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よろしくお願いします。

「お前は聖貴人として教育されているのだろう?もうフリはしなくて良い。不愉快だ。」



口を歪めてナプルガンさんは言った。下手な演技は要らない、素直に役目を果せという。



「教育?フリ?いったい私に何を求めているのよ。」


不機嫌な態度に感化されて、腹の底から不満がむくむくと湧いてきた。勝手に連れて来られた上に要求しかしない。しかも理解不能な要求を延々とだ。会話をしているようで会話もできていない状況で、周りの人間から負の感情だけをぶつけられている。薬すら半分は優しさで出来ているのもあるというのに、私に対する優しさはどこに行ったのだ。


テーブルでもひっくり返せば、目の前の傲慢な男は驚くだろうか。勢いに任せてテーブルに手をついたら、手首に鈍い痛みが走って我に返った。掴まれただけでこの痛みだ。目の前の大きい男を見てゾッとして我に返った。

滅多なことをして逆上させたら、何されるかわかったものじゃない。職業プロレスラー(仮)だし。

私は咎められないようにそっと手を下ろし、もぞもぞと座り直してごまかした。



「お前は聖貴人だろう?こちらはそれ以外の役割は求めていない。」


この人は同じことしか言わないのだろうか。いつまでこの会話を続ければよいのだろうか。


「だからセイキジンって何なのよ。」


あまりにも理解できない会話に、つい口からこぼれてしまった。

後悔したが後の祭り。


「 ・・・・・・まさか、本当に何も知らないのか?」



あれ。私は何か拙いことを言ったの?

ナプルガンさんのこちらを見る目が変わった。こちらを探る目つきになっていた。セイキジンなんちゃらを私が知らないってことが想定外らしい。今まで合わなかった目線が真っ直ぐにこちらをむいている。

こちらの話も聞いて欲しくてやきもきしていたが、いざこちらを見られると落ち着かない。

もしかして、私がこの人の希望通りのキセイジンなんたらであるかは、曖昧にしておくべきだったのだろうか。思いついた途端、冷や汗がどっと噴出した。


「あのっ」


何か言わなくてはと焦って声を上げるも、同時にナプルガンさんは紅茶のカップをテーブルに乱暴に置いた。私はカップが割れそうな音に驚いて思わず口を噤んだ。彼も焦った様子でカップを確認していた。

ナプルガンさんはカップの無事を確かめると目線を私に戻してきた。それは私が何者なのか、改めて観察する目だった。


「確かにこの顔立ちは、肌色は、見たことがない・・・・・・。」


彼はまさか、いやそんな、とつぶやきながら長いこと観察を続けた。私が緊張でそろそろ過呼吸にでもなりそうだと思い始めたころ、ナプルガンさんはどさりと椅子に背を預けた。


「君は本当に、本物の聖貴人なのか?」


それは憐みも含んだ声色に聞こえた。


ナプルガンさんは半信半疑ながら、私を取り巻く状況を話し始めた。彼もこの状況に混乱しているようで、たびたび話がおかしなところに飛んだり、よくわからない言い回しを言って宙を仰いだりしていた。



結果。

私は日本だけでなく、世界まで超えて連れ去られていたようです。


なんじゃそりゃ。




◇◇◇





「私達は高位の貴族同士で婚姻を繰り返していた。その結果、血が濃くなりすぎたのだ。」



ナプルガンさんの話によると、この世界は身分制度が存在している。それは元の世界にある王政のように、世襲で権力が引き継がれるということだったが、単なる世襲ではなかった。

貴族の権利を引き継ぐためには、親から子へ、記憶と経験が引き継がれる必要があった。親と共に働き、資料を作ったりして引き継ぐということではない。親が亡くなると、親が持つ記憶と経験がそのまま子供へ引き継がれるというのだ。


どこで野垂れ死にしてもわかるって便利ですね、と言ったら嫌な顔をされた。


ただし、こういう能力を持つ者はごく少数であり、それを身分制度で保護しているという。そしてその継承は血が繋がっているもの全てに起こる可能性はあるが、全てにおいて絶対ではない。稀に引き継がれない子も出てくるため、仕事で功績を残すことと同様に、子供をできるだけ多く残し、養っていくことも大事な使命だという。


で、他の一族の知識もあったら便利だよね(能力を持っている父母であれば両方の記憶の引き継ぎがある)、身分も上がるよねって少し考えたら気が付くこと。貴族間の結婚は進みに進んで血は濃くなりすぎてってことで、はい私の出番。


血が濃くなるとどうなるかを長い歴史の流れで身をもって知った貴族の方々。血を薄めるために教会から定期的に聖貴人なるヒトをもらい受けて身内に入れた。一般市民を貴族の血と混ぜることは穢れになると言われ忌み嫌われるが、神から遣わされた聖貴人はセーフなんだそうだ。


そしてこの聖貴人が私らしい。

そしてナプルガンさんは治政の一端を担う高位貴族。

嫌な結論に辿り着く。



「貴重な聖貴人は教会から不定期に、十数年に一度ほどか。昔から順に貴族に下げ渡されている。今年はホーン家の番だった。」



あ、だから私はホーン家のモノなのね。猫の子じゃないんだから勝手にあげるとか止めて欲しい。

誘拐・生贄だと思った私の予想って、当たっているじゃないかと気が付いた。



「だが、私は教会を信用していなかった。長年高額の寄付を要求するばかりで、聖貴人とやらも眉唾ものだろうと思っていた。親の手前、寄付は続けているが盲目的な信仰はしていない。」


「まゆつば。異世界なのに俗な言葉も通じますね。」


今更ながら言葉が通じることに驚いた。誰だこんな便利なことにしてくれたのは。

ならついでに字も読めるようにしてほしかったよ。


ナプルガンさんに紙に書いて説明された時に思い出した。散歩に行った時に通ったバックヤードのメモ書きもこんな幾何学模様のような文字だった。もちろん一文字も読めない。


「・・・・・・教会は、孤児を拾って聖貴人として振る舞うように教育しているんだろうと、もっぱらの噂だ。」


「血を薄める大義名分ってやつですね。貴族じゃなければ誰でも良いけど、建前が必要だと。」


「そう思っていた。だが君は見たことがない人種のようだ。信じるならば、君は本当に神が遣わされた救いなのだろう。」


「眉唾ですね。」


ナプルガンさんは深いため息をついた。

しまった。不穏な話の流れだとわかっていたが、身勝手なセリフに思わず嫌味で返してしまった。

ナプルガンさんは器用に片方の眉毛を上げた。


「君が言えば大問題だ。」


「そうですね。」


自分のここでの存在を否定する言葉だ。だが聖貴人だと認めても、マズイなんてどころじゃない。


「君はこちらの常識はわからないだろうな。早急にこちらのことを理解できるように教育者を付ける。

 君もそれに合わせるように努力してもらう。」


「待遇改善はありがたいですけど、私はセイキジンでないと思います。

 それに教育が無駄になっても、私は返す当てがありません。」


これからセイキジンに何を求められるのか、この年齢になれば分かる。何としても避けたい未来が待っている。


「君は教会の手先でないと思われるから・・・・・・待遇を変えるだけだ。費用など気にしなくて良い。君は反抗的な態度を取らなければいい。聖貴人として振る舞えるよう、できるだけ早く教育者を付ける。」


「・・・・・・。」


ナプルガンさんは眉間のしわを解くことなくこちらを見た。

やはり私の意見は必要ないらしい。ナプルガンさんにとって、私は偽物だろうが本物だろうが関係ないのだ。大事なのは、生贄がいれば良いということだけだ。


「言っておくが、私は将来を誓った女性がいる。」


「突然ですね。」


だから俺に惚れるなよってことだろうか。ナプルガンさんは、私がこの立場を喜んで受け入れると思っていたのだろうか。


そんな心配はいりませんよ。貴方からは悪意しかむけられてません。これで情が通うわけがない。


「ここの使用人だった女性だ。もちろん使用人達からも好かれているからな。

 その座を脅かす君に、彼らは面白く無かったようだ。だが誤解は解いておこう。」


「はあ。ありがとうございました?」


なるほど、無視のサービスはそういうことか。私は使用人さんから勝手にシンデレラと王子様の仲を裂くお邪魔虫にされていたらしい。勘弁してほしい。好んでもいない男性とその恋人を破局させる趣味はない。


恩着せがましいことを言われたが、ナプルガンさんこそ使用人を束ねる主人として失格じゃないか。怖いから面と向かってなんて言えないけれど。


・・・・・・いやまて。

ということは本命の彼女がいるから生贄はいらないのでは?

使用人だったら貴族じゃないし、血縁を結ぶにも良いだろう。


「本当の奥さんがいるんだし、私はお飾りなんですか?そうなんですね!

 大丈夫です。お二人の邪魔など、頼まれたってしませんから。

 そしてほとぼりが冷めたら私を私の世界に返して下さいね!」


幸せな予感に興奮してまくし立てた。


「・・・・・・それだが。」


ナプルガンさんが口を歪めて、言いかけて止まった。それは私の勢いに引いたわけじゃなく、嫌々何か言わなくてはいけない顔のようだったが、私は見逃してしまった。



もう命や貞操の危険は遠ざかったと思った私は、緊張で忘れていた猛烈な空腹を思い出した。もうナプルガンさんの存在すら気にならず、キレイな盛り付けをされたカナッペに手を出した。宝石のように色とりどりのそれは甘くて美味しい。がっつり甘いものは人の心を解くのだ。さらに三つ四つと平らげていく。

あら、あちらにあるはプディングだろうか?ピンク色のジュレが載ったそれは、キラキラ輝いて私を誘っている。



「・・・・・・君にも子供を産んでもらわねばならない。」




「!?」



顔を上げて言い放ったナプさんの言葉が、私の呼吸を一瞬で止めた。

いま、ピンクのジュレがかかったプディングを口に入れたところだった。それは味わう前に喉を高速で滑り落ちていった。



「っ私は、今、要らない聖貴人だと言われたところですが?」


「要らないとは言っていない。」


「心に決めた女性がいると、」


「君はキュリールの代わりに館の婦人としていてもらう。そして跡継ぎも生んでもらう。」


「この世界は、貴族男性一人に何人もの奥さんが必要なのですか?」


「子供ができない等の事情がなければ基本は一人だ。」


「じゃあ、」


「君が聖貴人ということは、基本から外れる。」


やばいやばいやばい。安心した自分をぶん殴ってやりたい。手の中のプリンが小刻みに震えているが、ちっとも食欲をそそらない。


「いくら私が信じていないとはいえ、昔からの慣習を破りキュリールを館の婦人に据えるのは周りが煩い。

 聖貴人の君にはホーン家の妻役を果たしてもらう。本物ならなおさらだ。

 不本意だが、君の血をホーン家に入れることは一族の長年の願いだからな。」


ナプさんが嫌そうにこちらを見て言った。

こちらこそお断りだと言ってやりたかったが、希望を見た後に躍り出てきた絶望のダメージは大きく、言葉が出て来なかった。


傲慢なお貴族様はやっと終わったとばかりに小さく頭を振り立ち上がると、それ以上は何も言わず、真っ直ぐに出て言った。

読んでいただきありがとうございました。

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