第18話 『一方通行の運命』
「さてと」
担任教師を吸い殺して、時計を確認。5時半か。
改めて自分の衣服を確認。完全不審者だな。
生徒が登校してくる前に今度こそ帰ろうと昇降口で靴を履き、校外に出ようとすると。
「ふぇっ?」
辺りが一面、湖となっていた。
思わず情けない悲鳴を漏らして水面を眺める。
海……ではないよな、うん。波立ってない。
それに向こう岸に校門が見える。湖だろう。
静かな水面はまるで鏡のように朝日を反射。
透き通った美しい蒼色がその深さを示してる。
「よお、テクノ野郎」
その鏡面に佇む男子生徒。クラスメイトだ。
どんな原理で水に浮かんでいるのだろう。
ちょっとヤンキーの入ってる彼は、ガラ悪く。
「てめぇ、俺の女を殺したな?」
「はい?」
ちょい悪の彼の女。果たして誰のことだろう。
担任教師……なわけないか。先生は男だ。
孤島のダンジョンのかわゆいラスボスは、何十万年も引きこもりだったようだし、となると。
「惚けんなよ。生徒会長の気配が消失した」
やっぱりそうか。会長、人気者だな。
しかし、彼氏が居たとは聞いてないぞ。
彼女はそんなこと一言も言ってなかったし。
しかし、恋人を殺してしまったとは。
さすがに胸が痛む。やっちまった。
俺だって大事な姉ちゃんを殺された身だ。
かけがえのない存在を失った気持ちはわかる。
それが本当だとしたら、謝罪をしないと。
けど、謝る前に一応、確認をしておこう。
変な言いがかりだったら、困るしな。
俺はなるべく刺激をしないように、口を開く。
「会長と付き合ってたとは、知らなかったよ」
「……別に付き合ってたわけじゃねぇ」
ほらみろ。きな臭くなってきやがった!
ふぅ。聞いて正解だったな。
言いがかりの香りがする。
「すると、憧れてた……とか?」
「そうじゃねぇ! 火を操る会長と、水を操るこの俺は、いずれ結ばれる運命だったんだ!!」
あー……これは、かなり重症みたいですね。
要約すると、水を操る彼は、火を操る会長に一方的な運命を感じていたってわけか。
いやいや、そう断じるのは早計か。早まるな。
憐憫の情をなんとか抑えて、確認をしてみる。
「えっと、その……会長も運命を感じてたの?」
「ふっ……会長はまだ気づいてなかったよ」
はい、完全に片思いです。一方通行です。
本当にありがとうございました。
この手の輩には関わらない方が賢明だろう。
「そ、そっか〜。じゃあ、来世に期待だな! んじゃあ、俺はそろそろこの辺で……」
目を逸らして立ち去ることにした。
水は邪魔だが、吸血鬼化した俺の身体能力ならスイスイ泳げると思ったら、大間違いだった。
「あれ?」
水面に足を踏み出そうとするが、出来ない。
そこに不可視の障壁があるかのように。
神の結界と似たような物だろうか?
「その牙、お前……吸血鬼だろ?」
そんな俺を嘲笑う、ちょい悪同級生。
吸血鬼とバレても、もはや気にしない。
ただ馬鹿にしたような言い草が、気になった。
「だったらなんだよ?」
「だったらてめぇは水面を渡れない」
「はあ? なんでだよ」
「吸血鬼だからだ。アホかてめぇは」
え? 吸血鬼って、水面渡れないんだっけ?
ファンタジー知識を掘り返してみる。
そんな設定、聞いたような、聞かないような。
ただ、それならあのかわゆいボスが絶海の孤島に封印されていた理由に、説明がつく。
辺りが海ならば、脱走の心配はない。
となると、その説は正しいってことか。
「そりゃ困ったな」
「もとより逃すつもりなんかねぇよ」
腕を組んで困り果てる俺に、水弾が飛来。
自動車程のその水の塊は、それなりの速度でこちらに衝突した。たたが水。されど、水だ。
この場合、何が脅威かと言えば、質量だ。
自動車程の大きさの水。かなりの重さ。
それが速度を持ってぶつかるとどうなるか。
答えは単純。全身複雑骨折と内臓破裂だ。
水の表面で押し潰された俺はずぶ濡れで再生。
別段、水が滴っていても良い男ではない。
完全に濡れ損である。割に合わない。
切ない気持ちになっていると、ヤンキーが。
「へっ。こんなことも出来るんだぜ」
両手を水面に翳す、すると湖が渦を巻いて。
巨大な竜を形どり、襲いかかってきた。
おお! すげーな水使い。カッコいいじゃん。
「わっぷ! ゴボゴボゴボ……」
俺を飲み込んだ水の竜は、捕らえたまま静止。
呼吸が出来ずに、意識が遠のく。死んだ。
と思ったらすぐに復活、そしてまた溺死。
もがいても、水の中を進めない。
吸血鬼の弱点を上手く突いた攻撃。
天敵みたいな水使いに何度も殺され、気づく。
この水、吸えるんじゃね?
吸血鬼とはその名の通り、血を吸う化け物だ。
しかし、それ以外も吸えるかも。
水面は渡れないかも知れないが、水を飲めないなどという設定は寡聞にして聞いた事がない。
遠のく意識の中で着想して、復活後に実践。
口を開けて、吸ってみる。
すると猛烈な勢いで竜がしぼんでいく。
不思議なことに腹に溜まっている感覚はない。
この便利な牙が別腹で吸っているらしい。
ともあれ、あっと言う間に水竜は消滅した。
「そ、そんな、馬鹿な……!」
狼狽えるヤンキーを尻目にその場にしゃがむ。
「な、なにするつもりだ……?」
「邪魔な水たまりを、片付けるのさ」
まるで家畜のように這い蹲り、水を吸引。
みるみる湖は小さくなり、地面が見えた。
あれほど深かったのに、水に覆われた地面はそのままの高さに出現している。まさに魔法か。
陸に打ち上げられた魚となった彼に、接近。
一足で肉薄した俺に、彼は切り札を使う。
「くたばれ! ウォーターカッター!!」
水の斬撃が一閃。輪切りになれながら、囁く。
「頂きます」
斬られた勢いでそのまま彼に覆いかぶさる。
二の腕辺りにガブリと牙を突き立てる。
すぐに失った下半身が再生。血を啜る。
うーん。やっぱり不味いな。男は駄目だね。
とはいえ、好き嫌いは良くないよね。
なにせ、有能なスキルだ。水を操る力。
このスキルがあれば弱点を克服できる。
「ぐっ……会長を、殺した奴なんかに……!」
怨嗟の声を残して、消滅。
水使いのスキルは有難く頂戴した、
ヤンキーだった砂を手で払いながら、思う。
「お前さぁ、後ろの席が美少女だった俺を羨ましがってただろ。それなのに運命とか……草」
おっと。神の口癖が移っちまった。
どんどん性格が悪くなっていくな。
これじゃあまるで悪役みたいじゃないか。
まあ、悪役そのものだけれど。
もう1話、投稿できる……かも。