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よろしくお願いします。

「食事を、取らないそうだな。」



部屋に入って開口一番、ナプルガンさんは嫌そうに言った。

そして当たり前のように私が座っているテーブルの向かいの席にドカリと座った。

眉間のしわがくっきりと縦に走っているなあ、とぼんやりと思う。

悪意には、立ち向かうよりスルーするに限る。



「食欲がなくて・・・・・・。少しは頂きました。毎食ありがとうございます。」



なるべく悪意が無いように無いように。表情を見せないようにうつむき加減に話す。頭の上で不機嫌に息を吐き出す音がした。手間をかけさせるな、って副音声が聞こえてきそうだ。


一晩この部屋で過ごした。ありがたいことに昨夕から今日の昼食まで三食きちんと出てきたが、どうしても虫入りご飯は食べられなかった。

一度切り目のない果物ならばと手に取った。それはさっぱり見たことがない果実で、例えるならば鈍く輝く玉虫色のジャガイモのような外見で、さらにぐにぐにと柔らかい。その上切り分けるナイフもなかった。

上手い食べ方があるのだろうか?しかも匂いも特殊で、噛り付く気力も出なかった。


私はドリアンは食べられない派でした。


今朝はお湯と茶葉も届いた。自分流でお茶も入れてみたが、奇妙な匂いでとても飲めたものじゃなかった。食文化の違いの壁を乗り越えられない。私は異文化交流することに向いていないのだろう。将来の就活は国内に限ろう、と明後日の方向に思考を飛ばしていた。


いやここが日本じゃないとは言わないけれど。


その最中にナプルガンさんは来たのだった。


結局口にできたのは水だけだった。しかし、異常な状況下におかれて食欲が出なかったことが幸いしたようで、今のところ空腹に悩まされることなくなんとか凌げていた。



「あの、ケガの手当てと一晩泊めていただいてありがとうございました。私はもう大丈夫です。だから帰らせてもらっていいですか?」



頭の包帯は今朝、白衣を着た人に取ってもらえた。それも無言で。自分からお礼は言ったけど、頷きすらされずさすがにへこんだ。

後で洗面所の鏡で確認したらアザも出来ていなかった。自分の頑丈さに感心したくらいだ、このまま帰っても大丈夫に違いない。

もちろん本心は何故ここにいるのか、何の為にここにいるのかと問い詰めたかった。しかしこのデカい男性に感じる本能的な恐怖に負けた。臆病者チキンな私はお礼と帰りたいというだけで精一杯だった。


「お前は帰ることができようができまいが、帰ることは許されない。お前は神からの贈り物だろう。」


「・・・・・・神から? 贈り物?」


冗談のような返事を聞いて思わず顔を上げたが、ナプルガンさんの目が真剣でぞっとした。


今のナプルガンさんの言葉を聞くまでは、私はここがどこかの国の領事館でないのかと予想していた。

言葉は通じるが外国のような部屋や、日本人じゃない顔つきな人達。

使用人は自国から連れてきたから言葉がまだ上手く話せないとか。だったらナプルガンさんだけが話せるのもつじつまが合う。

そう言えば領事館て治外法権なんだっけ?その国の法律に従うの?

あいまいな知識が逆に怖いなぁ。なんて思いつつ、この非日常な状態に理由を付けて自分を納得させていた。


このときはナプルガンさんが来た時にいろいろ聞こうと思っていた。

今、上手く聞けなかったけど。





・・・・・・もしかしてだけど、ここはカルトな宗教団体なの?


この思いつきに、驚きと恐怖が膨れ上がった。


想定外で最悪な結果だ。



私が知らないうちにカルトな外国人に売られていたのだったら。

どうやら私が家族と思って暮らしていた人達は、私を家族と思っていなかったようだ。



「父? 義母? どちらが売ったの? いや、やっぱいい。答えないで。

 両方とか言われたら納得してさらに落ち込めるから。」


恐怖が一周回って興奮状態になった私は逆に口が止まらなくなった。出て来なかった言葉たちが、感情に任せて流れ出る。やばい、目頭も熱くなってきたが止まらない。


「・・・・・・・。」


「あの、私、納得してこちらに連れて来られたわけじゃないの。

 できれば、怖いのや痛いのは・・・・・・・やめ、て・・・・・・・。」



わけのわからない状況に陥って二日目。初めて涙がこぼれた。

平和な日本に住んでいて、人身売買に遭うとは思いもよらなかった。

怖くて悲しくて悔しくて、一度溢れた涙はもう止まらない。手が震えて涙も碌に拭えなかった。


ああ、やっぱり、何も聞かずにわからないふりして、自分を騙し続ければよかった。



「今更泣くのか。」



ナプルガンさんは少し驚いていた。そして機嫌が悪そうに鼻で息を吐き出し言った。



「当家はお前を傷付けない。やっとホーン家に順番が回って来たのだ。」



なんなんだ。順番って何の?

いや待て。今確かに傷つけないと言った。


死亡率が下がったことに少しだけ安心した。

おかげで涙も止まった。テーブルに置いてあるおしゃれなティッシュケースに入ったゴワゴワするティッシュで鼻を力いっぱいかんで自分を景気づけた。高級そうな見た目のくせに備品は安物らしい。きっと鼻は赤くなっているだろう。

ナプルガンさんがこちらを見て嫌そうに眼を細めたが見なかったことにした。この人はこういう表情しかしないのだと思おう。



「傷つけないなら、私は何故ここに連れて来られたんですか?」


「・・・・・・我ら一族に健やかなる人生を与えるためだ。」


健やかなる人生ってなんだ?

言ってる本人のナプルガンさんも疑わしいと思っているのだろう。歯切れが悪い。


「私はヒトに素敵な人生を約束できる力なんてないです。私がここに連れて来られたのは、手違いじゃないのでしょうか?」


絶対違うから解放して欲しいんですが。


ナプルガンさんは腕を組んで座りふんぞり返った。彼は私との会話が不愉快なのだろうが、この態度は大の大人としてどうだろう。


「できるできないは問題でない。お前を受け入れたという事実が当家にとって重大なことなのだ。

 ごちゃごちゃと五月蠅いやり取りは必要ない。お前はここに居て、決められたことだけをこなせばこちらもそれで良い。」


ナプルガンさんの投げ遣りな言いようが、誰でも良いから役目を果たせというように聞こえてきた。


決められたことってなに?じゃあ私がここにいるのは運が悪かっただけ?


「では、私はいつまでここに閉じこもっていれば良いんですか?決められたことってなんですか?」


だんだん腹が立ってきて、勢いで言ってしまった。言ってから我にかえり恐ろしくなったが。今から謝ればセーフ?と思い始めたら、ナプルガンさんが話し始めた。


「・・・・・・お前はそう振る舞うように言われて来たのか。なんと面倒な茶番だ。

 わかっていると思うが勝手な行動は控えてもらう。ここは郊外の別荘だ。飛び出しても交通手段もない。

 ただし、大人しくしていれば部屋を出る許可も出そう。後で知らせる。」


「部屋を出ることに許可がいるの・・・・・・。」


「行動の制限は仕方がない。お前の為にもなる。おかしな事を考えるなよ。お前の帰る場所はもう無いのだからな。」


私に恨みでもあるのかという程ヒドイ台詞を言い捨てて、ナプルガンさんは言い捨てて部屋から出て行こうとした。


しかし傷ついている暇はない。

私は帰られないと言われた。なら、これだけはなんとかしなくてはならない!


「最後にもう一つ!」


ナプルガンさんは鬱陶しそうに顔だけこちらへ向けた。

体はもう半分扉の外だ。


「ごはん! ここの食事は、私の国の食事とだいぶ違うみたいで。」



ここから帰してもらえないなら、現実問題これはぜひ可及的速やかに改善してもらいたい。ここまで勢いで言えたのだ。もう少しよ、がんばれ私!生き残るためだ!



「私は虫を食べる習慣が無くて。ここのご飯が食べられなかったんです。できれば、虫が無い食事にして欲しいデス・・・・・・。」


出されたご飯にケチをつけるなんて卑しい女と思われるかな。勇気が切れて最後のセリフは小さくなった。


「虫?」


「黒かったり、茶色かったりして足が6本以上ついているやつ。

 もしかして日本語で虫って、通じてない?」


流暢に話していたから日本語は得意そうに思っていたけど、違うのだろうか。


「ニホンゴ? それはわからないが、虫はわかった。・・・・・・ちょっと待っていろ。」



ナプルガンさんは今度こそ出ていった。

今は思ったより話せた。どうやら今すぐに痛い目に遭うわけじゃなさそうだ。

それに食事事情も改善してくれそうな感じだった。

くぅー、とお腹が鳴った。今まで食欲を感じなかったのに、命を保証された?途端に現金な体である。



どうやら私は宗教的事情で売られてきたようだ。

私は確かにあの家で邪魔ものだった。

しかしこんな形で必要とされたいと思ったわけじゃない。

相手を信用している振りをして、隙を見て警察に駆け込もう! 邪魔者扱いで結構、絶対に家に帰ってひと暴れしてやる!!




家に帰り暴れまわる想像で鼻息を荒くしていると、ガチャガチャとドアノブが回った。

ナプルガンさんが戻って来たのだろうと思って、どうぞと声をかけた。


しかし入ってきたのはいつもの食事のワゴンだった。

いつの間にか夕食の時間になっていた。ちらりと見ればやはり洋食のプレートに黒いもじゃっとしたものが飾りつけられていた。

横のスープは黒いの乗っていないけど、虫で出汁を取っていたりして。想像してしまうともうダメだ。

ああ、人間は水だけで何日生き延びれるんだっけ?

ナプルガンさんは待ってろって言ったけど、さっき言ったばかりで間に合わないよね。


果物もちらりと確認したが、今日はバナナのような形のピンク色の物体だった。バナナのように所々黒く変色していた。腐ったような匂いもするから、またドリアンのようなものだろか。


いつものように使用人さんが皿を並べ、黙って部屋を出ようとした。

すると、なんの前触れもなくドアが開いた。


うあっ、と使用人さんが思わず驚いたが、ナプルガンさんは気にせず入ってきた。

そう言えばここに来てナプルガンさん以外の人の声って初めて聞いたわ。変なところで感慨深く思った。



「おい、彼女の夕食はえらく個性的だな。

 彼女は今日も食べないそうだから、お前、ここで食べて行け。許可しよう。」


「旦那様・・・・・・。」



あれ、使用人さんが日本語しゃべってる?ここってもしかして国際的カルトの日本支部?みたいなところなのかしら。


余計なことを考えていたら会話について行き損ねた。


今ここで食べていけっていった?私は食べないし、残すと勿体ないから使用人さんも食べていいよってことかしら。

ナプルガンさん、違うよ、そういう解決をお願いしたんじゃないんだって。


そう伝えようとしたら片手で制された。なんで?


「こんな、何でもない女のために。キュリール様が苦しむなんておかしいですよ。」


食事に手を付けないまま使用人さんが話し出した。顔を上げるとしわが少しある彫りの深い顔に黄色い目が見えた。毎回給仕してくれる人だ。40代ぐらいかな。

そしてそこで私を睨むのはやめてほしい。そもそも巻き込まれたのは私の方ですよ。

それにしてもこの人も日本語上手いな。


「やっと得た聖貴人だ。キュリールには話してある。」


「キュリール様は私らの大事な仲間だったんです。幸せになって欲しいんです。旦那様。」


「だからと言って嫌がらせは認めない。警告は一度だけだ。」


「・・・・・・・。」



使用人さんは黙ってカチャカチャと食事を片付け始めた。残飯入れのバケツに景気よく皿の上の物を入れていく。果物だって容赦なしだ。



「あの、手を付けてないし、良かったらみなさんで召し上がって下さい。捨てるなんてもったいないですよ。果物なんて皮も剥いてない、手付かずですよ。」



日本人の勿体ない精神で思わず言ってしまった。私がいることでキュリール様という方が困るというのは何となくわかった。だが食事に罪はないだろう。

すると使用人さんはギョッとしてこちらを見た。しかしついでだ、言ってしまおう。ナプルガンさんみたいに大きくないから言いやすいし。



「それと申し訳ないんですが、私は虫を食べる文化がなくて。食事は虫が入らないメニューでお願いします。

 果物も腐った匂いの物は苦手なので、それ以外でお願いします。あと皮をむくナイフも付けていただけると助かります。自分でむくのは出来ますから。」



一気にまくし立ててしまった。でもずっと言いたかったことを言えてすっきりした。言葉が通じるとわかって良かった。

すると使用人さんはポカンとした顔をした後、見る見る顔をゆがめていった。憎しみがありありと浮かんでいる。


なんでだ?!


「なんっだよ。あんた。下手にでてるフリして、大層な嫌味だな!」


「え?」


どこに嫌味があったか教えて下さい。異文化交流って難しい。あれ、異宗教か?


もう完全に私を無視して片づけを終えると、使用人さんは勢いよく出て行った。

呆ける私をみて、ナプルガンさんは溜息をひとつこぼした。そして後でもう一度食事を持ってこさせるから、安心して食べるようにと言って出て行った。



その後にいただいたお粥らしきものは美味しくいただけました。運んでくれたのはミカン色の目をしたおじいさん使用人さんでした。手元はぷるぷるして危うかったけど、メニューの紹介もしてくれたし好感触だった。

さらに嬉しいことには、付け合わせの果物はきれいにカットされていた。


それにしてもなんでああも嫌味だって睨まれたのだろうか?私は食後の一人反省会をしていた。

こちらの文化のタブーを知らずにやってしまったのかもしれない。

それにしても切れやすいな、あの黄色い目のおじさん。次はナプルガンさんに上手く通訳してもらおうと思った。

いや、言葉は通じていたか。


”何でもない女のために、キュリール様が悲しむ。”


黄色い目のおじさんはそう言っていた。私がいることで、おじさんの大事なキュリールサマって人が悲しむってことだよね。


じゃあここで受けた私の辛さはどうしてくれるんだ。


一人反省会は空しく、得る物はなかった。

読んでいただきありがとうございました。

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