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よろしくお願いします。

「そろそろ逃げ出そうと思うんだけど。」


「はぁ?」


朝食の給仕の手を止めて、キイロさんが眉間を縮めて睨んできた。その顔、ガラが悪いですよ。


「いや、周りに黙って逃げ出したいと言いました。」


ここに来てから半年ほどが経った。

なんだかんだと言いながら世話を焼いてくれるキイロさんとは仲良くなれた。と思う。たぶん。

男性恐怖症は緩やかに良くなってきたように思う。今はキイロさんには近づかれても怖くなくなったぐらいだ。機会がないから試していないが、握手くらいならできると思う。


「あんたは旦那様の奥様になるんだろう?」


面倒なことを言いだした、とキイロさんは嫌そうに会話を続けてきた。


「ああ、奥様ねぇ。言葉のまま受け取るとステキな響きだね。」


私は初めの話し合いからまだ一度もナプルガンさんに子作りを強要されていなかった。たぶん愛する婚約者を説得できていないのだろう。だが、いつ気が変わるかわからない。一分一秒でも早く逃げ出したい気持ちでここまで来た。


「でもキイロさんたちは、私が奥様になるのは業腹なんだよね。」


「そ、れは。キュリール様が幸せになれば良いと思って・・・・・・。」


「同感。私も二人の仲を裂くことはしたくないんだ。」


キイロさんがハッとしたようにこちらを見た。今まで私は、誰にも自分の気持ちを話すことはしなかった。私も用心していたから。どこまでナプルガンさんに報告が行くかわからない状況で打ち明け話などできなかったのだ。

今回のこれは賭けだった。キイロさんがナプルガンさんに報告したら警備がきつくなるだろう。下手したらはじめの監禁部屋へ逆戻りかもしれない。でも、逃げ出すにはリスクも覚悟も必要だ。



ナプルガンさんは月に一度会えれば良い方で、半年で数回話しただけだ。その間隔も日が経つにつれて空いて来た。その間隔に私に対する関心が薄れていくのがよくわかった。偶の呼び出しも、学習がどれほど進んだかという事務的な質問だけだった。チャーチ先生の報告と合っているかを確認するためだったのだろう。



「昨日さ、次回からヤカタノフジンになるための学習が始まるってチャーチ先生に言われた。」


まだこちらを見て固まっているキイロさんを見て言う。ちゃんと聞こえてる?と言えば、キイロさんは背筋を伸ばして大丈夫ですと言った。

何が大丈夫か怪しいので念のためもう一度、私はこの世界の常識は学び終わり、次回から生贄になるヤカタノフジン教育が始まるんだとキイロさんに言った。


この世界?とキイロさんは給仕の手を止めずに言った。さすが良いところの使用人、すぐに気を取り直していつもの給仕をこなしていく。


「そう、この世界。 私はもう世間知らずのお嬢様じゃない。」


胸を張って言えばキイロさんはフンッと鼻で笑った。

彼の態度は友好的とは言い難いが、この半年で敵である私をカケラでも気にかけてくれたのはこの人だけだった。

今まで彼にとって私は敵だったが、逃げ出すつもりの私は敵じゃないはずだ。奥様にならずに逃げ出すというなら、彼はもう少し気にかけてくれる。きっと、私に協力してくれるはず。


「私はヤカタノフジンはなりたくない。当然、奥様にも。

 それにね、今は戸籍も出来て常識も学んだ。これからどこか遠くへ逃げ出して、働いて生きていこうと思うんだ。」


「で、俺にそれを言われても。」


具体的に話し出した私に、さすがにうろたえた様子のキイロさんだが、私はこの半年でキイロさんとほぼ毎日会って知っている。私を嫌っていても、憐れんでもいるのだ、この人は。


「ねえ、私が居なくなれば、みんなうれしいでしょ? キュリールサマも安心して奥様になれるんだよ!

 ・・・・・・ほんの少しだけ、手伝って欲しいんだ。」


ここは勝負所だ。とっておきの上目遣いでにっこり口の端を引き上げた。

キイロさんの瞳が揺れた。




◇◇◇





貴族の間では、セイキジンなんたらは教育した孤児が連れて来られるということが公然の秘密なのだろう。ナプルガンさんもそう信じていたに違いない。なのに本物らしき私が現れてしまった。さらに愛する婚約者キュリールサマが平民で、婚約者にするには微妙な立場だったのが災いした。遺伝的な問題を解決したいのなら貴族でない婚約者で十分なのに。ナプルガンさんにしてみれば、私が憎らしくなるのもしかたがない。


だが、私だってこちらに拉致られてきた身だ。なんで嫌われた挙句に道具扱いされなくてはいけないのだ。

子作りの知識は高校生にもなれば何となくわかる。その上この世界の人の力は半端なく強いとわかれば恐怖しかない。愛されているわけでもない人にそんな行為をされたら、私は無事では済まないだろう。さらに用済みになれば消される可能性だってある。



「と、いうことで。私が居なくなればみんな幸せなんですよ。」



キイロさんは予想どおりの憐れんだ目で私を見ていた。そう、私ってかわいそうな子だったんですよ。

ナプルガンさんの立場では、貴族の義務として私を放逐するわけにもいかないし、子供を産ませなくて養わなくてはいけない(子供を産んだ後、用済みな私は殺されて埋められるかもしれないが)。

しかしナプルガンさんは愛する婚約者以外妻にしたくない。

なら私が姿を消せば、ナプルガンさんは何の気兼ねもなく婚約者を奥さんにできる。私は力説した。


「あんたの話は、わかった。

 明日から休日だから、相談にのれると思う。」


キイロさんは辛そうな顔をしていった。




◇◇◇




あの朝食の後、私は部屋で独り、あることに慣れる練習をしていた。

今日は休日初日で誰にも邪魔されない。集中していたら、もう昼過ぎだった。なかなか上手くできるようになった。

逃げると決めたなら行動は早ければ早いほど良い。もしキイロさんがとこかで気が変わって、私が逃げるつもりだとナプルガンさんに報告したら、すぐに監禁部屋へ戻されるだろう。

今日やった練習は、弱い立場の私の切り札的なものだった。



「誰も、私がこんなに簡単にビーンズを扱えるようになるとは思わないよね。」


朝食時にキイロさんに何気なくビーンズの特徴を聞いて、いつものごみ置き場の裏でビーンズを拾って来たのだ。ライティングデスクの上に転がっているビーンズは、見た目は黒コショウの粒より二回りほど小さい黒い種子だった。黒い外皮は金属のようにツルリとテカって黒真珠のようにも見える。


ビーンズで調べた知識によると、未だにそんな実をつけた樹木は未だ発見されていないそうだ。よくそれを身体に入れようとしたなと思ったら、世界樹(というものが存在するらしい)からの啓示を受けた神官達が受け入れたのが初めだそうだ。

この世界は生活レベルは元の世界とよく似ているのにも関わらず、ちょくちょく不思議設定が顔を出してきて戸惑うことが多い。私を呼んだのもこの神官という人種?らしい。キイロさんに一度、ここは信仰が厚いのかと聞けばそうでもないと言われた(新興宗教の館かもと疑っていたころ)。


ビーンズで調べていくうちにわかってきたが、教会は神様を祀るだけでなく、世界樹や、ビーンズの研究、病院や教育等も経営管理する団体であるらしい。貴族が政治を行い、そのうちの社会福祉を手掛けるのが教会という機関らしい。もしかしたら、私の元の言語に適切な言葉がないため、教会と聞こえるのかもしれない。



「でも神の軌跡や召喚が本当に起きると言っても、まず誰も信じないって言ってたな。」


だからこそ私の存在が異質なのだ。あのナプルガンさんだって私を全て信じているわけじゃない。私の言うことは辻褄が合っているし、自分に都合が良いからそう扱っているだけなのだ。


「ビーンズで調べてみたけど、ファンタジーな設定はここでもファンタジーな扱いだし。」


この世界でも魔法使いは絵本の中にしかいない。


朝食の後、私は覚悟を決めてビーンズを身体に入れてみた。

耳たぶはすぐばれるかと思い、かなりの恐怖と結構な痛みだったけど、耳の裏の頭皮に剃刀で切り付けた。その傷口に、さらなる痛みを覚悟してビーンズらしき木の実を一粒擦り付けてみた。しかし再び痛みが来ることもなく、ぼんやりとしびれた感じがした後、剃刀で切った傷すら消えた。そんなバカなと思いつつ、もう痛くない耳裏をタオルで拭ってみれば少し血が着いただけだった。本当に使えるのか疑いながら、スマホをイメージして耳を触れた。


途端、目で見える以外の景色?が視界が広がった。

口から思わず感嘆の声が出た。


キイロさんにはビーンズは小さい頃から慣れておかないと使えないと言われたが、思った以上に簡単に使えた。スマホを使う現代人は、ビーンズなんたらも使えるのではないかと思ったのだ。


現代人の私、スゴイ!


チャーチ先生は授業でビーンズについて一つも触れなかった。私に余計な知恵を付けられては都合が悪いのだろう。意図的に避けたに違いない。キイロさんのうっかりに感謝だ。このまま誰にもビーンズが使えることを言わずに情報だけ見るようにしていきたい。


「念のために人からの接続を拒絶したほうが良いよね?偽名とか使うべき?」


ワクワクしながら設定をしていった。慣れれば少し強く念じるだけで画面が目に浮かび、思ったとおりに操作できた。

そしてこのビーンズは元の世界と比べて情報の扱いがゆるいように思った。使用目的が連絡を取り合うことが主なのか、自分の情報を公開し、常に発信している。この世界では偽ることなど必要ないのだろうか。少し見ただけだがセキュリティがかかっているところなど無いように思えた。自分の意思で意識して情報を操作するから、コンピューターでプログラムした複雑なソフトを使うことはないようだった。


時間やスケジュールの管理等、公の情報は世界樹に送られ公開されるらしい。利用者は皆、世界樹に接続して情報を共有する。世界樹ってスーパーコンピューターみたいなものなのか。

夕食後もネット検索をする感覚でビーンズで次々と情報収集していった。






「・・・・・・眠い。」


「やることもない休日で夜更かしですか。」


「面目ないデス。」



次の日の朝、休日を取ったキイロさんが訪ねてきてくれたのに私は寝坊してしまったのだ。実は初めてのビーンズに興奮して夜更かししてしまった。初めてスマホを手に入れた時もそうだった、と思わず遠い目をしてしまった。


キイロさんはいつもの使用人のお仕着せを着て、いつものように朝食のワゴンを押して部屋に入ってきた。そして彼は寝坊した私を容赦なく叩き起こし、黙々と朝食を詰め込んできた。さらに、散歩に行きたいとおっしゃっていましたね、と言ってもいないことを言われ、強引にいつものゴミ捨て場に追い立てられた。ゴミ捨て場に連れて行かれる以外はいつものお仕事のように見えるけど、本当に休日?


「休日なのに私服じゃないんですね。」


「私服であなたと会うような仲だと思われたら困るのはお互い様でしょう?」


「あー、ですね。」


キイロさんは単に今日の朝まで勤務で、あとは帰って寝るだけ。今から明日一杯が本当の休日だそうだ。そう聞けば確かに、いつもプレスの効いた制服がどことなく草臥れているように見える。


「夜勤開けでしたか。お疲れのところすいませんでした。ではさっさと必要なことを聞きますね。」


今日、明日中に逃げ出すから、ここの使用人出口を教えて下さい、と私は声をひそめて言った。


半年の間、この広い裏庭を歩き回ったが、車一台見かけることはなかった。駐車スペースすら見かけなかった。ビーンズで確認するまで、荷物の搬入は空を飛ぶ魔法とかでされるのかと半ば思っていたくらいだ。


それなのに何で逃げ出そうと決心したのかは、最近使用人達の世間話を盗み聞いたからだ。使用人達はバスか何か公共交通機関で通うものがいるらしい。使用人出口付近に乗り場があるらしい。だが不思議とその使用人出口が見つからなかったのだ。



「・・・・・・・。」



黙り込んだキイロさんを見たら、じっと自分の足元を睨みつけていた。

徹夜明けの黄色い目は、オレンジ色に見えた。

読んでいただきありがとうございました。

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