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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第一部 【詰まらない物語】
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第15話 『神の裏切り』

「ご、ご主人、様……?」


いきなり首筋を噛まれた姉ちゃんが瞠目する。

返事をすることなく噛み付いたままの神。

俺には目の前の光景が、理解不能だった。


神は姉ちゃんを直してくれると言った。

では、これはサイボーグらしき姉ちゃんの修理なのだろうか? 随分と荒療治に思える。


事ここに至っても神を信じていた俺の目に。


「あ?」


サラサラと砂になっていく、姉ちゃんの胴体。


裏切られた、のか? わからない。

俺には何もかも、さっぱりわからない。

これはドッキリか何かなのだろうか。


なあ、神。


黙って噛み付いてないでなんとか言えよ。


「おっと。これを忘れるとこだったぜ」


一旦牙を引き抜いて、ヒュンっと風切り音。

神の手がぶれたと思ったら何かを握っていた。

それは拳大の真紅の球体であり、複雑な幾何学模様が表面に刻まれていた。何かの部品か?


ポカンとしていると、姉ちゃんが掠れた声で。


「おいてかないで……」


ポツリと、哀しげな懇願をした。

その呟きには計り知れない悲しみと絶望が含まれており、神が手にする球体が姉ちゃんにとって非常に大切な物であることが伺い知れた。


見ると、姉ちゃんの胸に、大穴が空いている。


考えるまでもなく、あの球体はその風穴から抜き取られた物であり、人体においてその位置にある臓器に該当するのは、心臓である。

しかしながら、どうも人間ではないらしい姉ちゃんにとってそれが心臓なのかはわからない。


神はその球体を目の前に掲げて、優しく諭す。


「安心しろ……俺の旅も、ここで終わる」


その神の言葉の意味は俺にはわからない。

けれど、姉ちゃんはそれで何かを悟ったらしく、静かに瞑目して、ひと雫の涙を流した。


そして再び目を開き、惚けている俺と視線を合わせて、俺にだけわかる微笑みを浮かべて。


「わすれないで……」


その遺言と神が球体を噛み砕くのは、同時だった。


「えっ?」


意味がわからず聞き返そうとするが、姉ちゃんの身体は瞬時に砂山を崩したように消滅した。

それは先ほど、俺が吸血した生徒会長の最期と全く同じ現象であり、それが意味することは。


「姉ちゃんが……死んだ?」


《ああ。オレ様が、殺した》


脳内に肯定の言葉が響き渡る。

死んだ。姉ちゃんが、死んだ。

せっかく助けたと思ったのに。

その為に吸血鬼になったのに。


漠然と、未来は明るいと思っていた。

今回の騒動もいずれ良い思い出となって、異能の力を得た俺と、サイボーグらしき姉ちゃん、そして得体の知れない神と楽しくやっていけると、そう信じていたんだ。それなのに。


ようやく、スキルを得たんだよ。

才能ゼロのこの俺が、やっと。

しかも、吸血鬼属性だぜ? 夢が広がる。


期待や希望を、つい先刻まで、抱いていた。

それは淡い光であり、その光の源は姉ちゃんだった。

そんなかけがえのない光が、搔き消えた。


真っ暗な図書室で、神の双眸が赤く染まる。

赤い玉を噛み砕いた口元を、拭う仕草。

そして、不意にその場にしゃがみ込んで。


「やっぱりこれは残ったか。回収回収っと」


姉ちゃんだった砂山から、ガラス玉を拾う。

それは、あのかわゆいボスの部屋に散らばっていたガラス玉と同じ物だと思われた。

神の傍らの空間が歪み、黒い染みが浮かぶ。

そこにガラス玉が吸い込まれて、閉じた。


異空間にでも回収したのだろうか?

しかし、それはこの際どうでも良かった。

姉ちゃんはどこだ? どこに行ったんだ?

俺は消滅を受け入れることが出来なかった。

ぼんやりと辺りを見ると、放置されていた手足も砂山を形成していて、どこにも姿はない。


「なあ、神」

「あん? なんだよ?」

「姉ちゃんはどこに行っちまったんだ?」


あれか? 生徒会長が言ってたな。

異世界にでも転生したのだろうか。

そうさ。きっとそんなオチだろう。

それなら、早く追いかけないと。


「それはないな。天国でも行ったんじゃね?」


投げやりな神の返答。なんだよその態度は。


「……ふざけんなよ」

「あ?」

「返せよっ! 俺の姉ちゃんを返せよっ!!」


激昂して、神の胸ぐらを掴む。

学校指定の女生徒用のブレザーのボタンが弾け飛び、豊満な胸が盛大に揺れ動く。

だが、そんな爆乳など視界に入らない。

牙を剥き出しにして吠える俺に、神は怒鳴る。


「ひよっこが! 誰に物言ってんだ!!」


神の白髪が持ち上がり、帯電した。

次の瞬間、強力な電流が迸る。

オゾンの匂い共に、バチッと弾き飛ばされた。


「いづっ!?」


痺れて目がチカチカする。感電したようだ。

呂律が回らず、全身の筋肉がつった感覚。

胸ぐらを掴んでいた両手は、焼け爛れていた。


「言うに事欠いて返せだと? 草も生えねぇよ!」


ぺっと、床に唾を吐き、神は殺気を漲らせる。


なんだこいつ。開き直りやがって。

許さない。絶対に、俺はこいつを。

この神を、必ず、ぶっ殺してやる。


「……姉ちゃんを殺したお前は、許さない」

「ならかかってきな。第3ラウンドだ馬鹿野郎」


裏切り者の神が、紫電を纏って浮かび上がる。


会長と戦っていた時とは比べ物にならない力。


真のラスボスが、本性を現し、立ち塞がった。

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