第14話 『小悪魔の最期』
「このっ! 離れろ痴漢っ!!」
噛まれた生徒会長がジタバタもがく。
それでも食らいついたまま離さない俺に、灼熱のブレスを吹き付けてきた。切り札らしい。
頭部だけの俺はもちろんなす術なく直撃を浴びて、自分の詰めの甘さ、つまらなさに呆れつつ、こりゃ今度こそ詰んだかな、と諦めかけたのだが、やはりというべきか詰まらなかった。
「そんなっ!? ボクの炎が効かないなんて!」
会長の絶望の叫びを聞いて、恐る恐る咄嗟に瞑った目を開けると、なんとまだ生きていた。
痛覚が正常に機能しているのであれば、火傷ひとつ負った様子はない。何故だろう。
暫し考えて、結論に至った。
どうやら俺は吸血の際に相手のスキルを奪うことが出来るらしい。かなりのチート能力だ。
それによって生徒会長の炎属性を我が物としたわけだ。火に対する耐性を、獲得した。
「ズルすぎるよ。あーあ……ここまでかぁ」
会長は観念したらしく、その場に座り込んだ。
その間も吸血を続ける俺の首の断面に違和感。
ムズムズしたかと思ったら、首から身体が生えてきた。ニュルっと脱皮したかのような感覚。
もっとも生まれてこの方脱皮経験は皆無だが。
失った右腕もキチンと再生していて、両手を使って会長を抱きかかえながら吸血を継続。
彼女の血は、あのかわゆいボスに負けず劣らず美味であった。爽快な喉越しが、たまらない。
知らず知らずのうちに抱きかかえる両手に力が入り、抱きしめるような形となった。
そんな体勢に、会長は居心地悪そうにぼやく。
「ちょっと……当たってるんだけど」
おっと、いっけねぇ。言われて気づく。
首から生えた身体が全裸であることに。
素っ裸で抱きしめれば、当然色々と当たる。
しかしながら、そんなことは瑣末な問題だ。
むしろ、こちらから当てにいこう。
「まったく……デリカシーがないんだから」
気まずそうに嘆息する会長の吐息が生々しくて、酷く興奮した。これが『リビドー』か。
一気に飲み干そうになるが、ぐっと堪える。
一旦口を離して、気になったことを尋ねる。
「どうして絆創膏を見られて慌てたんだ?」
我ながら頭のおかしい質問であることは重々承知しているが、会長のこれまでの小悪魔めいた言動から鑑みるに、あれほど慌てて羞恥心を露わにしたことに、少々違和感を感じた。
なので、そのことを聞くと会長は自嘲して。
「それは……君が強くなったからさ」
眠たそうな目をして、そう説明した。
大量に吸血されたことにより、もう目が見えていないのかもしれない。酷く衰弱している。
俺は、その青白く染まった可愛らしい頬に手を当てて、視力を失った彼女を撫でた。
すると彼女も弱々しく手を重ねて続きを語る。
「ただのNPCじゃなくなったから、つい意識しちゃったんだよ。他のプレイヤーに恥ずかしいところを見られたと思って、照れちゃったのさ」
てへっと、舌を出しておどける生徒会長。
そのあざとさに、酷く喉の渇きを覚えて。
荒々しく、再び牙を突き立てた。
「そんなにボクの血は美味しいかい?」
その問いかけに大きく頷くと、彼女は笑い。
「それは良かった。嬉しいよ」
心底嬉しそうに、安堵の息を漏らした。
そろそろ吸い終わる気配がした。
生徒会長の足先が、細かな砂に変わり始める。
「もしもまたどこかで会えたら……よろしくね」
そんな末期の囁きに一抹の切なさを覚えて。
俺は会長の程よい胸に手を伸ばして、揉んだ。
ふよふよしてる。その感触を、右手に刻んだ。
「ちょっ!? もぅ……バイバイ。変態くん」
ギョッとしたような声を残して、消滅。
そのおかげで、悲しみや寂しさが薄れた。
実に小悪魔めいた会長らしい最期であった。
《デビュー戦で快勝出来て良かったな》
右手に残った会長の感触を噛み締めながら、神の賞賛を聞き流す。快勝の喜びなど皆無だ。
如何に正当防衛とはいえ、殺人は殺人である。
吸血鬼であるかわゆいボスを倒すのとは違う。
俺は今日、初めて人を殺したのだ。
だが、罪悪感に浸っている暇などない。
放置していた重症の姉ちゃんの元に駆け寄る。
しかし、失念していた。俺は全裸であった。
「あなたを、そんな子に育てた覚えは、ない」
「ごめんなさい」
開口一番に叱られて、愚息は意気消沈した。
「とりあえず、服着ておいで?」
「はい……わかりました」
促されて、床に残された制服を着用。
首が千切れる前の俺の身体は、再生後に消失したらしい。制服だけがそのまま落ちていた。
着替えて、再び姉ちゃんの元へ向かう。
「もっと、マシな勝ち方は、なかったの?」
「すんません」
「お姉ちゃんは、恥ずかしいよ」
重ねて叱責されて、しょんぼり俯くと。
「だけど、嬉しかった。強く、なったね」
ほんの少しだけ柔らかな声で、褒められた。
姉ちゃんは飴と鞭の使い分けが上手だ。
嬉しくなって、胴体と頭部だけとなった姉ちゃんを抱え上げる。そのまま抱きしめる前に。
「なあ、神。お前なら姉ちゃんを直せるか?」
駄目元で、神に尋ねた。脳内に返信が届く。
《ああ、オレ様に不可能はない。見せてみろ》
本当に大した神様だ。その返答に一安心して、姉ちゃんを抱えたまま、神の元へと向かう。
容態がよく見えるように差し出すと、姉ちゃんは俺にだけわかる照れた笑みを浮かべて。
「すみません……壊れちゃいました」
「気にするな。ポンコツにしては、上出来だ」
なんか2人だけの世界を構築している。
なんとなく、気にいらない。どんな関係だよ。
それに、姉ちゃんをポンコツと呼ぶなよ。
無性にイライラしつつ、姉ちゃんが直ったら根掘り葉掘り問い正そうと、決意をしていると。
神は、何気ない仕草で顔を近づけてきて。
「今まで、ご苦労だった」
ガブリと、姉ちゃんの首筋に、噛み付いた。