序章〜命より重い腰〜
時はコシデス期54年・・・
大海原に浮かぶ一つの大陸『ヒップリン共和国』の中に、炭鉱業のみで生計を立てている村があった。『コシナーノ村』である。人口約500名ほどの小さな集落であり、その人口の少なさをカバーするため3歳の子供も働いていた。その村の村長ギック・リーはかつて石油王と呼ばれ、ヒップリン共和国一の金持ちだった。そんな彼が新たな事業に挑戦し、失敗した名残がこの集落である。
そしてある日、ギック・リーが孫のシャロンと散歩をしているとき、事件は起こった。
シャロン「おじいちゃん、なんか腰が痛いのね・・・」
シャロンが悲痛な声を上げる。ギック・リーは彼女の服をめくり、腰を確かめた。するとそこには、青あざとも言えずな文様のようなものが浮かび上がっていた。
ギック・リー「これは・・・。学者のノーティスなら分るかもしれん。シャロン、少し我慢せい。じいちゃんが今ノーティス先生の所に連れて行ってやるから。」
そういうとシャロンを馬に乗せ、ノーティスの下へと馬を走らせた。
走らせている途中、村のあちらこちらでうめき声のようなものが聞こえ、中には暴動を起こし怒号を上げている連中もいた。自分の村民たちの様子は気になったが、とりあえず今はシャロンが最優先だったので、一瞥をくれノーティスの下へと急いだ。
馬を走らせて20分、ようやくノーティスの家へ辿り着いた。馬は無理して走らせたせいか、憔悴しきっている。
ギック・リー「シャロン、ついたぞ!大丈夫か!」
ギック・リーが彼女ゆする。
シャロン「・・・・・・」
しかしかすかに呼吸をしているだけで、反応はない。
ギック・リー「まずいな・・・。おい!ノーティス!ワシだ!ギック・リーだ!開けてくれ!」
彼の家の扉を乱暴にたたく。すると間もなく、鍵を外す音とともにドアが開く。
ノーティス「おう、どうしたんだ一体。シャロンちゃん大丈夫か?」
まだ状況の呑み込めていないノーティスに、ギック・リーが言う。
ギック・リー「シャロンの腰に変なあざが!突然痛がり出して!そして!」
ノーティス「落ち着け!とりあえず家に入れ。話はそれからだ。」
ノーティスに諭され、ギック・リーはシャロンを抱え家へと入った。
ギック・リーは彼の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、馬を走らせているときに目撃したことを話した。するとノーティスはあごひげをいじりながら神妙な表情でこう語った。
ノーティス「うーむ・・・シャロンちゃんのあざといい、冷静さを欠いて暴動に走る村人か・・・これはもしかしたら『ヘル・ニア』ウイルスのせいかもしれぬな。」
ギック・リー「ヘル・・・ニア・・・?」
ノーティス「ああそうだ。感染すると倦怠感に包まれて腰が痛くなる。初期症状だと風邪に酷似しているんだ。」
ギック・リー「風邪・・・、そういえばここ2、3日シャロンはよく咳をしていたが・・・まさか」
ノーティス「確実に感染しているな。それにヘル・ニアは興奮状態を起こさせることもある。たぶんそれがお前が来る途中に見た症状だろう。」
ギック・リー「ワクチンとか対処法はないのか!?ただでさえ人手不足で困っているんだ!」
ノーティスは頭をかくと、奥の書斎へと入っていった。
5分くらいたっただろうか、ノーティスが地図をもって出てくる。
ノーティス「いいか?この村から北に1500キロ行ったところに、ウナ・コーワ島という孤島がある。その島には唯一治療することができる秘薬を精製している賢者がいるんだ。その賢者の作る秘薬・・・バンテリンリンがあれば村を救えるはずだ・・・。」
1500キロ・・・。年老いた自分では到底行くことができない距離だ・・・。村人もウイルスにかかっている者が大多数だ。
ノーティス「幾ら何でもお前が行くのは無理だ。そこで提案なんだが、先日村に越してきたコウ・アラキとやらに行かせてみたらどうだ?」
コウ・アラキ…先日共和国の西端、ナイシトールの町から越してきた17〜8歳の青年だ。まだ村に馴染めておらず、炭坑に入っても居なかった。
ノーティスは多分、炭坑入りしてない彼は腰をやっていないと踏んでいるのだろう。正直、素性がそれほど知れていない者に、村の存亡を賭けたくはない。だがそうも言っていられない。
ギック・リー「わかった。彼に取り合ってみよう。」
ノーティス「そうだ。シャロンちゃんは私が暫く面倒を見よう。お前はこれから多忙になりそうだしな。」
ギック・リー「悪いな。苦労をかける。」
シャロンに一瞥をくれて、ノーティスの家を出た。外は既に日が暮れており、憔悴しきっていた馬も呑気に草を食べていた。
1人の村長は孫や村民を思うあまり力強く手綱を握り、一頭の馬は村長の決意を背負い地を蹴り、2人は1人の若者の元へと旅立った。