兄妹以上、家族未満。1
父さんと真知子ママが帰ってくるまであと三日。
今日は平日だが学校の創立記念日でお休みだ。
かねてからの約束、遊園地ネズミーランドへ沙紀たちと出かける予定。
あたしは朝から台所でお弁当を準備していた。
おにぎり、卵焼き、からあげ、サラダ。
全員分あるのでかなりの量だ。
こんなにたくさんの量をつくったのは久しぶりだ。
真知子ママのおかげで、自分と父さんのお弁当作りからは解放されていたし、ここ一週間は自分のお弁当しか用意していなかった。
藤吾はいつもお昼は購買か食堂ですませているようだった。
大きな弁当箱におにぎりを詰めていると、藤吾が起きてきた。
「やけに豪勢な弁当やな。これ、一人で食うんか」
冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲みながら弁当箱をのぞきこむ。
「そんなわけないでしょう。今日は沙紀たちと遊園地行くの。みんなのお弁当だよ」
「ガキ同士、遊園地。お似合いやな」
藤吾の嫌味にはすでに慣れていた。
なんとでもいえばいい。
あたしはこの日を楽しみにしてきたんだ。
あたしがお弁当をリュックのなかにしまうのを藤吾はじっと見ていた。
居心地が悪い。
いつもの藤吾とは違う気がした。
あたしは、それが何かすぐにわかった。
「着替えなよ。創立記念日だからって、一日中寝ているつもり?」
藤吾は寝間着のスウェットのままリビングの椅子にこしかけていた。
いつもなら、部屋から出てくるときは、私服に着替えているはずなのに。
藤吾が寝間着のままは珍しかった。
「めんどくさ」
どうでもいい、というように首をふる藤吾。
休日をどう過ごすかは藤吾の自由だからあたしはそれ以上なにも言わなかった。
「そう。じゃ、あたし行くね」
リュックを持ってリビングの扉を出ようとしたとき、ガッとあたしの背中になにかが重いものがのっかる。
お弁当にしてはかなりの重量だ。
こんなに重かったけ?
よく見るとリュックはまだ足元にある。
それじゃあ、これは何?
確かめる間もなく。
あたしの身体は重みを支えきれず、フローリングの床に倒れこんだ。
上にのしかかるそれは藤吾だった。
服を通して藤吾の身体の熱が伝わってくる。
あたしの鼓動が早くなる。
きっと藤吾にも伝わっているに違いない。
「これは、その、不整脈だから! 決して、藤吾…お兄ちゃんを意識してるわけじゃないから!」
あたしの口から言い訳がすべり出る。
その口を藤吾の大きな手がふさいだ。
「……うるさい」
藤吾の息があたしの耳元に吹きかかった。
背筋がぞくぞくした。
こわいとか、そういうのではなくて。
次に何が起こるのか、あたしの知らない世界だ。
ぎゅっと目をつむった。
……………………
……………………
何も起こらない。
このパターンは知っている。
あたしは、ハッとした。
また、からかっている?
あたしは目を開けて藤吾を見た。
藤吾はあたしの口に手をかぶせたまま、上にのしかかっている。
あたしの頭の横に藤吾の頭があるが下に顔を向けているので表情は見えない。
前のように笑っている?
あたしの反応を楽しんでいる風には見えないが。
よし。
あたしはいつまでも藤吾のいいようにはならない。
「ちょっと、重いんですけど」
あたしは力いっぱい藤吾を押しのけた。
ほとんど抵抗のないまま、ごろんと藤吾はフローリングに転がった。
いつもなら罵倒のひとつでも聞こえてきそうだが、藤吾は倒れたまま何もいわない。
それどころか、転がった先からぴくりとも動かなかった。
「藤吾…お兄ちゃん?」
なにかの罠かと、あたしはおそるおそる藤吾をのぞきこんだ。
藤吾の息は荒く、顔が赤い。
これって風邪?
「よりにもよって、なんでこんな日に」
ぶつぶつと文句をたれながら、あたしは藤吾をひきずり、やっとのことでリビングのソファに寝かせた。
さすがに二階にある藤吾の部屋までは運べない。
うぅ、と苦しげにうめく藤吾。
いい気味だ。
いつも人のこと馬鹿にして、からかっているからバチがあたったんだ。
武士のなさけで、毛布と水枕だけは用意してやろう。
手際よく準備したつもりだが、時計を見ると、出かける時間はとうに過ぎていた。
大遅刻だ。
あたしは、あわてた。
「…で…」
つぶやきがきこえる。
どうせ憎まれ口だろう。
無視して出かけようとするあたしの耳にふたたび聞こえる藤吾の声。
「いか…ない…で」
…なんで今、それを言うかな。
熱にうなされて、本人は自覚がないらしい。
あたしも父子家庭で育ってきたから、病気の時、たった一人で、誰の看病もなく家にいることの寂しさは知っている。
………………
そういえば、不良たちから助けてくれたお礼をまだしていない。
しょうがないか。
沙紀たちには、お弁当あきらめてもらおう。
あたしは携帯電話で沙紀たちに連絡をとった。




