未知との遭遇2
「おはよう、ママ」
リビングに入ると真知子ママが目玉焼きをのせた皿をテーブルの上に置いたところだった。
「おはよう、修子ちゃん」
エプロンをしたママが言う。
化粧をしているとはいえ、ママが三十代後半だなんて信じられない。
あたしとママが歩いていると年の離れた姉妹に間違えられる。
実を言うと真知子ママは本当のお母さんじゃない。
いわゆる継母だ。
あたしは父さんの連れ子。彼女と血のつながりはない。
本当の母さんは三年前に交通事故で他界した。
母さんが亡くなってからの父さんは、しぼんだ風船みたいに元気がなかった。
それが一年前くらいから少しずつ明るくなっていった。
その源になっていたのが同じ職場の高村真知子さん、三十六歳独身女性。
そしてつい半年前、父さんは真知子さんと再婚した。
こうして真知子さんはあたしの「お母さん」になったのだが、あたしは彼女を「お母さん」とは呼べなかった。
あたしの「お母さん」は仏壇にある写真の女性だから。
生みの親は一人しかいない。
再婚して一緒に暮らすことになった時、戸惑うあたしに「真知子ママはどう?」と提案してくれた。
生んでくれた「お母さん」と分けるための「ママ」。
あたしはこの案がとても気に入った。
真知子ママは本当にいい人だ。
料理は美味しいし、てきぱきとこなす掃除洗濯は主婦の鑑。
あたしも父さんと二人暮らしの時は家事全般していたけど、あれって結構面倒くさい。
それなのに真知子ママは、あたしと父さんの昼のお弁当も作ってくれる。
夕飯の余ったおかずを詰めているだけよ、と簡単に言うが、ママだって働いているのにエラすぎ。
子持ちの中年男には、ほんとーにもったいない人だ。
というか、少しは見習ってよ、父さん。
あたしはパジャマ姿のままでテーブルについている中年男を見た。
「おっ、修子が寝坊していない。こりゃ、今日は雨だな」
新聞の横から顔をのぞかせて父さんは言った。
高校の制服を着た娘の姿を見ての第一声がこれだ。
だから男親は嫌。
「制服よく似合っているわ、修子ちゃん」
さすが真知子ママ。無神経な中年男とは違う。
「ママ、ありがとう。父さん、もう中学生じゃないんだしあたしだってちゃんと間に合うように起きますよ」
まったくいつまでも子どもあつかいなんだから。
「ちょっと前までは、めざまし時計でも起きなかった修子が成長したんだなぁ」
父さんは感慨深げにため息をついた。
テーブルにつくとママがとなりに座った。父さんはその正面。あたしの目の前は空席。椅子が一脚あまっている。
一つだけ空いている席があるっていうのは、ちょっとさびしいかな。
テーブルとセットになっている椅子を買うとき、三脚にすれば良かったのに、父さんが強行に四脚購入したのだ。
来客用と言っていたけど引っ越してから使った記憶がない。
あっ、部屋の蛍光灯を交換する時に使ったか。
あたしは朝食を取りながら、ぼんやりと考えていた。
「修子ちゃん、もうすぐ七時十分よ」
ママがテレビの時刻を見て言った。
「本当! もう出なきゃ」
あたしは残っていたトーストの欠片を口に押しこんだ。
「もう行くのか? 入学式は十時からだろう。生徒は九時までに登校すればいいんじゃないか?」
父さんがのんびりと言う。入学式に参列する保護者は十時までに学校へ着けばいいので気楽なものだ。
だが、あたしには事情がある。
「残念だけど成長しても苦手なことがあるものなのよ」
あたしの言葉で父さんは納得した。
「それじゃあ、式のあと会いましょうね」
真知子ママが玄関で見送る。不精な父さんは見送りなんてしたことがない。
「いってきます」
「はい。いってらっしゃい」
玄関口で手をふる真知子ママに手をふりかえす。
普通の家族の日常。
こんな穏やかな日々がずっと続くのだとこの時のあたしは思っていた。
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修子が家を出て行ったあと。
リビングには深刻な面持ちの大人が二人。
「真知子さん。あの話……」
「修子ちゃんにはまだ。今日の夜にでも。あの子の紹介がてら」
「そうだな」
寺山夫妻の不穏な空気も知らず修子は新たな生活に胸を躍らせていた。




