第16話 『糸口と決別』
「おら、どうしたひよっこ。もう終わりか?」
死闘が始まり、数時間ほど経ち。
俺はその間、何度も殺された。
雷に打たれ、殴られ、重力に押しつぶされた。
特に最後の重力魔法は効いた。
まるでアルミ缶を縦に潰すように、ぺしゃり。
顎が自分のつま先に当たる日が来ようとは。
だけど、それでも、何故か。
何度も殺されながらも、まだ生きている。
それはもちろん、吸血鬼が不死だからだ。
死ぬ瞬間の感覚を味わった直後、再生する。
生き返って、初めて呼吸した刹那、死亡。
かれこれ数十回は繰り返して、学んだ。
生き返った直後に息を吸う愚かさ。
息を吸う前に、飛び跳ねて、距離を取る。
もちろんそう上手くはいかない。
何度も失敗して、また死んだ。
飛び跳ねた着地点を読まれ、殺された。
何十回も試行錯誤を重ねて、即死を回避。
ようやくハメ技から抜け出ることが出来た。
とはいえ、着地に失敗して尻もちをついたが。
そんな無様な俺を、神は嘲笑した。
慌てて起き上がるが、腰が引けている。
圧倒的な実力差を、ひしひしと感じていた。
曲がりなりにもこいつは神だ。
万が一にも、勝てるわけない。
そんな諦念を見透かして、神は挑発してくる。
もう終わりか、と。
終わりと言って仕舞えば、初めから終わっていたような人生だったけれど、ピリオドをつけるのは時期尚早に思われた。まだ、続けよう。
戦闘の中で、経験が蓄積されていた。
全てにおいて瞬殺ではあったが、神は様々な殺し方を披露してくれた。スパルタ教師の如く。
もちろんその中には、到底真似することが出来ない手段が多々見られた。魔法とかな。
魔法に関しては、学びようがない。
詠唱でもしてくれるのであれば、それを暗記して唱えてみることも出来るのらだが、あいにく神は魔法を指パッチンで発動する。夢がない。
魔法使いってのは、皆こうなのだろうか?
杖も持たず、詠唱もせず、指を打ち鳴らす。
俺のイメージとは随分と異なる。
もっとこう、長ったらしくて小難しい非常用漢字を連発して、魔力とやらを杖の先端に溜め込んで、スカッと爽快にぶっ放すものだろう。
なんて、厨二めいた憧れはさておき。
目下の問題は、攻撃の手段がないことだ。
再生後の回避が正答であると知る前は、反撃してみたこともあった。ま、無駄だったけどな。
何しろこの神は硬すぎる。
ぶん殴ったこちらの拳が砕けちまった。
会長に両断されていたから耐久力や防御力は大したことないのかと思ったが、大間違いだ。
力、速さ、硬さ。全てがカンストしている。
そういや、会長が生前言ってたな。
レベル差を感じちゃうね、と。
改めて、その言葉の意味を実感した。
圧倒的なレベル差。ステータスの差。
とても倒せそうにない。無理ゲーだ。
そう断じて、ふと違和感を覚えた。
その差をひっくり返すことは、不可能なのか?
生徒会長との戦闘を思い返す。
会長と俺の実力には、神ほどではないが、大きな開きがあった。なのに、俺は勝てた。
それは、何故か?
言うまでもない、吸血鬼だからだ。
より端的に言えば、牙があったからだ。
それが、圧倒的強者である会長に勝てた理由。
そう言えば、あのかわゆいボスの血も吸えた。
あの時はまだ吸血鬼ではなかったのに。
何か秘密があるのかも知れない。弱点か?
定かではないが、急所である可能性がある。
吸血鬼の血を吸ったことにより吸血鬼化した。
それはすなわち、生殖活動と同義なのかも。
俺はきっと、あのかわゆいボスの眷属となったのだ。
そう考えれば、辻褄が合う……気がする。
ともあれ、手がかりはそれしかないのだ。
その線で考えてみよう。なるほど、急所か。
人体において、生殖と急所は関連性が高い。
何故ならば、生殖器は、急所であるから。
誰だって、股ぐらを蹴られたら痛い。
それは女子だって同じだろう。痛い筈だら、
もちろんそれは、卑猥な妄想に過ぎないが。
いかん。話を戻そう。下ネタ厳禁。
その人体の仕組みを吸血鬼に置き換えてみる。
もしかしたら、首筋が生殖器なのか?
いや、それはおかしい。見当違いだ。
試行錯誤を重ねてる間、俺は反撃として何度も神の首筋に手刀を振るったが、無意味だった。
まるで金属を叩いたような感触で弾かれた。
そもそも、たまたま俺はかわゆいボスと生徒会長の首筋を噛んで吸血したが、それは別に手首でも足首でも構わなかったのだろう。
これに関しては想像に過ぎない。要検証だ。
しかし、ようやく仕組みがわかりかけてきた。
思考をまとめよう。足りない頭をフル回転。
そして俺は、ひとまずの結論に至った。
吸血という行為が、特殊な意味を持つ。
それは生殖活動であり、同時に攻撃ともなる。
俺の理論が間違っていなければ、必殺である。
それを確認するべく俺は動いた。風より速く。
「ふん。ようやく気づきやがったか」
神は余裕の笑みで待ち構えている。
口にした言葉は、俺の認識の肯定。
いける。きっと神にもこの牙は届く。
もちろん、そうはいかないのだが。
「な、んだと……?」
一気に肉薄しようとしたが、弾かれた。
神の周囲には、不可視の壁が張られていた。
結界か。そういや、そんな力を持ってたな。
まるで子供の遊びでバリアを張るように。
安全な結界内で神は底意地悪い笑みを浮かべながら、赤々と光る視線で見下し、忠告した。
「吸血の特異性に気づいたことは一応褒めてやろう。だが、それはお前だけの特権じゃない」
神が右手を翳す、すると俺の身体が浮いた。
金縛りに遭ったように、動けない。
そんな無防備な俺の首筋に神は顔を近づけて。
「オレ様も吸血鬼だってことを、忘れんな」
その長く鋭い牙を、こちらに見せつけた。
失念していた。その牙の存在を。神の正体を。
俺がこいつを殺せるなら、その逆もまた然り。
この神はいつだって、俺を吸い殺せたのだ。
「ん? そろそろ夜明けか」
ガブリと噛み付かれると思ったら、違った。
神は朝焼けに染まった窓の外を眺め、ぽいっと俺を放り捨てて、金縛りから解放した。
なんだなんだ。どういう風の吹き回しだ?
やっぱり太陽が苦手なのか? 吸血鬼だから?
怪訝な視線を向けると、神は失笑して。
「バーカ。炎耐性はあるに決まってんだろ」
呆れた口調で、平然と朝日を浴びていた。
なんとも吸血鬼らしくない振る舞いだ。
これ以上、俺のファンタジー世界を壊すな。
非難の視線を送ると神はパチンと指を鳴らす。
「生徒が登校してくる前に片付けないとな」
さも面倒そうに宣言して、魔法が発動。
見るも無惨だった図書室が、復元していく。
焼け落ちた灰が本となり、ドミノ倒しのように倒れた本棚が巻き戻されるように直立して、そこに本が綺麗に並べられる。幻想的な光景。
「とりあえず、今日のところはここまでだ」
まるで教師のように授業の終わりを告げる神。
授業。そうだ、まさしく、授業だった。
吸血鬼になりたての俺に、戦い方を教えた。
そのことに気づき、毒気を抜かれていると。
「何度でも挑戦は受け付けてやんよ」
偉そうに腕を組んで、豊満な胸を押し上げて。
「ま、お前なんかにオレ様は負けないけどな」
カチンとくる言い草でまたもや挑発してきた。
姉ちゃんを殺した仇。しかし、不可解だった。
神は俺を圧倒していた。何度も瞬殺された。
それでも、俺は、まだ詰んでない。不自然だ。
死闘とは名ばかりの、詰まらない戦い。
ただそれは、俺にとって意味あるものだった。
戦いの中で、吸血鬼の特性を学んだ。
様々な攻撃手段を、この身に刻んだ。
それなりの経験値を、俺は得ることができた。
しかし、神にとっては無意味なことだ。
圧倒的強者のこいつが得た物など何一つない。
ただ単に、時間を無駄にしただけだろう。
そして結局、本当の意味で俺を殺さなかった。
金縛りにして血を吸えば、消滅できたのに。
「んじゃ、あばよ」
朝日に照らされた神が、霧を纏う。
いや、霧となって霞のように搔き消える。
その去り方は、なんとなく吸血鬼らしい。
俺はその白い霧に、疑問を投げかける。
「どうして! どうして姉ちゃんを殺した!?」
至極単純ゆえに、頭に血が上っている戦闘中には聞けなかった問いかけ。今ならば、聞ける。
神と姉ちゃん。はたから見ても浅からぬ関係であるように思われた。それなのに、どうして。
白い霧の中から、神の返答が届く。
「10万年くらい考えれば、わかるかもな」
そんな無茶な解答を残して、神は消えた。
疑問には答える気はないようだった。
それは神との敵対と決別を意味していて。
「なあ、神。もうお前の声は聞けないのか?」
誰も居ない図書室に、虚しく響く問いかけ。
しばらく待っても、何も返事はない。
神の下品な笑い声も、下ネタも、聞こえない。
姉ちゃんも失った俺は、初めて孤独となった。