26.決意 Ⅱ
その日の宿屋は騎士団に襲われたという噂が広まった、そのせいでやけに人が少なく静かだった。
「でもちゃんと来てくれる人がいるからねぇ……我ながら誇らしいよ!」
そしてそう笑ってサリーさんは私に言ってくれたが、明らかにそれは強がりで私は酷い罪悪感を覚え俯いた。
サリーさんは知らないが、これは私の責任なのだ。
なのにそのことを知らない彼女は私に気を使い、今も気落ちしたところを見せないように必死に笑ってくれている。
ー 私は彼女を裏切っているのではないか?
そしてそんな彼女の様子見を見て私の胸にそんな感情が湧き上がる。
それは未だ王子に振り回されている自分の不甲斐なさに対するものか、それともサリーさんまで巻き込んでしまった罪悪感か。
「サリーさん、絶対にもうとそんなこと起こりませんから!」
ーーー だが、私のやるべきことは決まっていた。
「えっ、アリスちゃん?」
「すいません、今日はもう休ませて貰います」
私の態度を不審に思うサリーに気付きながら気づかないふりをしてその場を去る。
そしてその手にはあの、録音の機能を持った精霊石が握られていた。
私はその精霊石をぎゅっと握りしめながら誓う。
絶対に王子の思惑を明らかにして告発し、彼を追放することを。
ーーー 例えその結果自分の純潔を失うことになったとしても。
◇◆◇
私が思いついたこと、それは酷く単純な作戦だった。
王子に呼び出された日に私は精霊石を持って行く。
そして素直に彼のいうことを聞き、王子が騎士団を使い宿屋に危害を加えたこと、それからそれを私に対する脅しに使ったことを録音する。
「本当に簡単。私ならできる!」
私は物置の中、作戦を思い返しそう小さく呟いた。
そう、本当に私の考えていることは単純で簡単。
おそらくあの王子相手ならば確実に成功する。
ーーー 自分の純潔が散らされる、そのことを覚悟して挑めば。
決して絶対に襲われる、とはいわないし出来る限り私はそんな目にあうのは避けたい。
けれども人の口が軽くなるのは、そういう行為の最中が一番で、その上私は王子には精霊石の存在をバレるわけにはいかない。
精霊石は凄い効果を示すものの、かなり繊細なものなのだ。
つまり、一番確実なのは王子が私を手に入れたと思い込んでいる時に国王に告発すること。
「だったら私は迷わない」
そしてそれなら、私は躊躇しない。
私は部屋の中、静かに覚悟を決める。
ただ、巻き込んでしまったサリーさんを助けるため……
「アリスちゃん?」
「っ!」
その時、ノックする音と共にサリーの声が掛かった。
突然のその声に私の思考は中断される。
「はい、何ですか?」
私はタイミングの悪さを恨みつつも、それでも無視するわけにはいかずサリーさんを部屋に招き入れようとする。
「開けなくていいから!」
「えっ?」
だが、私はサリーさんの制止に戸惑いつつも動きを止める。
「良い?今から私が口にするのは独り言だからね!」
「え、はい?何ですか……」
しかし流石にその次に続いた言葉の意味が全く分からず私は扉を開こうとする。
「宿屋に来た騎士団の人、あれってアリスちゃん関係の人よね」
「っ!」
ーーー だが次の瞬間、私はサリーさんのその言葉に絶句した。
◇◆◇
ー 何でそのことを?
私はそうサリーさんに叫ぼうとして、だが口を開くことはできなかった。
その理由は恐怖。
今まで唯一最初から私に友好的に接してくれたサリーさんの心の内を知るのが怖かったのだ。
いや、違う。心を知るのが怖かったのではない。
サリーさんの心はもう分かっている。
サリーさんが今まで必死に切り盛りして来たこの宿屋に私は危害を加えたのだ。
そんな人間にどんな感情を抱くか、そんなこと誰だって考えずともわかる。
ーーー つまり私はその推測が揺るぎないものになってしまうことが恐ろしかったのだ。
ー もう何も言わないで!
だから私は無理だと分かりながらサリーさんが黙ることを願う。
「分からない訳ないでしょう……」
だが、そんな私の気持ちは届くはずがなかった。
恐る恐るといった様子で言葉を重ね始めたサリーさんに私は震えることしかできない。
恐る恐るといった様子で話すサリーさんは私にやはり気負いがあるのかもしれない。
けれども今の私には黙り込んで俯くだけで、気遣うことはできなかった。
「流石に私にも王族や貴族なんかとの知り合いはいないよ……だったらあの騎士団はあんたの知り合いだろ」
「っ!」
話がどんどん佳境に近づいているのに気づいて私は唇を噛みしめる。
これは仕方がないことなのだ。
だけど身体の震えは止まらない。
「だとしてもアリスちゃん、あなたが責任を抱え過ぎなくて良いから!」
「えっ?」
だが、次のサリーさんの言葉に私は間抜けな声を漏らした。
それは全く想像していない言葉で、私は一瞬何を言われたのか混乱する。
「だから!変なことを考えるんじゃないよ!」
しかし私の思考がまとまる前にサリーさんは照れ隠しのように乱暴に告げ、そのまま去っていってしまった……




