はその結果を望んでいたらしい。

望み通りだったから手出ししなかった。

つまり(とはいえ、つまらないのだが)、俺という無能が産まれることを、神は望んでいたのだ。

それは不可解と言える。

神は何故、俺を望んでいたのだろうか。


《ま、そのうちわかるさ。気にすんな》


ばっさりと話は打ち切られ、本題に戻る。

そんなこんなで無事に受精して細胞分裂を繰り返した俺は、十月十日を経てこの世界に産まれ落ちた。

安産であった。


《猿みたいな顔がすげー笑えたわ》


産まれた瞬間に馬鹿にされ、さぞ苛立ったであろう新生児たる俺は、産声という形で抗議した。

無論、ただの想像に過ぎないのだが。


《あの頃のお前はママのおっぱいを貪って、卑しいったらありゃしなかった》


断じて卑しくない。当然の食生活だ。


《なら、いやらしいとでも言おうか?》


赤ん坊に根も葉もない悪口は言うな。


《お前はむっつりすけべだからな。ほら、三つ子の魂百までっていうだろ?》


0才児にそれは当て嵌らないだろうが。


《ふむふむ。0才児、ねえ。なかなかいい得て妙だな。褒めてつかわすぞ》


才能ゼロの子供という意味で言ったわけではない。人の揚げ足を取るな。


《なら迂闊に足を揚げんな。だからお前はダメなんだよ。ゼロ才児》


この会話からもお分かりだろうが、神は非常に下品且つ、口が悪い。最低だ。

けれど、一応補足して置くと声自体はとても魅力的な声音で脳内に響いてくる。


口調は投げやりだが慈愛に満ちている。

明るい女性の声であり、清らかな声音。

それは理想の声と言っても過言ではないだろう。


そんな美声が産まれた時から聞こえた。

それに対して赤子の俺はバブバブ言って反応していた。

時には泣かされたりも。


なにぶん赤子のすることだから両親はあまり気にしなかったようだ。両親は突然泣き喚く俺をあやしながら、授乳し、オムツを替え、世話を焼いてくれた。


《しょっちゅう漏らして臭いのなんの》


仕方ないだろう。それも赤子の仕事だ。


《途中からバトンタッチした姉ちゃんも慣れない育児に翻弄されてたな。ありゃいいもん見れた。懐かしいぜ》


途中からバトンタッチ。転機である。

両親から姉ちゃんに俺の育児はバトンタッチされた。まだ1才になる前のこと。


両親が死んだ。赤子の俺を遺して。


親戚である姉ちゃんに赤子を見せに行き、ちょっと買い物に出かけた際に、車で単独事故を起こしこの世を去った。

帰りを待つ赤子の元に、警察から連絡が入り、両親の死亡が姉ちゃんに告げられ、葬儀をして、墓に埋められた。


このご時世、両親の親戚と呼べる者は姉ちゃんくらいしかおらず、その彼女も既に親を亡くしており天涯孤独の身。

そんな姉ちゃんが葬儀の全てをこなし、俺を引き取り、その後の面倒を見た。

簡潔に言えば、保護者になった。


慣れない育児に翻弄される姉ちゃん。

申し訳なさと感謝が募る。頭が下がる。

物心がついた時にはそばに居て、それは俺が高校生となった今でも変わらない。


変わらないと言えば、姉ちゃんの風貌も変わらない。ちっとも、まったく。

姉ちゃんは物心ついた頃から高校生くらいの女性で、今でもそれは変わらない。


いや、見た目が若いとかじゃないんだ。

誰がどう見ても、高校生くらいだ。

平凡な俺とは似つかない美人さん。

ショートカットの黒髪で、もみあげがふわっと長めで、少し冷たい印象の黒い瞳や、白い肌、淡く色づく唇なんかも昔のまんまだ。何一つ変わっていない。


物心ついたのが5~6才だと過程すると、かれこれ10年は経っている筈であり、するとアラサーになっているのだろうが、とてもそんな風には見えない。


というか今年、同じ高校に入学した。

育児がひと段落ついたからと言っていたが、よもや育ての親とも言える姉ちゃんが同級生になるとは。

信じられない。いや、ありえないだろう。


《まあ、そんなこともあるさ》


嘘つけ。これは明らかに異常だ。

どうせお前は何か知っているんだろう?

そろそろ白状しろ。今すぐに。


《うるせえな。どうでもいいだろ。それとも姉ちゃんと同級生で不満があんのか?内心めちゃくちゃ喜んでる癖に》


そりゃあ、なんか追いついた気がして嬉しいとは思うけどさ。なんとなくな。


《ならいいだろ。つーか、端折りすぎ》


お前にだけは駄目出しされたくない。

いつも肝心なところで端折る癖に。

まったく、生まれてこのかた、こいつにはペースを狂わせられっぱなしだ。

それにこの神は時折嘘をつくから困る。


ええと、それでどこまで話たっけ?

ああ、両親が死んだところまでだな。

それでは、それからの話をしよう。


俺が無能だと自覚する、幼児期の話を。

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