幻滅の救世主
ノーティスの家から馬を走らせて30分、唯一の救いであるコウ・アラキの家に到着した。この扉の先に、村の存亡を託すことになる男がいる・・・。ギック・リーは深呼吸をし、戸をたたいた。
そして食い気味にドアは開いた。
コウ・アラキ「どちらさんだ?」
出てきた青年はどこにでもいるごく普通の男だった。救世主という言葉を背負わせるには躊躇してしまうほどである。ギック・リーの内面に抱いていたイメージが一気に塗り替えられた。『幻滅』・・・、まさしくその言葉の通りだ。
ギック・リー「あんたがコウ・アラキか?ワシはこの集落の長であるギック・リーと申す。お前さんに話があって参った所存だ。」
コウ・アラキ「おー!村長さんですか!いやいや光栄です。どうぞどうぞ!中に入ってください!あ、茶でも淹れますね!」
なんだこの男は・・・。と呆れつつ、家に入った。ベットが一つ・・・、だが枕は二つ。こいつ二人暮らしなのか?
コウ・アラキ「まぁかけてください。それでお話とは?」
ギック・リー「ああ。お前さん、今村でとあるウイルスが蔓延しているのを知っているか?」
コウ・アラキは首をかしげながら答えた。
コウ・アラキ「いや、知らないです。ここ数日、引っ越し後の準備で忙しくて・・・。ほぼ家に缶詰だったんですよ。」
なるほど。この様子だと9割がた感染はしていない。そう推測したギック・リーは本題を持ち掛けた。
ギック・リー「単刀直入に言う。コウ・アラキ、お前さんに村に蔓延しているウイルスに対抗できる秘薬を取ってきてほしい。頼む。」
コウ・アラキは驚いていた。無理もない・・・。いくら自分が住んでいる村の村長とはいえ、ほんの3分前にあったばかりの人によくわからないお使いを頼まれているわけだから。
コウ・アラキ「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!話もよく分からないですし、そもそもどこにその秘薬があるんですか?話が飛躍してますって!」
ギック・リー「おおそうじゃったな。すまんすまん。非常事態なもんでちと気が動転してたわ。実はな・・・」
ギック・リーは小1時間かけて事の重大さと、お使いの概要を説明した。しかし、コウ・アラキはすっきりしない表情だった。その顔から、答えは口に出さなくてもはっきりわかる。『NO』と。
ギック・リー「頼む!お前さん以外に頼れる者がいなんだ!このままだと本当に村が・・・。シャロンや村のみんなが・・・。」
もはや村長としての威厳やプライドなんてものはなかった。村長としての頼みではなく、ただ守るべきものを救いたい。そんな男の頼みへと変わっていった。それを察したコウ・アラキは、ため息を一つつくと苦笑いで答えた。
コウ・アラキ「わかりましたよ・・・。そこまでお願いされて断ったんじゃ、僕の今後の村ライフに関わりそうですしね・・・。ですが、条件があります。」
ギック・リー「条件?何でも言ってくれ。」
``なんでも``という言葉でいい気になったコウ・アラキはニヤニヤしながら言った。
コウ・アラキ「では、旅をするにあたって美人なガイドを雇ってください。それと料理担当と、馬車引きも。ああ、そんで『今日から俺が・・・神様』。」
ギック・リーは彼の言っている意味が分からなかった。ほぼ最後はふざけているようにしか彼の眼には映らなかった。だが、この男以外に頼れる者はいないので渋々了承した。
コウ・アラキ「では村長さん・・・、明朝出発するんでそれまでに手配よろしく!んじゃおやすみなさい!」
そういうと半ば強引にギック・リーを追い出すと鍵をかけた。
ギック・リー「とんでもない奴だ・・・。本当に大丈夫なんか、あのガキは・・・。」
彼の家を睨みつけながら馬にまたがり、ギック・リーは手配をすべく馬を走らせて言った。
蹄の音と不安の声を響かせながら・・・。